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第400話 戴冠

「ここに王女の宣誓は成された。我が姫巫女が民を慈しみ、国と世界を守らんとする、良き女王とならんことを願う」


 イリクシアが居並ぶ者達にそう声を響かせる。クレアは恭しい仕草で立ち上がりイリクシアに再び一礼すると、祭壇から下がって皆の元へ戻る。


「この時、この場所で新たなる誓いに立ち会えたこと、国王として喜ばしく思う。では、王城へ戻るとしよう」


 ルーファスが言って一同は再び星見の塔を下り、馬車に乗って王城へと向かう。塔から出ると、大きく、温かな魔力がクレア達を迎えた。守護獣達の喜びと祝福の魔力だ。

 天空の王もまた、大きく翼を広げ、高く澄んだ、伸びあがるような声を響かせる。大樹海の上空で時折響かせていたような、威圧するような声とは全く違う。美しい声だった。


 再びゆっくりと王都の通りを大回りに進む。先程とはまた趣が異なり、クレアの乗る馬車の周囲に燐光が瞬き、煌めいているかのようだった。

それを目にした者達からは再び大きな拍手と歓声が響き渡る。魔法的な演出か何かと思われているのだろう。

 実際は祝福なのだが、女神イリクシアのことを今王都に顕現しているだとか、軽々しく喧伝して回るわけにもいかない。


 イリクシアはクレアの代は見届けたいと思っている、ということではあるが……いずれ他の神々と同様にこの世界を去るという。神々に見捨てられたと人々に思わせたくはないし、イリクシア自身も雛鳥の巣立ちを見届ければ親鳥も去るものだと言っていた。


 イリクシアがいつか世界を去るのだとしても、それは人々を見限ったという意味ではない。信じたからこそ託していくのだ。それがあの時ゴルトヴァールで課された試練の意味でもある。

 運命の因子も世界に刻まれ、恩寵は残される。世界は変わらず続き、命は紡がれていく。イリクシアが美しいと言ってくれた世界を託される。だから、それを語り継いで誓いの通り守り、以後も守っていけるように道筋を整えるのが、自分の役目だ。宣誓は以後の王もそれに倣うのだろう。


 大歓声と花吹雪の中でクレア達は王城へと入る。まずルーファス達が先に謁見の間に入っていった。ルーファスとシルヴィアは戴冠を執り行うために。他の者達は先に待っている皆と共に列席するためだ。


「では、また後で」

「はい」


 グライフに声を掛けられ、クレアは少し微笑んで頷く。

 謁見の間に続く控えの間にて少しの間があって――楽師達がファンファーレを吹き鳴らす音が響いた。


「王太女、クラリッサ殿下のおなりです!」


 声が響き、謁見の間に続く大扉が開かれる。居並ぶ面々がクレアの到着を待っていた。

 クレアがゆっくりと歩みを進めれば、煌めきを纏うその姿を皆は驚きを以って迎える。

 セレーナは、それがイリクシアの神気と同様の光だと気付いたようだった。ロナも興味深そうにその光を見て思案している様子であったが。


 そうしてクレアが途中で歩みを止めて恭しく片膝をつく。玉座の前に並ぶルーファスとシルヴィアの二人の背後にイリクシアが顕現すると、列席者から小さく声が漏れた。


「おお……」

「あの方が――」


 戴冠には女神も顕現してくると、謁見の間の列席者には伝えてある。ルーファスが王冠や王笏、宝珠や指輪を女神から渡される。アルヴィレトのものでもあるが、エルカディウスのものでもあるのだ。

