第404話 光の差し込む道を進んで
招待された客が待機したり宿泊したりするのは城側だが、実際に結婚式が行われるのは城ではなく、神殿の方だ。エルカディウスでも式典や儀式などでは使われており、大人数を収容することのできる場所なのだ。
元々神族を祀っていたということもあり、荘厳で美しい神殿、といった様子であった。 やはり会場も花と植物で飾られており、色とりどりの花で柱や壁、座席周りや祭壇が彩られている。
天井が高く、たっぷりと陽が差し込んでくる明るい聖堂だ。奥に立派な祭壇があり、手前に神官や沢山の信徒達が祈りを捧げられるスペースが確保されている作りになっている。
それらの場所に椅子を用意すれば参列者を招いて結婚式にも用いることもできるだろう。
神官用の席は賓客とその護衛を。それ以外の招待客は信徒用の席、という形にはなる。招待された面々全員どころか、守護獣まで入ることのできる式場となった。
守護獣達は聖堂の外縁部、両脇の席を正装で固めることで、聖堂全体を守っているような印象もある。とはいえ、実際はクレアの結婚式を祝いに来ただけで、今回は参列者という括りではあるのだが。
会場を警備しているのは騎士型の魔法生物達と、ローレッタを筆頭にしたアルヴィレトの騎士達だ。
楽師達が美しい調べを奏でる中、アルヴィレトの王族、貴族。国外の王族、貴族に外交官。招待客。様々な顔触れが案内されて、それぞれの席に通されていく。
「あたしがこんな席で良いのかねえ」
と、そんな風に言うのはアルヴィレトの王族達と共に最前列の席に案内されたロナだ。
「勿論ですとも。ロナ殿がいなければ今日という日も無かったのですから」
「あの子にとっては王族というよりも家族という括りになるのでしょう。私達もクレアの祖母でいて欲しいと思っておりますよ」
ルーファスやシルヴィアにそう言われて、ロナは少し頬を掻く。
「ふうむ。まあ、いいがね。最前列で気分よく見させてもらおうじゃないか」
「私もやや身分不相応な席ではあるのですが」
セレーナもその隣で苦笑する。妹弟子だから家族、という括りという理屈なのだろう。シェリル王女、ニコラスとルシアーナ、ウィリアムとイライザも何となく不自然にならない程度に近くの席、前列に配置されている。スピカはと言えば、ロナの杖の先端に留まっている。
王女と親しい友人達としての枠、という括りでもあるし、戦いで特に大きな功績を打ち立てた面々という名目でもあるのだろう。
「ふふ。クラリッサ陛下らしいと思います」
「そうですね。あまり身分に拘らず抜擢する、という方針を示す意味合いもあるのでしょう」
「あの方の結婚式を近くで見ることができるのは嬉しいですね」
シェリル王女の言葉に、ルシアーナやイライザが笑って応じる。
「私としては、本来ならこんな前列では見届けられないから役得ではあるかな」
「二人とも名前を変えている恩恵だよね」
ウィリアムが言うと、ニコラスがにやっと笑う。
そうして和やかな空気の中、穏やかに談笑していると、招待客全員の案内も終わったようで、入場の際の紹介の読み上げも終わり、音楽が少し変わる。
「いよいよ、でしょうか」
「楽しみね」
セレーナが言うとシェリル王女が嬉しそうな表情を見せた。楽しみにしているのは皆同じだ。あの時の赤子を拾ってから色々なことがあったものだ、とロナは目を閉じる。
ほんの少し、変わった子。だが、素直で優しくもあった。思い出すのはあの時――月夜の下で人形繰りをしていた姿だ。
固有魔法を持つと分かって心躍ったものだが、それ以上に息を飲むほどに幻想的で美しい光景でもあった。
魔法に関しては天性の才を持つ、とは思っていたが、まさかここまでになるとはと、と、少し微笑む。育てた身としては誇らしくもある。
「――新婦、クラリッサ女王陛下、並びに新郎グライフ王配殿下の御入場です!」
高らかに役人が宣言すると、ファンファーレが吹き鳴らされる。参列者達が心待ちにしながら見守る中で、大聖堂に続く大扉がゆっくりと開かれていく。
まず目に入ってくるのはフラワーガールだ。花の入った篭を手にしているのはエルム。白いドレスを纏っており、可憐な美しさを湛えている。
そして、その後ろに二人は寄り添うように立っていた。
グライフは、白を基調とした騎士礼装の上に、片側にマントを羽織るような出で立ちだ。細かな刺繍が施されており、所々目の覚めるような鮮やかな青の装飾が施されている
アルヴィレトの騎士礼装ではあるが、シェリル達がクレアのドレスに合わせてデザインしたもので細部では違いが見られた。王配は王子に準ずる立場、ということで戴冠はしていないから王冠は身に着けられるわけではないが、頭部に青い羽飾りのついた帽子を被っており、高潔さと上品さの中に華やかさを加えたような印象だ。精悍で凛としたグライフの立ち姿は、武人ということもあって堂々たるものだ。
そして――その隣にウェディングドレスを纏ったクレアはいた。白を基調として、アクセントに青い装飾品を身に付けたり、青い装飾が施されているというのはグライフと変わらない。統一感を持たせたところはあるのだろう。
ヴェールと裾はとても長い。透明感のある刺繍が惜しげもなく施されており、とても手が込んでいるのが窺える。それら端が床につかないよう、ヴェールガール達が支える形。その役割はアルヴィレトの子供達だ。
壮麗で可憐。長い時間をかけてシェリル達が準備してきたのに相応しい仕上がりだと言えた。
そして――ヴェールの下に薄っすらと見えるそのかんばせは、ため息が出るような美貌だ。白金の流れるような美しい髪。紫水晶の瞳。薄っすらと色付いた唇。
少女のあどけなさと、大人びた神秘的な表情とが同居している。陽光とヴェールに反射する淡い光に包まれて煌めくような幻想的な美しさをそこに湛えていた。
グライフとしては、ウェディングドレスを纏ったクレアを実際に目にするのは、今日が初めてだった。言葉も出ないほど、というのはこのことなのだろう。
これからは王配として隣に立つことになるが、クレアの内面は出会った頃から変わらない。穏やかで人見知り。子供が好きで、人に喜んでもらうことが好きで。それでも成すべきことがあるなら、前に進んでいける。そんな大切な人を支え、隣で歩んで行けるのならば、これほど嬉しいことはない。
一方でクレアは――多少緊張していたが自分が事前に思っていた程ではないようだ、と思う。クレアもグライフの新郎としての衣装を見るのは初めてだが、その姿が精悍で凛々しく感じられて、頼れる印象だったから、だろうか。
そう。グライフが隣にいてくれるならきっと大丈夫。そう思えるのだ。
ゴルトヴァールで足元が崩れた時。迷わず共に飛び込んで助けてくれたように、何があっても支えてくれる。助けてくれる。そんな人だ。グライフが隣にいてくれるからこうやって安心できるし、女王として正しくいられる。そう思えた。
二人は共に前を向く。道の左右に並ぶ人々の顔と、光の差し込む祭壇がそこにはあった。エルムが花びらを撒いて、二人が進む道を清める。クレアとグライフはその後ろから静かに歩みを進め、祭壇に向かって歩いて行く。
そうして祭壇を登り切ると、光の柱が立ち昇る。
クレアとグライフが見上げ、人々が見守る中でゆっくりと。イリクシアが光に包まれて降りてきたのであった。




