表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

398/407

第397話 暖かな陽の降り注ぐ下で

 宴の明くる日。クレア達はオーヴェル達の埋葬のために墓所へと向かった。ロナは誰がどんな特徴だったかをしっかり覚えていて、遺品も個別に管理していた。

 だから、それぞれの名前やどこに埋葬すればいいかも分かる。クレアはアルヴィレトの面々や親しい者達と共に一人一人墓所を訪れ、墓を綺麗にして遺骨を埋葬し、墓前に黙祷を捧げていった。


 いずれも、王女を任せるに足ると送り出された人々であり、その来歴、人となりや肩書きを聞くに大樹海で命を落としてしまった事が悔やまれる、そんな人達だった。


 名を呼び、その死を惜しみ――生きていたらどんな形で話ができただろうと思いを巡らせ、王都を奪還し、復興に着手したことを伝えていく。

 静謐な空気の静かな墓所は陽当たりもよく、近くに小さな花の咲くなだらかな丘がある。とても、美しい場所だった。


 クレア達だけでなく、アルヴィレトの民達も墓所を参り、帰ってくることのできなかった者達の遺骨や遺品を収め、長年手入れのできていなかった墓所の掃除や手入れを行っていた。


 オーヴェルの墓所は、彼の家系、先祖を埋葬している立派なものだ。

 遺骨を収め、そうして墓前にて黙祷を行う。


 オーヴェルが自分を守ってくれた背中を、あの美しい剣舞を覚えている、とクレアは黙祷を捧げながら記憶を辿り、感謝の念を伝えていく。


 命の恩人であり、そして自分にとっての最初の武芸の師であり、アルヴィレトと自分を結び付けてくれた絆。


 あの背中を追って。あれが誰だったのか。何故あそこまでして戦ってくれたのか。それを知りたくてグライフと知り合い、自分の出自を知ってここまでみんなと共に帰ってくることができたと。王都を取り戻すことができたと。そうオーヴェルに報告する。


 少し、長い黙祷にはなった。けれど、報告すること、伝えたいことがあったのは皆も同じだ。グライフやルーファス、シルヴィアやローレッタ達も墓前に長く祈りを捧げていた。


 感情の込められた祈りは周囲の魔力にも影響を与えるのか。それとも霊魂がそれに応えるのか。墓所は温かで静かな魔力が広がり、満たされているようだった。


「オーヴェル卿。。あなたに命を救われていなければ。守られていなければ。私はここにいなかったし、皆と共に帰ってくるのも……もっとずっと後になっていたかも知れません。本当に、ありがとうございました」


 クレアは墓所を去る前にもう一度だけ口に出して想いを伝え、それからゆっくりと一礼してその場を後にする。皆も、多くは語らない。


 王家の墓所であるとか、母方の先祖の墓所であるとか。そういった部分も回って、王都奪還について報告していく。


 そしてあと二人。クレア達には埋葬しなければならない者と墓所を見舞っておかないといけない者がいる。クレールと、その婚約者だ。


 クレールをどこに埋葬するかは少し話し合わなければならなかったが――婚約者の墓所が見える丘の上、と言うことで話がまとまった。皆の墓所のある敷地からは少し外れる。墓碑に名を刻まれることもない。ただ、婚約者を見守れる位置。互いに見て、声を交わすことのできる距離だ。

 罰でもあるのかも知れないが、恩情でもある。


「ごめんなさいね。貴女には、こんな報告で」

「ただ、クレールに声をかけてやる気が起きるなら……そう。気が向いたら、ぐらいで良いから、叱ってやって頂戴。貴女ぐらいにしか、頼めないことでもあるものね」


 二人の顔見知りでもあるシルヴィアとディアナはそんな風に婚約者の墓前に声をかけて、花を手向けていた。


 クレールの墓所も、クレアが作ってシルヴィア達と共に埋葬する。そこまでする必要はないのでは、という意見も出たが「自分が作ったものであるなら、誰の墓所で何をしたか知られたとしても、汚されたり壊されたりすることもない、と思うのです」というのがクレアの意見で、それが通った形だ。


