第405話 紡がれた絆と共に
美しい光景だった。光に包まれて降臨してくる女神と、それを待つ女王と王配。祭壇全体を淡い光の粒子が包んで、クレア達の纏う衣服の煌めきを更に強調している。
神に宣誓する形式の結婚式というのは、神々が去ってしまったこの世界でもあるものだが、その場合は神官なり巫女なりに宣誓する形となる。
だが、本物の神族がいて、その神族が結婚を見届けることを希望しているのなら話は別だ。結婚するのもイリクシアを解放した巫女姫当人であるため、宣誓を受ける役割を女神イリクシア自身が担う形となった。
イリクシアはゆっくりと降りてくると、祭壇に立ち、クレアとグライフが一礼する。イリクシアは二人の姿に頷くと、言葉を紡ぐ。
「まず、この佳き日を迎えられたことを嬉しく思う。古の都はかくして人の世と地上に帰還を果たした。女王、クラリッサ=アルヴィレト=エルカディウス、並びにその王配、グライフ=フォーブラントの膝元にて、平穏なる日常と健やかなる繁栄が齎されることを願うものである」
「女神イリクシアの御心に叶うものとなるよう、全霊を賭してその大任に当たりたく存じます」
「女王を支え、その一助となる所存です」
二人の言葉にイリクシアは目を細めて穏やかに笑う。
「喜ばしい言葉ではあるが、今日の宣誓は女王としての覚悟を問うものではなかったな。改めて問おう。新郎グライフ。そなたはここにいるクラリッサと、喜びも苦難も分かち合い、愛と敬い、慈しみを以って共に運命を歩んでいくことを誓うか?」
「はい。誓います」
「新婦クラリッサ。そなたはここにいるグライフと、喜びも苦難も分かち合い、愛と敬い、慈しみを以って共に運命を歩んでいくことを誓うか?」
「はい、誓います」
共に運命を。イリクシアに誓う言葉としてはこれ以上のものもないだろう。だが、二人の返答に迷いも淀みもない。
「それでは、指輪の交換を」
イリクシアに促され、二人はそれぞれの指輪を取り出す。ジュエルクラブの上位種から採取した青い宝石がそこにはあしらわれていた。強い魔力を纏い、複雑な反射光を放つそれは、ロナが加工し、台座をドワーフ達の職人が仕上げたものだ。大粒の青い宝石の周りに、色とりどりの小さな宝石をちりばめた、美しいものだった。
互いの指にそれらを嵌めると、魔力と輝きが一段増した。気のせいではなく、実際にそうだ。イリクシアの前で行われたことでより強い祝福と魔法的な意味を宿したのだろう。
「誓いの口づけを」
イリクシアが促すと皆が見守る中で、二人は暫し見つめ合う。少しの間と静寂があった。互いの胸の内に去来する想いがある。今まで歩んできた道や、出会ってからのこと。互いへの思慕。
グライフがそっとクレアのヴェールを上げる。紫水晶のような深い輝きの双眸が、ヴェールの下から現れる。光を浴びて静かな煌めきをそこに湛え、グライフを見つめる。
そっと、グライフが前に出て身を屈める。クレアも目を閉じて、顔を上げた。
陽の光に映し出される、二人の影が交差する。片手を互いに取り、軽い抱擁と共に、唇に触れたものがある。柔らかい感触と体温。鼻孔をくすぐるほのかな香り。
少しの間の出来事であったが、長い時間にも感じられた。僅かな仕草にも、互いの想いを感じられて。
離れると、祝福の輝きが二人に降り注ぐ。
続いて文官が差し出す結婚証明書に二人が署名し、ルーファスとリヴェイルが証人として証明書に署名を行う。
「ここに婚礼は成った……! 我が名、イリクシアの下にクラリッサとグライフを正式な夫婦と認める……!」
イリクシアの宣言と共に拍手と喝采が巻き起こった。クレアとグライフは静かに寄り添って祭壇を降り、列席者から祝福の言葉を掛けられながら大聖堂を退出していく。
ここからは戴冠式の時と同様。結婚式が無事に終わり、女王と王配が正式に結婚し、夫婦となったことを示すために、馬車に乗って通りを進むことになっている。
護衛を行うのはローレッタ率いる近衛騎士団と、ルファルカを始めとした守り人から選出された部隊だ。ローレッタ達は婚礼の儀を見届けた後すぐに動きだし、皆この晴れ舞台で女王夫婦の護衛ができることを誇らしげにしていた。
