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罪と罰の天秤  作者: 一布
第三章 罪の重さを計るものは
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第四話① 依頼のない代理復讐(前編)


「刑務所って寒いんだねぇ、三橋さん」


 刑務所の廊下を歩きながら、秀人は、隣りにいる男に声を掛けた。


 一月下旬。


 外には雪が降り積もっている。刑務所のグラウンドも例外ではない。もっとも、収容されている受刑者は、刑務所以外の景色を見ることなどできないのだが。


 秀人の隣りを、刑務官の三橋が歩いている。年齢は知らないが、おそらく三十代後半から四十代前半だろう。緊張感に満ちた表情を見せている。この寒さにも関わらず、薄くなった額に汗を浮かべていた。


 三橋は、檜山組と――その上位組織である当麻会と繋がりがある者だ。刑務官の仕事に従事しながら、当麻会に関連のある受刑者と情報交換などを行っている。


 檜山組や当麻会と繋がりがある三橋は、秀人のことも知っていた。約八年前に檜山組の事務所を襲撃し、十四人の構成員を惨殺したこと。以後、銃を収集して様々な場所で事件を起こしていること。国内の暴力団だけではなく、海外マフィアにも繋がりを持っていること。元刑事――特別課の元刑事であり、クロマチン能力者であり、驚異的な力を持っていること。


 秀人に関する情報が、三橋を緊張させているのだろう。恐怖と言ってもいい緊張感。


「そんなに緊張しないでよ、三橋さん」


 秀人は今、女性刑務官の格好をしている。違和感なく刑務所で行動するために。


 ポンッと、秀人は三橋の肩に手を置いた。彼の体がビクッと震えた。


「で、三橋さん。神坂は、ちゃんと懲罰房に入らせたんだよね?」

「は……い。一昨日から、入れてます」

「ちなみに、どんな理由で入れて、どんなふうに他の刑務官に納得させたの?」

「あの……作業をサボるとか……そんな理由をでっち上げました。記録は適当に改ざんして……」


 三橋は、いちいち声を震わせていた。こんな小心者が暴力団と繋がりつつ刑務官をしているなんて、少し意外だ。何か弱みを握られて、こんなことをしているのかも知れない。


 もっとも、秀人は、三橋の事情に興味などなかった。彼に話しかけたのは、懲罰房に着くまでの暇潰しだ。


 懲罰房に着いた。


 三橋が鍵を開け、ドアノブに手を掛けた。


 ギィ、という蝶番(ちょうつがい)の音。ドアを開けた。


 懲罰房の広さは、十畳ほどだった。意外に広い。もっとも、この一部屋にトイレや洗面所などが密集していることを考えると、決して広いとは言えないのかも知れないが。少なくとも、ここに入れられた人間にとっては。


 懲罰房の中に、男が一人。年齢は三十七歳。なかなか体格がいい。身長は一八〇センチほどか。太ってはいない。


 神坂洋。昨年、監禁暴行罪で逮捕され、服役している。かつての名前は、大倉洋。咲花の姉を殺した犯人の一人。準主犯格。


 神坂は、どこか不服そうな顔でこちらを睨んできた。


「三橋先生。俺、本当に、作業をサボってないですよ。なんでこんなところに入れられてるんですか?」


 神坂は今回の事件について、一審判決後に控訴しなかった。そのため、一審判決が確定判決となった。懲役六年。監禁暴行罪にしては、比較的重い判決である。それでも神坂が控訴しなかったのは、早く娑婆に戻りたかったからだろう。控訴したところで、いずれにしても懲役刑となる。過去の犯罪歴から、重い判決が出ることは目に見えている。それなら、少しでも早く娑婆に出るために、いち早く刑期を開始した方がいい。


 神坂は、目付きの悪い男だった。顔には、明らかな喧嘩の痕が見て取れる。腫れ上がったまま、やや変形した頬骨。同じように変形した鼻骨。咲花の姉を殺す前は、仲間と一緒に喧嘩や恐喝に明け暮れていたという。


 神坂は、秀人の視線に気付いたようだ。三橋から秀人に視線を移した。途端に、目の色を変えた。


 女性刑務官の格好をした秀人は、誰が見ても絶世の美女だ。男ばかりの刑務所にいる神坂が、興奮しないはずがない。


 秀人は声帯を細くした。女性の声が出るように。隣りにいる三橋に話しかける。


「三橋さん」

「え……はい?」

「ちょっと見物していく? 昔、檜山組でやったみたいな場面が見れるよ」


 秀人は、神坂を殺すつもりでここに来た。神坂を殺し、咲花に伝える。彼女の中にある「復讐には走らない」という決意に、亀裂を入れるために。


「いや……あの……あんまり不自然に見えることは、避けていただきたいんですが……」


 一旦言葉を切り、三橋は小声で伝えてきた。神坂に聞こえないように。


「自殺ということで片付ける必要があるんで」

「あー、そうかぁ」


 本当は、可能な限り残酷な殺し方をしたかった。神坂が、苦痛と屈辱の中で「殺して」と言いながら死んだことを、咲花に伝えたかった。でも、それは難しそうだ。


「まあ、仕方ないか」


 呟くと、秀人は神坂に近付いた。彼の前でしゃがみ込む。目線を合わせ、彼をじっと見つめた。


 神坂は、秀人の顔に見取れていた。頬が紅潮している。性欲が搔き立てられ、興奮しているのだ。欲望のままに咲花の姉を陵辱し、殺害した、畜生にも劣る鬼畜。


 秀人の家族を殺した奴等と、同類の人間。


「ねえ、神坂」


 意図的に艶っぽい声を出し、秀人は、神坂の顎に触れた。同時に、内部型クロマチンを発動する。


 秀人の色香に惑わされている神坂。彼の表情は、一瞬にして変貌した。秀人が動いた直後に。


 秀人は、神坂の顎を外した。関節を強引に引き抜いて。ゴキッという生々しい感触が、秀人の手に伝わってきた。


「――――――――――――――――――!?」


 途端に、神坂は声にならない悲鳴を上げた。


 間髪入れず、秀人は、神坂の両腕を握った。強引に引っ張る。顎と同様に、両肩の関節も外した。ゴリッという生々しい音と感触が、再び秀人の手に残った。


「――――――――――――――――――!!」


 追加された激痛に、神坂はさらにのたうち回った。その場に蹲り、体をビクビクと動かして悶えている。


 秀人は、蹲った神坂の両足首を掴んだ。内部型クロマチンを発動させた力で、勢いよく引っ張る。ゴキンゴキンッと、二段階の感触。神坂の両膝と両股関節も外れた。


 あまりの激痛に神坂は失禁し、脱糞した。体を震わせながら、涙を流している。


 懲罰房の中に、異臭が漂った。


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