「まあ……星見の塔のよしみよね。時々は花を持ってきてあげるわ」


 クレールの墓前に花束を置きながらディアナが言う。


 クレアは――クレールとはほとんど話すことが出来なかったが、何故アルヴィレトを裏切ったのかについては聞いている。

 エルンストもそうだったが、誰か、愛する人、大切な人を失い、或いは奪われて。それで世界の全てを敵に回し、焼き尽くしてでも取り戻したいと……そう望んだ結果なのだろう。


 自分は、どうだろうか。愛する人、家族、友人を失った時に。何もかも投げ打ってでもそう望まないと言い切れる、だろうか。

 間違っている、とは思う。けれどそれは、今だから思えることだ。クレールやエルンストとは相容れないと思っているし、真実を知った今となっても、同じ状況になれば止めるだろう。行った事を許せないとも思う。


 しかし憎んでいるかというと違う。自分がそうならないためにも、彼らのことに想いを巡らさなければならないと思う。だから墓を参り、花を手向け、弔いの気持ちを向けるという機会を持つのは――自分を律していくためにも必要な事なのだ。きっと。


「――私からも、花を手向けさせてください。私自身が、道を誤らないためにも」


 クレアはそう言って。用意してきた花をクレールの墓前に手向け、黙祷を捧げていた。エルンストの記憶や、大切な人達の顔を、脳裏に浮かべ、クレールの気持ちを想像する。

 そうして、暖かな陽射しの降り注ぐ丘で、クレア達は静かな時間を過ごした。




 それからの日々は――慌ただしく過ぎていった。

 アルヴィレトの復興。帝国の後始末と監視、管理のための総督府。エルカディウスの危険な遺産と処分しなくても技術を分けての後始末。

 ロシュタッド王国との国境線の取り決め。法整備と新しい民衆の受け入れ。大樹海の整備。農地や街道の開拓。ゴルトヴァールを下ろす土地の選定……諸々だ。


 クレアも魔法生物に乗ってあちこち飛び回っていた。

 小さな問題はあっても、基本的にはいずれも順調といったところだ。

 アルヴィレトの国内問題は皆やる気に満ち溢れているし、一致団結といったところだ。復興の熱量はクレアから見てもものすごいものがある。


 帝国は――エルンストとその側近、武闘派が一掃されたことで、帝国国内としても抵抗する気力を失い、ルードヴォルグとウィリアム、イライザらの手腕の下で占領地からの撤退と領土の返還、領地の再編等も進んでいる。地方貴族らも、中央で腐敗貴族が一掃されたことと、天空の王らが武力を見せつけたことで大人しく従っている状態だ。帝国の民衆達も、戦いには疲弊して厭戦感が満ちていたということもある。


 南方。ロシュタッドとアルヴィレトの関係はどうかというと、こちらも良好だ。国境線の取り決めも、大きく揉めることもなく、これまで冒険者達が入っていたようなエリアはロシュタッド側。冒険者が入る事のなかったエリアをアルヴィレト側と定めた形だ。魔物の強いエリアはアルヴィレト側になるが、領域主達の支配領域に魔物は踏み込まないし、街道整備等は問題がない。討伐が可能なら貴重な素材が得られるエリアでもある。


 そしてロシュタッドとは友好関係も結んでいるから行き来に制限はない。

 商会もそのまま南方の海洋諸国との繋がりを維持したまま、ロシュタッドも含めて交易、貿易もできる。開拓村からアルヴィレト側に向けて街道を伸ばし、トーランド辺境伯領、フォネット伯爵領、王都、ミュラー子爵領の港町までを繋ぐ大きな街道として発展していくことになるだろう。


 街道沿いの各領主と良好な関係を築けているというのも、将来性もあって喜ばしいことであった。


 そんな忙しい日々の中で、アルヴィレトの王位継承の儀が行われることとなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
最後までクレアを守り抜いてくれたオーヴェルさん達も故郷へ帰ることが出来たんですねえ 本当に良かったなあ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