他の参列者はクレア達が国民や来訪者にその姿を見せている間に城に移動し、披露宴の始まりを待つことになる。
そうしてクレア達は街中に向けて出発する。クレアとグライフの姿が見えると、大通りは大歓声に包まれた。
風に花びらが舞い、明るい陽光を浴びて。花嫁衣裳を纏った女王は白く輝いているかのようだ。その隣で女王を守るように寄り添う騎士のような王配の姿。
そんな二人の様子が近付いてよく見えるようになってくると、見惚れて固まったり、感嘆の声が広がったりしている様子だった。
クレアとグライフは、穏やかに笑って寄り添いながら手を振って歓声に応える。
「女王さまー!」
「グライフさまー!」
と、大きく手を振っているのは孤児院の子供達だ。クレア達が微笑みかけて手を振り返すと飛びあがって喜び、素直な反応を返してくれる。そんな様子に表情を綻ばせつつ、クレア達はゴルトヴァールの通りを巡っていく。
見知らぬ人も多かったし人形も手元にはなかったけれど、それほど緊張していないことにクレアは気付く。
それはグライフが隣に寄り添ってくれているからで。通りに見えている人達皆が嬉しそうだからだろう。
自分がきちんとした治世を敷くことで、こうした笑顔をまた見ることができる。そう考えれば女王としていくらでもやっていける、とクレアはそう思うのだ。
その為に頑張るというのは前世での生きがいと似たところがある。勿論、今世は頑張りすぎて倒れないようにしないといけないけれど。
通りの人々に手を振りながら進んでいると、ふとグライフと視線が合う。
「みんな喜んでくれているようですね」
「そうだな――」
手を振りながら、穏やかな声で二人は話をする。
グライフは自分が暗部出身の家系だから、それがクレアの足を引っ張らないか心配していた部分もある。しかし、それも杞憂だったのだろう。孤児院の子達のように喜んでくれる者もいる。クレアが嬉しそうにしてくれている。それが、嬉しくもあり、ならば自分もそうやって心配してしまうよりは、喜んでくれる人にこそ応えるべきなのだろう。
クレアとグライフが大通りを巡る中で、そっとお互いの間の手がどちらからともなく触れる。
そっと手を握ったのは、どちらからだっただろうか。通りの人々からは見えない位置で手を繋ぎ直し、手と手を重ねて。暖かい陽射しの中でそうやって二人は仲睦まじく寄り添って大通りを巡ったのであった。
そうして国民へのお披露目の後の披露宴も華やかで盛大に行われた。
中庭に面した城の大広間を選び、美しく手入れされた庭園と、壮麗な大広間とで談笑しながらの披露宴だ。
祝福に来る面々の挨拶回りといった時間もあったものの、クレアとしても親しい人達と顔を合わせ談笑できるような時間が十分に持てて楽しい時間であった。衣装や指輪のお礼や感想を伝えると、セレーナ達もまたクレアとグライフが身に着けた姿についての感想を伝えるなどして和やかに時間が過ぎていく。
その中で、クレアは穏やかな表情で言う。
「その――ドレスや指輪だけのことだけではなく……色々ありがとうございました。皆と出会えたから、ここまで来られたのだと思います」
「それを言うのなら、私達の方こそ、ですわ」
クレアの言葉に、セレーナは胸のあたりに手を当てて過去を懐かしむように言う。
「あの日、不安を抱えた中で辺境伯領に出てきたとこで出会えて、そこからは目の前の暗闇が晴れていくような想いでした。それどころか、鉱山竜の問題まで実際に解決してしまわれたわけですが」
「ま、あたしもだね。前にも言ったが、退屈しなかったし楽しかったよ。あんたがいなければ、あたしも今ここにはいないだろうし。というか、ここにいるのはそんな奴ばっかりじゃないかね」
セレーナの言葉を受けてロナもそう言うと、居並ぶ面々が頷く。従属の輪や理不尽な出来事から、助けてもらった。
「一つ一つ、そうして紡いできた絆であるからこそ大切に想うものなのだろう。これからも、紡いだものを大切にしていくと良い」
やり取りを静かに見守っていたイリクシアが言う。
「はい――。私も、イリクシア様に綺麗だと思ってもらえるようなものを、紡いでいきたいです」
クレアはイリクシアの言葉に目を閉じ、それから微笑んでそう返したのであった。




