第395話 宴の中で
食材はクレア達が持ち込んだ品々を使ったものであるとか、事前にアルヴィレトの者達が開拓村で仕込みを終えていた品々だ。大樹海で狩れる魔物の食材や香草、山菜等も多いが、それはそれで高級食材であったりする。
それらを使って作られたのは、基本的にはアルヴィレトの料理だ。返還を祝しての料理ということで、かなり手が込んでおり、香辛料の類もふんだんに使われた品々であった。
パンやチーズ、ヨーグルトに酒などの発酵食品の類もアルヴィレト式だが、パンや調味料、酒の製法には一部クレアの――というよりは前世知識をベースにした手法が取り入れられている。
パンを柔らかくするだとか、醤の類の調味料であるとか、エルムの生育させた果物から作った果実酒であるとか。どれもアルヴィレトの料理に上手く取り入れられて、開拓村では時々饗されていたものを更に豪華にしたもの、というわけだ。
「美味いな……これは……」
香草を詰めて焼かれた肉料理を口にしたユリアンが目を丸くする。
「こっちも美味しいよ。中にチーズが入ってる」
ベルザリオが嬉しそうに言って料理を薦め、ミラベルやアストリッド達と共に舌鼓を打っていた。
グロークス一族の族長エスキルや獣化族のラドミール、ダークエルフのリュディアに巨人族のヴェールオロフ……と各部族の族長クラスも招待に応じる形で出席しており、宴の席は賑やかながらも和やかな雰囲気だ。共に戦ったことで仲間意識も芽生えているところがあるし、族長同士相互理解を深めようということで個人的な付き合いも既に持っているのである。
「私達は――クレア殿下の国に大使と使節団を派遣する予定なのよね。ミラベルを中心にと考えているけれど――」
「そうなのか。クレア様は移住も歓迎と仰っていたが、ダークエルフ達は地下都市という拠点があるから、まあそうなるか」
「他のところでは帝国に荒らされた場所よりは、と考える者も多いだろう。暮らしぶりは豊かなものになるだろうし」
「氷晶樹もクレア様の下であれば問題なく育てられるからな……」
と、族長達はそんな話をしながら酒杯を酌み交わす。拠点が健在であるダークエルフ達はともかくとして、他の部族、種族としては移住も魅力的な提案だ。クレアの元の国であればと考える者達も多く、移住するのであれば皆で、という話も持ち上がっているらしい。
「大使と言えば、セレーナも両国間の友好関係を維持すると言うことでクレアの国に着任することが決まっているのよね」
「ほほう。それはめでたいことですな。当人も喜んでいるでしょう」
「そうね。とても乗り気だったわ。私が変わって欲しいぐらいなんだけど、まあ、セレーナがクレアの国にいてくれるなら私が遊びに行った時も安心かしら」
シェリーが笑みを見せながら族長達と談笑する。
楽師達が音楽を奏でる中、あちこちで挨拶回りも行われたりしながら、宴の時間は過ぎていく。大広間は談笑しながら酒と料理を楽しんでいると言った雰囲気だが、中庭は兵士達も多く、友人同士で酒杯を酌み交わし、楽師の奏でる音色に合わせて歌を歌ってと、かなり盛り上がっている様子だった。
宴の主役の一人でもあるクレアはと言えば、バルコニーに設けられた席で挨拶回りの応対といったところだ。
アルヴィレトの家臣達。騎士達。同盟関係にある各国の面々や各部族長。友人達。そうした面々と言葉を交わしていく。
「ふうむ。貴族の暮らしって奴はこういうのがあるから楽じゃないねえ」
と、そんな風に言うのはロナである。ロナもまた、クレアの育ての親にして魔法の師ということでアルヴィレトの家臣達からお礼を言われて恭しく挨拶をされていた。
何分、クレアへの尊敬がそのままその偉大な師としてロナに向けられるような形だ。
ロナは堅苦しいのは好みではないから、下にも置かない扱いというのは好みではないのだろうが、挨拶に来る全員にそれを伝え続けるというわけにもいかないだろう。
「すみません、ロナはこういうのはあまり好みではないかも知れませんが」
「ヴィクトール達と依頼をこなしてた頃はこういう席にも呼ばれたことがあるから、それなりに慣れちゃいるがね。クレアこそどうなんだい?」
