表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
罪と罰の天秤  作者: 一布
第三章 罪の重さを計るものは
120/176

第四話② 依頼のない代理復讐(後編)


「あ……あの、秀人さん」


 恐る恐る、という様子で三橋が声を掛けてきた。


「何?」

「さっきも言いましたけど、あんまり不自然になるようなことは……自殺で片付けないといけないんで……」

「分かってるよ」


 言いつつ、秀人は神坂の服を脱がせた。彼を下着姿にしたうえで、衣服を引き裂き、結び、ロープ状にする。


「首を吊って殺してから、関節は入れ直すから。それなら問題ないだろ?」

「いや、まあ……それなら」


 秀人達の会話が聞こえていたのか、神坂は、涙を流しながらこちらを見てきた。目で何かを訴えている。顎が外れているので喋れないが、彼の言いたいことは概ね予測できる。


 予測できるが、秀人はあえて聞いてみた。


「どうしたの? 何か言いたいの?」


 外れた顎が、だらりと下がっている。開きっぱなしになった口。神坂は涙を流したまま、小さな動きで頷いた。大きく動くと激痛が走るからだろう。


「何が言いたいの? 言ってみなよ」


 喋れない神坂に、秀人は促した。


「とりあえず、聞くだけは聞いてあげるから」

「あひゃひゃ……ひゃへへ」


 言葉になっていない。声も小さい。それでも、神坂が何を言いたいのか容易に分かる。


「殺さないで、って言ってるの?」


 神坂は、再び小さく頷いた。細かい顔の動きに合せて、流れている涙が床に落ちた。開きっぱなしの口から、(よだれ)がダラダラと流れている。


 服で作ったロープを、神坂の首に巻き付ける。彼の顔が青ざめた。しかし、関節を外されているので、抵抗もできない。


 秀人はロープを引っ張り、神坂の顔を自分の方に寄せた。


「――――――――っ!!」


 再度、神坂は悲鳴を上げた。引き寄せられて、外れた関節に激痛が走ったのだ。もっとも、口が開きっぱなしになっているので、悲鳴というほどの声量は出せていない。


「そっか。お前、死にたくないんだ?」


 ロープを首に巻き付けたまま、神坂は頷いた。


 秀人は、神坂に微笑みかけた。凍り付くような冷たい笑み。


「俺もさ、本当は、こんなふうにお前を殺したくないんだよ」


 こんなふうに殺したくない――この言葉の意味を、神坂は好意的に受け取ったようだ。縋るような目を秀人に向けてきた。殺したくないなら殺さないでくれ、と無言で訴えている。


 殺す前に、この勘違いを正してやらないと。


「本当はね、もっと苦しめてやりたいんだ。痛めつけて痛めつけて、『殺さないで』じゃなく『殺して』って言うくらいの地獄を見せて、その後に殺してやりたいんだ」


 神坂の目が見開かれた。開いた拍子に、さらに大粒の涙が零れた。自分の運命を悟ったのだろう。


「だって、そうだろう? お前は、人の人生を踏みにじった。人を殺した。殴れば殴り返されるのが道理だろう? それなら、殺したら殺されるのだって道理だ」


 開きっぱなしの、神坂の口。ボタボタと落ちる涎。涙が口の中に入り、さらに唾液を分泌させている。床に落ちているのが涎なのか涙なのか、もう判別がつかない。


「お前に殴られた人は、お前に許しを乞いたはずだ。お前に犯された女の人は、助けを求めたはずだ。お前に殺された女の人は、最後まで、家族のもとに帰ることを願っていたはずだ」


 咲花の姉は、たった一人で彼女を育てていた。亡くなった両親の代わりに、彼女の親代わりとなっていた。あまりの拷問で正気を失うまでは、ずっと、咲花のことを心配していたはずだ。


 そんな咲花の姉を、神坂達は、欲望のままに陵辱し、陰湿に痛めつけ、残酷なまでの暴行を加え、無惨に命を奪った。


 そんな男の命乞いなど、嘲笑の対象であっても温情の対象とはならない。


 秀人はロープを強く握り、上へ引っ張り上げた。


 神坂の身長は、秀人より二十センチほど高い。しかし、股関節と膝の関節を外された彼は、床に足がついていても、体を支えることができない。つまり、ロープを引っ張られた時点で、彼の首が絞まる。


「ひ……ひゅ……ひゅっ……ごっ……」


 神坂の喉から、息が詰まる音が聞こえた。締め上げてすぐに、顔が赤くなった。額に血管が浮き出ている。一分ほど経過すると、紫色になった。二分ほで、土色に変わった。見開かれた目から、眼球が飛び出しそうなほど突き出ている。


 三分ほど経過すると、神坂の体がビクンビクンッと痙攣した。死ぬときの生理的な反応だ。もう彼は、痛みも感じていないだろう。


 やがて、神坂は完全に動かなくなった。死んだのだ。


 秀人は、神坂の服で作ったロープを洗面台に結びつけた。低位置での首つりに見えるように。自殺の偽装。


 部屋の中には、神坂の糞尿、涙や涎がこぼれ落ちている。それだけではなく、彼自身の足にも、垂れ流した糞尿が付いている。


「三橋さん」


 三橋は、神坂が殺される場面を呆然としながら見ていた。秀人が作業を終えた後も、未だ呆然としていた。秀人に呼ばれて、正気に戻ったように肩を震わせた。


「はっ、はい。何ですか?」

「念のため、部屋に散らばった糞と小便を掃除しておいて。あと、こいつの足についた糞と小便も。低い位置で自殺したのに足に付いてるのは不自然だし、部屋の中に散らばってるのも不自然だから」

「あ……はい」


 顔を歪めながら、三橋は頷いた。部屋の中央に残された神坂の糞尿を見ている。片付けるのが憂鬱なのだろう。


 さて――と、秀人は息をついた。


 神坂が殺されたことを知ったら、咲花は何を思うだろうか。秀人が、代理で復讐を果たしたと知ったら。殺したい奴等を殺してもいいのだと、伝えたら。


 何を思い、どんな行動に出るだろうか。


 概ね予想はできているのだが。


※次回更新は4/6を予定してします。


咲花は、理性と信念をもって、姉の仇討ちに走る自分を止めていた。自分を抑えていた。

しかし、彼女を抑えていたものは、次々と壊れていった。


では、秀人が神坂を殺したことで――神坂が殺されたことを知って、咲花はどうなるのか。

自分を止めていた理性が、崩壊するのか。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