 女神から王へ。王から戴冠する王女へと引き継がれる形。そうして、ルーファスが声を上げる。


「アルヴィレト王国、並びにアルヴィレト朝エルカディウス王国王太女、クラリッサ=アルヴィレト=エルカディウスはこれへ!」


 ルーファスに促され、クレアは立ち上がるとルーファス達の前まで進み、再び膝をつく。


「これより、クラリッサ=アルヴィレト=エルカディウスの叙位を執り行う」


 ルーファスが厳かに宣言し、言葉を続ける。


「人形の魔女姫。運命の子。女神の巫女姫。多くの呼び名はあれど、帝国の支配から数多の者を解放し救出し、こうして王都を奪還したばかりか、古代文明に残された脅威を排し、女神をお助けしたというのが実際に成したことであり、その功績こそが、数多の呼び名よりもここにいる誰もが知るところだ。故に私は、その偉業と知、何よりも心を信じ、玉座をクラリッサに譲り、国の再建を託すことを決めた。その決定に異論ある者は今この場で名乗り()でるがよい」


 ルーファスが見回すが、厳粛な静寂に包まれたままだ。


「汝、クラリッサ=アルヴィレト=エルカディウス。そなたはどうか。先人より引き継いだこの国を背負い、大樹海とゴルトヴァールの遺産を背負い、数多の民を率いて女王として立つ覚悟はあるか」


 ルーファスが、問う。クレアは膝をついたままで、想う。色々なことが、あった。オーヴェルから助けられたことから始まり、ロナに拾われてからの幼少時代。セレーナやグライフと出会ってからのこと。

 イルハインとの戦い。ロナを助けるために、知らず運命を紡ぐ力を行使した事。ディアナとの再会や伯爵領での鉱山竜との戦い。

 そして、帝国との戦いに身を投じていく中で、様々な人と出会ったこと。味方であれ、敵であれ、その心にも触れたこと。父や母との再会。


 本当に、色々なことがあった。激動の日々の中で……大切な人達や、守りたいものが、沢山沢山できた。だから。それをこれからも守っていくためならば。


「この身は若輩にして未熟なれど、それでも私を信じてくれる人がいて、託されたものがこの手の中に既にいくつもあります。その平穏を守り、託された想いを未来に紡いでいくためならば。私は謹んで王冠を戴き、全身全霊を賭してそれを守っていくと誓いましょう」


 クレアは静かに。しかし確固たる意志を込めた声でそう答えた。

 ルーファスはゆっくりと頷くと、口を開く。


「そなたの決意と誓い、確かに聞き届けた。ならばこそ、今日この時より、そなたがアルヴィレトとエルカディウスを率いる女王となる! 先人達に恥じぬことのなきよう、励むが良い!」


 そう言って、宝珠、指輪、王笏とクレアに順番に授与していく。最後に王冠をその頭に被せると、ルーファスはシルヴィア王妃と共にクレア――クラリッサ女王の手をとり、イリクシアが玉座へと招く。

 そうして、クラリッサ王女はゆっくりと玉座に腰かけた。


「ここにアルヴィレト王朝エルカディウス王国初代女王、クラリッサ女王は誕生した!」


 ルーファスの宣言と共に高らかに宮廷楽師達がラッパを吹き鳴らす。列席者からの拍手と喝采が巻き起こり、城の外でも鐘が打ち鳴らされた。遠くで国民達の喜びの声が謁見の間まで届く。


 それから――玉座に腰かけるクレアに臣従の意を示すために王族、親族、家臣といった順番でクレアの前に跪き、その手の甲に口づけをしていく。


 クレアはここに至っては王女らしく玉座に腰かけているだけだったが――そうやって家臣達一人一人から臣従の意を示されて挨拶を受けるというのが不慣れなためか、先程よりも内心で緊張している様子がグライフやセレーナ、ロナあたりには見て取れてしまった。表情や態度、魔力にはでなくても、何となく機微がわかるのだ。

 その姿に、女王になってもクレアはクレアだと、グライフ達は少しだけ表情を緩める。


 そうして、家臣達の挨拶も終わると、再び祝福の言葉や女王を称賛する声が謁見の間に満ちる。その日、王城の外でも謁見の間でも、祝福の声は止むことはなく続いたのであった。

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― 新着の感想 ―
おや、クレアの戴冠を見届けたら去るのかと思ってましたがクレアの代は見届けてくれる予定とは 最後まで残ってくれただけあって面倒見がいいですよねえイリクシア様
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