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罪と罰の天秤  作者: 一布
第二章 金井秀人と四谷華
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第七話② 奴隷少女(後編)


 華はテンマに電話を架けた。彼はすぐに応答した。


「あ、テンマ。華だよ」


 スマートフォンから、テンマの声が聞こえる。秀人の鋭い聴覚は、彼の声もしっかりと聞き取っていた。


『どうした、華。立ちんぼのお客さんは捕まったのか?』

「んーと、ね。今はエッチしてなくて、お金くれる話してるの。ただ、そのためにはね、テンマとしばらく一緒に暮らせなくなるの」

『どういうことだ?』

「なんかね、半年くらいテンマと離れたところで暮らして、いっぱい色んなことするんだって。それで、今までよりもお金貰えるんだって」

『その話をした奴とは、今、一緒にいるのか?』

「うん。今ね、ホテルにいるの。さっきまで、体の洗いっこしてたんだよ」

『そいつと話せるか?』

「いいと思うけど。テンマ、何を話すの?」

『俺の大事な華を預けるんだからな。俺も、ちゃんと話を聞いておきたいんだよ。華と離れて暮らすの、寂しいんだから』

「私も寂しいよ、テンマ」


 言葉とは裏腹に、華は、少し嬉しそうだった。テンマに大切にされていると感じているからだろう。偽りにまみれた、テンマの言葉。


『俺、そいつと、きっちり話をつけたいんだ。だから、替わってくれないか?』

「うん。ちょっと聞いてみるね」


 華は、スマートフォンを耳から離した。


「あのね、秀人」

「何?」

「テンマがね、秀人と話したいんだって」


 会話は聞こえていたが、秀人は、あえて知らないふりをした。


「何を?」

「わかんない。ただ、テンマは華と離れるのが寂しいから、しっかり秀人と話したいんだって」

「わかった。いいよ」


 秀人は、華の方に手を差し出した。彼女からスマートフォンを受け取る。


 話し始める前に、秀人は、自分の声帯を調整した。野太い声が出るように広げる。さらに、中高年の声色になるよう、少し歪める。


 声帯の調整を終えると、スマートフォンを耳に当てた。


「もしもし?」


 秀人の声を聞いた華が、驚いた顔を見せた。唐突に、秀人の声が変わったからだろう。


 華から受け取った、スマートフォン。耳元で聞こえてくる声には、警戒心が感じられた。


『あんた、華をどうする気だ?』

「華が言ってただろ? 稼がせるんだよ。今よりも、はるかに」

『どうやって?』

「いい女だよな? 華って」


 同意を求めるように、秀人は質問を返した。


「だから、俺のところでしばらく囲いたくなったんだ。立ちんぼなんてさせて擦り減らすのは、もったいないからな」

『期間限定の愛人、って感じか?』

「そんなところだ」


 もちろん嘘である。しかしテンマは、華の体を金としか見ていない。彼にとっては、信憑性のある話だったようだ。


『月にいくらで囲う気なんだ?』

「そうだな――」


 ここで一旦、秀人は言葉を切った。華の日課を頭に浮かべる。午後三時から九時まで、ソープランドで働く。その後に、テンマの店で散財する。テンマの店を出たら、立ちんぼをする。


 体を売るにしても、効率の悪いやり方だ。ソープランドにしても立ちんぼにしても、多くの集客が望める時間帯に行っていない。華のような外見と性格であれば、ソープランドと立ちんぼの双方を行っていたら、月に二、三百万は稼げる。だが今は、その半分も稼げていないはずだ。