ロナはにやりと笑って言う。
「慣れてはいませんが、楽しいですよ。みんなとても嬉しそうですし、お祝いの宴の席ですから。これから先の良い予行練習にもなるかなと」
楽しいというのは本心からの言葉なのだろう。少女人形もうんうんと頷いていた。
「ふむ。これから先もってのは確かにそうか。ま、あんたなら大丈夫だろうさ」
そんな風に言うロナに少女人形が嬉しそうに頷く。舞台で演じる感覚であれど、やれるだろうと見てくれているというのは師からの信頼でもあるのだから。
やがてそうした挨拶回りも一段落して落ち着き、広間では今度は気の置けない者達同士で集まっての談笑といった流れになった。
クレア達もようやく落ち着いて食事がとれる形となり、宴の風景と音楽と共に和やかな時間を楽しんだのであった。
楽師達だけでなく芸を披露する者や歌を披露する者もいた。避難中に芸を披露して食いつないでいたということらしく、ジャグリングをしながら投げているものが増えたり消えたりする手品を交えての芸にかなりの盛り上がりを見せていた。
クレアも返礼として人形の演奏と踊りを見せたりして、クレアの人形繰り趣味を知らない者達を驚かせ、笑顔にさせる。
そうやって時間は過ぎていく。宴は陽が落ちても続くが、最初のような賑やかな空気も少しずつ落ち着いて、みんな思い思いに昔話に花を咲かせたり、のんびり過ごしているというような印象だ。
クレアはと言えば、少しそんなみんなの様子が見たくなって大広間を少し散策したりしていた。
親子や家族単位で和やかに過ごしている者。恋人と寄り添って木陰で談笑している姿。これからの王国や部族について楽しそうに話をしている者。それぞれ思い思いに過ごしているようで、クレアの顔を見ると嬉しそうに一礼したり敬礼したりしてくる。
「こういうみんなの姿を見ると……平和が戻って来たんだなって思います」
「そうだな……。今までの日々も、報われる」
「激動の日々、という感じでしたが、後から振り返ってみればあっという間の出来事、なのかも知れませんわね」
グライフやセレーナもクレアの言葉に答える。
「解決しなければならないことは色々ありますが……戦いではないと思えば、いくらでも頑張れますね」
「それは確かに。これからは少し立場も変わってしまいますが、私にできることがあるならこれまで通りにお手伝いしますわ」
セレーナが総合を崩す。セレーナはロシュタッド王国からの大使ということになってはいるが、公的な場面でなければクラリッサ王女の友人や妹弟子として、これまで通りで構わない、というようなことをシェリーからリヴェイル王の意向として伝えられている。勿論、クレア自身もそれを望んでいるから、というのはあるが。
「ありがとうございます、お二方とも、頼りにしています」
クレアの言葉に二人も頷く。立場が変わってしまうけれど、というのなら、自分も女王になるのだから最たるものだ。
そこに不安がないわけではなかったが、親しい者達はこれまで通りに接してくれるのだろう。それが嬉しく、新しい日々を歩いていく力になる、と思えた。
「……っと、私も少し、お兄様達とお話をしてきますわ」
カール達が手を振っているのが見えたのか、セレーナが言う。
「分かりました」
立場やそこに付随する関係の、変化。そこに思考を巡らせた時、ふと思うのは宴会が始まる前のルーファス達との話だ。
王配の話。あれが誰のことを言っていたのかは、クレアも分かる。クレア達に確認したわけではないから、勘違いであるならそれでも良く、いずれにしても当人の意志に任せる、ということなのだろう。
王女であるなら政略結婚とて有り得るのだから、そういう話が持ち上がる前に、というのはルーファス達の優しさでもあるのだろう。
だから――自分もきちんと向き合って、答えを出さないといけない。そんなことを考えながら歩いていたら、大広間の端にあるバルコニーにやってきていた。中庭の外れに面するバルコニーは先程までいた場所とは違って、やや人気も少なく、喧噪もやや遠くなるが、考え事をしたり、落ち着いて話をするには丁度良い場所だと言えた。




