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罪と罰の天秤  作者: 一布
第一章 佐川亜紀斗と笹島咲花
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第三十一話② 嫌いだけど認めてる(後編)


 咲花に聞かれて、秀人は視線を泳がせた。咲花や亜紀斗から目を逸らし、空を見上げた。こんな場面で、明確な隙を見せた。もっとも、不意打ちをしたところで、彼には通用しないだろうが。エネルギーを無駄にするだけだ。


 チラチラと、空から雪が舞い落ちている。気温はマイナス二度、といったところか。


 秀人は咲花に視線を戻すと、反対に質問を返してきた。


「二十五年前の、警察官一家惨殺事件って知ってる?」


 小さく、咲花は頷いた。


 市内の郊外にある、民家の少ない地域で起こった事件だ。被害者宅の家主は、少年課の警察官。殺されたのは、その警察官と妻、娘。当時幼かった息子は、洗濯機の中に隠れて難を逃れたという。


 事件当時、咲花はまだ二歳だった。この事件について知ったのは、警察官になった後だ。


 逮捕されたのは、四人の少年。動機は、殺された警察官による誤認逮捕。誤認逮捕に憤った犯人達が、復讐のために被害者の家を襲撃した。


 秀人の質問から、咲花はすぐに察した。


「生き残った遺族が、秀人さんなの?」

「ご名答」


 秀人の家族を殺した犯人達は、事件後、間もなく逮捕された。今度は誤認逮捕ではない。現場に残されていた体液等が、決定的な証拠となった。


 しかし、犯人達が裁判に掛けられることはなかった。留置所の中で、自殺したのだ。復讐は果たしたから、もう、生きている意味はない――そんな言葉を残して。


 犯人達の言葉は、どのような形で残されていたのか。血文字による書き置きか。あるいは、別の方法で記したのか。もしくは、最後の声を聞いた者がいるのか。この点について、詳しい資料はなかった。


「その事件と、今の秀人さんの行動と、どんな関係があるの?」


 大切な人が殺されたとき、人は何を考えるか。まずは、犯人を突き止めようとする。犯人が分かったら、正しい裁きが下ることを期待する。正しい裁きが下らないのであれば、復讐を考える。復讐を終えて、初めて事件に一区切りを付けられる。


 では、その後、被害者遺族は何を考えるだろう。事件に区切りを付けられても、付けられなくても、生きていかなければならない。


 大切な人を失った悲しみに暮れて、ただ無気力に生きるか。あるいは、自分と同じ境遇の人達を集め、支え合うか。もしくは、咲花のように、自分と同じ傷を持つ者のために生きるか。


 遺族が取る行動は様々だろう。しかし、秀人の行動は、被害者遺族が取るものとは思えない。被害者遺族の彼が、さらに被害者を増やすだなんて。


「家族を殺される痛みを知ってる人が、どうしてこんなことをしてるの?」

「まあ、分からないだろうね。公開されてる情報しか知らないんだから」


 秀人は再び、握手を求めるように手を差し出してきた。彼とは十メートルほど離れているから、当然、手が届くはずがない。ただ、彼の言いたいことは分かる。


「俺の仲間になるなら、全部教えるよ。表に出ていないことも、全部。そうしたら、理解してもらえると思う。どうして俺が、こんなことをしてるのか。これが復讐だってことも」