「――参考までに聞くけど、今の華が稼げてる額って、せいぜい月に百万くらいだろう?」

『馬鹿言うなよ。二百は稼げてるよ』


 テンマの返答を聞いて、秀人は、胸中で「やっぱり」と呟いた。


 現在の状況から考えて、テンマが言うほど華は稼げていない。彼は秀人の足元を見て、サバを読んだのだ。華を囲おうとする秀人に、少しでも多く出させるために。


 秀人は、テンマの嘘に乗ってやることにした。


「わかった。じゃあ俺は、月に二百五十万出す。それでいいか?」

『太っ腹だな』


 テンマの声色が変わった。彼の下劣な笑みが、電話の向こうに見えるようだった。


『いいよ。月に二百五十。きっちり払えよ』

「ああ。華を長いこと囲えるんだ。安いもんだよ」

『それで、支払い方法は?』

「指定の口座に振り込む」

『信用ならないな。華を連れて()()気じゃないだろうな?』


 金も払わずに秀人が失踪することを、テンマは警戒していた。当然だろう。


「じゃあ、手付金として五百万出す。その代わり、手付金は、二ヶ月分の前払いだ。手付金を払ったら、次の支払いは三ヶ月目から。どうだ?」


 電話の向こうで、テンマは少し黙り込んだ。損得のソロバンを、頭の中で叩いているのだろう。


 華は現在、避妊具なしで売春を繰り返している。複数の性病に罹っていることから、ソープランドで働けなくなる可能性が高い。さらに、立ちんぼの客に、性病を感染させた報復をされる可能性もある。


 秀人に渡さなかったとして、華が、いつまで、どれくらい稼げるか。


 考え込んだ後、テンマは答えを出した。


『それでいい。じゃあ、手付けで五百。その後は、三ヶ月目からの振り込みな』


 どうやらテンマは、今後華が稼げる額を、五百万以下と計算したようだ。


『ただし、一旦、華を俺のところに帰らせろ。振り込みを確認したら、あんたのところに行かせる』

「わかった」

『それと、もう一つ』

「まだ何かあるのか?」

『あんた、華と()()でやるのか?』

「そうかもな」


 嘘である。秀人は、華とセックスをするつもりはない。


経口避妊薬(ピル)は持たせるけど、あと二ヶ月分くらいしかないぞ』

「いいよ。もし()()()ら、そのときは、五百万追加で払う。悪い話じゃないだろ?」


 電話の向こうで、テンマが「ははっ」と笑い声を上げた。道端で拾った頭の悪い女が、大金に化ける。彼にとっては、笑いが止まらないのだろう。


『あんた、ずいぶん華が気に入ったみたいだな』

「ああ。だから、俺が預かってる間は、あんたとは連絡を取らせるつもりはない。華のスマホから、あんたの連絡先を消す。あんたも華とは連絡を取らない。問題ないな?」

『別にいいよ、それくらい。金をしっかり払うならな』

「とりあえず朝になったら、一旦華を帰らせる。振り込みは、午後四時までにはしておく。残高を確認したら、華を鳥々川に向わせてくれ。時間は、そうだな……午後九時半くらいに着くように」

『ああ』

「じゃあ、振込先を教えてくれ」

『ちょっと待ってろよ』


 電話の向こうで、テンマがゴソゴソと動いている。自分の振込先を確認しているのだろう。確認すると、早口で伝えてきた。大金を前に、明らかに興奮している様子だった。


 メモを取ることもせず、秀人は、テンマの振込先を聞いていた。振り込む気がないのではない。振込先くらいは、一度聞けば暗記できる。


 テンマに下手な小細工をさせないため、秀人は、一応釘を刺すことにした。


「あと、振り込みを確認しても華を寄こさない、なんてことはないようにな。身元なんて、振込先から簡単に突き止められる。振り込んだ金を凍結させることもできる」

『そんなことはしねぇよ。五百なんて大金をポンッと出せるんだから、結構な大物なんだろ、あんた。そんな奴を敵に回したくないしな』

「賢明だな」

『じゃあ、華に替わってくれ。あんたの話を聞き入れたって伝えるから』

「わかった」


 スマートフォンを耳から離すと、秀人は華に差し出した。


「テンマが、華と話したいんだって」

「うん」


 秀人からスマートフォンを受け取り、華は、テンマと簡単な会話を交わした。一旦家に帰ること。家を出るために、ある程度の荷物をまとめること。今日の午後九時半までに、鳥々川に行くこと。


