第四話② 依頼のない代理復讐(後編)
「あ……あの、秀人さん」
恐る恐る、という様子で三橋が声を掛けてきた。
「何?」
「さっきも言いましたけど、あんまり不自然になるようなことは……自殺で片付けないといけないんで……」
「分かってるよ」
言いつつ、秀人は神坂の服を脱がせた。彼を下着姿にしたうえで、衣服を引き裂き、結び、ロープ状にする。
「首を吊って殺してから、関節は入れ直すから。それなら問題ないだろ?」
「いや、まあ……それなら」
秀人達の会話が聞こえていたのか、神坂は、涙を流しながらこちらを見てきた。目で何かを訴えている。顎が外れているので喋れないが、彼の言いたいことは概ね予測できる。
予測できるが、秀人はあえて聞いてみた。
「どうしたの? 何か言いたいの?」
外れた顎が、だらりと下がっている。開きっぱなしになった口。神坂は涙を流したまま、小さな動きで頷いた。大きく動くと激痛が走るからだろう。
「何が言いたいの? 言ってみなよ」
喋れない神坂に、秀人は促した。
「とりあえず、聞くだけは聞いてあげるから」
「あひゃひゃ……ひゃへへ」
言葉になっていない。声も小さい。それでも、神坂が何を言いたいのか容易に分かる。
「殺さないで、って言ってるの?」
神坂は、再び小さく頷いた。細かい顔の動きに合せて、流れている涙が床に落ちた。開きっぱなしの口から、涎がダラダラと流れている。
服で作ったロープを、神坂の首に巻き付ける。彼の顔が青ざめた。しかし、関節を外されているので、抵抗もできない。
秀人はロープを引っ張り、神坂の顔を自分の方に寄せた。
「――――――――っ!!」
再度、神坂は悲鳴を上げた。引き寄せられて、外れた関節に激痛が走ったのだ。もっとも、口が開きっぱなしになっているので、悲鳴というほどの声量は出せていない。
「そっか。お前、死にたくないんだ?」
ロープを首に巻き付けたまま、神坂は頷いた。
秀人は、神坂に微笑みかけた。凍り付くような冷たい笑み。
「俺もさ、本当は、こんなふうにお前を殺したくないんだよ」
こんなふうに殺したくない――この言葉の意味を、神坂は好意的に受け取ったようだ。縋るような目を秀人に向けてきた。殺したくないなら殺さないでくれ、と無言で訴えている。
殺す前に、この勘違いを正してやらないと。
「本当はね、もっと苦しめてやりたいんだ。痛めつけて痛めつけて、『殺さないで』じゃなく『殺して』って言うくらいの地獄を見せて、その後に殺してやりたいんだ」
神坂の目が見開かれた。開いた拍子に、さらに大粒の涙が零れた。自分の運命を悟ったのだろう。
「だって、そうだろう? お前は、人の人生を踏みにじった。人を殺した。殴れば殴り返されるのが道理だろう? それなら、殺したら殺されるのだって道理だ」
開きっぱなしの、神坂の口。ボタボタと落ちる涎。涙が口の中に入り、さらに唾液を分泌させている。床に落ちているのが涎なのか涙なのか、もう判別がつかない。
「お前に殴られた人は、お前に許しを乞いたはずだ。お前に犯された女の人は、助けを求めたはずだ。お前に殺された女の人は、最後まで、家族のもとに帰ることを願っていたはずだ」
咲花の姉は、たった一人で彼女を育てていた。亡くなった両親の代わりに、彼女の親代わりとなっていた。あまりの拷問で正気を失うまでは、ずっと、咲花のことを心配していたはずだ。
そんな咲花の姉を、神坂達は、欲望のままに陵辱し、陰湿に痛めつけ、残酷なまでの暴行を加え、無惨に命を奪った。
そんな男の命乞いなど、嘲笑の対象であっても温情の対象とはならない。
秀人はロープを強く握り、上へ引っ張り上げた。
神坂の身長は、秀人より二十センチほど高い。しかし、股関節と膝の関節を外された彼は、床に足がついていても、体を支えることができない。つまり、ロープを引っ張られた時点で、彼の首が絞まる。
「ひ……ひゅ……ひゅっ……ごっ……」
神坂の喉から、息が詰まる音が聞こえた。締め上げてすぐに、顔が赤くなった。額に血管が浮き出ている。一分ほど経過すると、紫色になった。二分ほで、土色に変わった。見開かれた目から、眼球が飛び出しそうなほど突き出ている。
三分ほど経過すると、神坂の体がビクンビクンッと痙攣した。死ぬときの生理的な反応だ。もう彼は、痛みも感じていないだろう。
やがて、神坂は完全に動かなくなった。死んだのだ。
秀人は、神坂の服で作ったロープを洗面台に結びつけた。低位置での首つりに見えるように。自殺の偽装。
部屋の中には、神坂の糞尿、涙や涎がこぼれ落ちている。それだけではなく、彼自身の足にも、垂れ流した糞尿が付いている。
「三橋さん」
三橋は、神坂が殺される場面を呆然としながら見ていた。秀人が作業を終えた後も、未だ呆然としていた。秀人に呼ばれて、正気に戻ったように肩を震わせた。
「はっ、はい。何ですか?」
「念のため、部屋に散らばった糞と小便を掃除しておいて。あと、こいつの足についた糞と小便も。低い位置で自殺したのに足に付いてるのは不自然だし、部屋の中に散らばってるのも不自然だから」
「あ……はい」
顔を歪めながら、三橋は頷いた。部屋の中央に残された神坂の糞尿を見ている。片付けるのが憂鬱なのだろう。
さて――と、秀人は息をついた。
神坂が殺されたことを知ったら、咲花は何を思うだろうか。秀人が、代理で復讐を果たしたと知ったら。殺したい奴等を殺してもいいのだと、伝えたら。
何を思い、どんな行動に出るだろうか。
概ね予想はできているのだが。
※次回更新は4/6を予定してします。
咲花は、理性と信念をもって、姉の仇討ちに走る自分を止めていた。自分を抑えていた。
しかし、彼女を抑えていたものは、次々と壊れていった。
では、秀人が神坂を殺したことで――神坂が殺されたことを知って、咲花はどうなるのか。
自分を止めていた理性が、崩壊するのか。