「復讐?」

「そう。咲花が、姉を殺した犯人を憎んでるのと同じだってこと」


 犯人を憎んでいる。はっきりと言葉にされて、咲花の肩が震えた。憎い。大切な――大好きな姉を殺した下衆共が、憎い。本当は、今すぐにでも捕まえて、惨殺してやりたい。


 再び、咲花の心が揺らいだ。感情が波打つ。憎悪が湧き上がる。呼吸が荒くなってくる。


「笹島」


 咲花を我に返したのは、またも亜紀斗だった。


「落ち着け」

「落ち着いてる」


 嘘である。亜紀斗も、嘘だと分かっているだろう。彼は指摘してこなかったが。


 亜紀斗は声のトーンを下げ、小声で咲花に聞いてきた。


「お前が一方的にやられるほど、あいつは強いのか?」

「見ての通り。手も足も出なかった」


 咲花の体は傷だらけだ。隊服は所々破け、体に複数の痣や傷がある。対して、秀人は傷ひとつ負っていない。


「どうやったら勝てると思う? どうすればいい?」


 亜紀斗が小声で話しているのは、秀人に聞こえないようにするためだろう。彼と戦うための戦略を。


 でも、無駄だ。


「小声で話しても無駄だよ。あの人、異常なくらいに耳がいいから。あんたが言ってること、全部聞こえてるよ」

「うん、聞こえてる」


 秀人は、トントンと自分の耳元を突いた。


「この程度の距離なら、どんなに声を抑えても聞こえるよ。ついでに俺、絶対音感もあるから。仮に目を閉じても、その場に何人いて、誰が何を言ったのかも分かるよ」


 亜紀斗の表情が曇った。


「俺達二人がかりで、どうにかならないか?」

「なると思う?」


 咲花が一方的にやられたのだ。咲花より弱い亜紀斗が加勢したからといって、どうにかなるとは思えない。


 単純な戦力という意味では。


「私と戦ったとき、秀人さんは、外部型しか使ってなかった。それでも圧倒された。しかもあの人は、内部型も使える。たぶん内部型も、外部型と同等レベルで使える。つまり、内部型だけで戦っても、あんたより強い」


 つい、咲花は鼻で笑ってしまった。秀人の能力を説明して、なんだか可笑しくなってしまった。まるで、漫画にでも出てきそうな無双(チート)


「生きたまま捕まえるなんて、絶対に無理。それどころか、殺すのも無理。あんたは一〇〇パーセント死ぬ」

「俺は?」

「うん。あんたは。私には、生き残る方法があるもの」


 亜紀斗の体が、明確に強張った。感情が分かり易い。


「……あいつの仲間になるのか?」


 亜紀斗の質問に答えず、咲花は大きく息を吐いた。自分の感情を落ち着けるように。


「秀人さん」

「うん。何?」

「私、お姉ちゃんを殺した奴等を、殺してやりたい。痛めつけて、苦しめて、苦しめて。泣いても喚いても嬲り続けて、できるだけ時間をかけて殺してやりたい」

「いいよ。拷問部屋みたいなところが欲しいなら、俺が提供する。欲しいなら、拷問器具なんかも用意するよ」

「……笹島……」


 低い、亜紀斗の声。


 もし咲花が、秀人に寝返ったら。

 亜紀斗は、どうするのだろうか。


 咲花は、亜紀斗のことが嫌いだ。それでも――いや、嫌いだからこそ分かる。彼は、どんなに絶望的な状況でも戦うだろう。命を捨てる覚悟で戦う、というのではなく。自分の信念のため、意地を貫き通すのだろう。


 いつかの川井の言葉が、また、咲花の頭で蘇った。元婚約者の言葉。


『仲が悪くても、意見が合わなくても、度々ぶつかり合っても、認めてる――認めたい部分があるんじゃないのか? だからこそ、啀み合ってるんじゃないのか?』


 ――うるさいな。


 胸中で、川井に反論した。


「咲花」


 秀人の手は、咲花に向って差し出されたままだ。


「俺のところに来れば、望むことができるよ。だから、おいで」


 咲花はあえて、笑って見せた。


「秀人さん」

「うん?」

「言ったよね? 私にも守りたいものがある、って」


 差し出された秀人の手が、少しだけ動いた。震えるように。


「だから、秀人さんの仲間にはならない」

「……そう」


 秀人は手を引っ込めた。目元が、少しだけ寂しそうに見えた。反面、鋭くなった。


「じゃあ、殺すよ」

「笹島!」


 秀人の宣告を打ち払うように、亜紀斗が聞いてきた。


「俺はどうすればいい!?」


 彼は、戦略を咲花に一任してきた。分かっているからだろう。この場にいる三人の中で、自分が一番弱いと。だからこそ、強い者のフォローに回ろうとしている。


「とにかく動き回って戦って。秀人さんを中心にして、ひたすら動くの」

「わかった!」

「でも、あんたは死ぬよ」


 たとえ秀人をどうにかできても、その頃には、亜紀斗はボロボロになっているはずだ。病院に担ぎ込まれても助からないほどの重傷を負うだろう。


 亜紀斗は少しだけ笑った。どこか挑発的に。


「死なねぇよ、俺は」


 言って、構えた。相手に一気に接近するときの、低い構え。


「守りたい女ができたんだから」


 言葉をその場に残して、亜紀斗は秀人に向っていった。


※次回更新は10/6を予定しています。


咲花でさえまったく歯が立たなかった秀人。

彼に向っていく亜紀斗。

亜紀斗は100パーセント死ぬが、自分が助かる可能性があると言った咲花。


桁違いの能力を見せる秀人に対して、咲花はどう対抗しようとしているのか。

亜紀斗は、どのようにして戦うのか。

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― 新着の感想 ―
[一言] さて、決着はつかんでしょうが、二人で当たる事によって秀人の弱点を予想してみると……。 『外部型と内部型は同時使用出来ない』 『力の威力、精度に違いはあれど、保持しているエネルギー総量は二人に…
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