 テンマとの会話を終え、華は電話を切った。すぐに秀人の方を向く。彼女は、笑顔だった。


「テンマがね、頑張れって言ってくれた」

「そっか。テンマも、応援してくれたんだね」

「うん。だから、華、頑張るね」

「ああ。色んなことしてもらうけど、華なら大丈夫。華は偉い子だから」


 誉められて、華は照れ臭そうに笑った。


「じゃあ、華は今日から、秀人と一緒に住むの?」

「そうだよ。俺の家で、一緒に暮らすんだ」

「秀人の家、どんなところなの?」

「一軒家だよ。あと、猫が五匹いる」

「猫!」


 華はパッと表情を輝かせた。


「猫は好き?」

「好き! 華ね、テンマのスマホでしか見たことないけど、猫って可愛いの!」


 動画サイトにアップロードされている猫。愛くるしい姿が映し出されている動画。当然、動画の中の猫は、ひどい外傷など負っていない。


 秀人が保護した猫達とは違う。


「……華。一つ、約束して」

「何?」

「ウチの猫はね、動画で見るような、元気な子達じゃない。足が一本なかったり、大怪我をして変な動きしかできなかったり、片目がなかったり――五匹とも、普通の猫とは違うんだ」

「そうなの?」

「ああ。もしかしたら、動画で見る猫とは違って、可愛いとは思えない子もいるかも知れない」


 秀人が飼っている、五匹の猫。その一匹であるキジトラのヒョウは、かつて全身に火傷を負い、今でも、所々の毛が薄くなっている。人の手によって火を点けられ、重傷を負っていたところを秀人が保護した。


 一見すると、決して可愛いとは言えない。それどころか、火傷の痕が未だ痛々しい。


「華に色々やってもらうって言ったけど、その中の一つが、ウチの猫を可愛がることなんだ。見た目で嫌ったりしないで、全員、大切にしてほしい。約束できる?」

「約束する!」


 力強く、華は頷いた。


「華ね、動画で見たよ。大怪我して、毛がほとんどなくなっちゃった猫とか、事故で大怪我した猫とか。凄い可哀相なのに、一生懸命生きてるの。だから、華、絶対に大切にする!」

「そうか」


 秀人は華の頭を撫でた。


「優しい子だな、華は」


 飼っている猫を大切にしてほしい。これは、秀人の本心だ。華を操る策略として出た言葉ではない。


 頭を撫でられて、華は、秀人が飼っている猫のように心地好さそうな顔を見せた。


「ねえ、秀人」


 秀人の手を頭に乗せたまま、華が、上目遣いで聞いてきた。


「何?」

「猫を大事にする以外は、華、何をすればいいの?」

「それは、少しずつ教えていくよ」


 性病の検査と治療。並行して、武器の扱いの訓練。知能を上げさせる勉強。やらせることは山積みだ。


 秀人はソファーから立ち上がった。


「じゃあ、華。もう夜も遅いし、寝ようか」

「え? でも、華、いっつも朝に寝て、夜にお仕事してるんだよ?」

「これからは、朝起きて夜寝る生活になるんだ。だから、今日はもう寝るよ。これが、これから華がすることの一つ」

「うん。じゃあ、華、ちゃんと寝る」


 言うが早いか、華は、ソファーからベッドに移動した。


 テンマのことも秀人のことも、まるで疑っていない華。


 つい、秀人は笑ってしまった。


※次回更新は12/22を予定しています。


社会問題の一つとして考えられている個人売春。

売り手である華に接触し、コントロールし、さらに大きな事件を起こそうと目論んでいる秀人。


無垢な華を、秀人は、どのように使っていくのか。どのようにして、さらに国内情勢を歪ませてゆくのか。

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