第393話 光の降り注ぐ広間で
「どうかな?」
「空から見た時も思いましたが――綺麗でとても素敵だと思います」
ルーファスが尋ねるとクレアがそう答えて肩の少女人形もふんふんと首を縦に振っていた。クレアの内心の興奮を表しているようで、ルーファスの表情も少し緩む。
「ゴルトヴァールからの距離も良さそうですね。都を地上に下ろして街道で繋いだら、丁度いい感じになるかなと」
「遠すぎず近すぎず、監視が可能な距離よね」
ディアナが大樹海の中心部からの距離を考えながら言う。逆に天空の王や魔法生物達ならそれほど時間もかからない距離ではあるだろう。アルヴィレトの名も表舞台に出た。エルカディウスの後始末も完了すれば、どちらも結界で覆い隠す必要はなくなる。
といっても、エルカディウスの危険な遺産の封印や廃棄といった後始末はもう少し時間がかかりそうだ。ゴルトヴァールの都を地上に降ろすのはそれから、ということになるが、その見通しも立っている。
夢から覚めることを望むゴルトヴァールの住民達。帝国や返還予定地に居場所のない者達。街道沿いの宿場町や農地開拓も考えれば、彼らを受け入れる場所や雇用も十分に確保できるはずだ。
街道の整備、という話ならば、南方にも道を伸ばすという話もある。クレアの作ったトーランド辺境伯領の開拓村とも繋ぐことで交易路になる。
開拓村は――村というには発展し、かなり整備もされている。クレア達が離れてもクレアの家は別荘、滞在地ということでそのまま使っても構わないとリチャードからは言われているし、開発した村も有意義な形で残ってくれるし、今後も発展していってくれるだろう。
クレア達は通りを眺め、外壁や町の損傷、傷み等を確認しつつも城へと向かう。
帝国側の将兵はもう既に引き上げており、この場にいる帝国側の人員と言えば友人として足を運んでくれたウィリアムとイライザ、それから見届け人として同行したオルトレンぐらいのものだ。
美しい城を見上げつつ、城門を潜ったところで、クレアがオルトレンに言う。
「確かに、引き渡して頂きました」
「では間違いなく、王都の返還は履行された、ということで。後は……王都から持ち去られた品の追跡調査ですね」
「時間も経っていますしお互い完璧にとはいかないとは思いますが、こちらで把握できた分は目録にしてお知らせします」
と、そんなやり取りを交わす。オルトレンは真面目な性格と仕事ぶりで帝国側との橋渡し役を担ってくれる。ルードヴォルグ達から聞いていた通り、信用のおける人物といった印象であった。
「はい。帝国の宝物庫に運び込まれた品々は、目録の日付から凡その目安がついています。まずはそれらから返還を、と考えております」
オルトレンと会話を交わし、そのまま王城の中に入る。持ち去られた魔法道具、財宝、書物等はあっても、城の内装自体は荒らされてはいないようだ。細々とした品々も、ウィリアムが転送してくれるなら返却はスムーズに進むだろう。
内装は品の良いもので、外観と同じように美しいがそこまで華美さや派手さはなく、童話に出てきそうな城、というクレアからの評価は変わらずだ。
「本当に綺麗な城ね。調度品の類は持ち出されているようだしけど……私は好きよ。こういうお城」
と、シェリーが微笑む。
「私もです。城内や王都を見て回るのも楽しそうですね」
地下祭壇などは、部外者を通せないが、親しい者達と王都を見て回るというのは楽しそうだ。折角の帰省であり、記念すべき返還の日ということで、今日は皆で城に宿泊しての宴を行い予定である。
そのままクレア達は玉座のある謁見の間へと進んだ。高いところにある採光窓から陽光が降り注ぐ、美しい謁見の間だった。
「帰って来た、か」
ルーファスが感慨深そうに呟く。王都脱出の際、王冠と王笏は帝国の手に渡すわけにはいかないと、パトリック達が持って脱出していたらしい。
それらはルーファスの手に返されている。王冠と王笏を身に着けたルーファスは玉座の前に立つと謁見の間に居並ぶ面々に振り返る。
「こうして皆と共にアルヴィレトの王城に帰ってくることが出来て、嬉しく思う。王都を脱出することを選択して以来、多くの者達が血を流し、長い月日、苦労を重ねてきたことだろう。しかし、我らは再びこの地を踏むことができた。我らの悲願を現実のものとすることができたのは、皆の努力と信念、忍耐と忠節。武勇と知恵があってこそのもの。それを私は、この国の王として誇らしく思う」
ルーファスはそう言って顔触れを見回し、言葉を続ける。
「また、共に戦い、この日を祝いに来てくれた戦友達にも感謝を伝えたい。共に国難に見舞われはしたが、得難い友を得ることができたと思っている。願わくば、これから先も子々孫々に至るまで良い関係を築いていきたいものだ。さて。ついては――我らの手に故郷が戻ってきたこと、そしてこれから先、故郷が戻ってくる友を祝い、今宵は宴を催そうと思う。城の中はまだ些か殺風景ではあるが、楽しんで行ってもらえると嬉しく思う」
ルーファスの言葉に謁見の間にいる者達から大きな拍手と喝采が返ってくる。
連合軍の長など、主だった者も同行して来ている。今後の友誼や結束を変わらず続けていくという意味でも返還に合わせて訪問してくれたのは嬉しいことだ。
「宴の準備が整うまで、少し時間もあるだろう。クラリッサ。話をしたいのだが良いかな?」
宴の宣言が終わってからルーファスはクレアに言う。クレアも頷いてルーファスやシルヴィア、パトリック達と共に談話室へと移動した。調度品の多くは回収されているが、机や椅子などはそのままだ。そこに腰を落ち着けて話をする。
「何でしょうか?」
「話というのは、これからのことだね。王城に帰還した事で、皆の前で正式な王位継承の儀も行えるようになった。私としてはエルカディウスの王位継承の前に、アルヴィレトでの王位継承を済ませておきたい、と思っていてね」
帝国の討伐と王城返還の立て役者でもあり、エルカディウスの王太女となった娘だ。王位を譲ってもどこからも文句は出ないだろう。
アルヴィレト王国女王のクラリッサということになっていれば、アルヴィレト朝エルカディウスとして二王国を統合するのもスムーズに進められるし、エルカディウスの女王となったクラリッサの補佐を、アルヴィレトの皆がしやすくなる。
独立して分かれたわけではなく、統合されているのだからそのままアルヴィレトの家臣達がクラリッサ女王の家臣となれる形だからだ。
もっとも、エルカディウスのことがなくとも元よりクラリッサには早期に王位を継承してもらうつもりだったのだが。
「そう言う話にも、なりますか」
クレアは予期している部分もあったのか、神妙な様子で答える。あまり表情には出ていないが、少し覚悟を決めているようにも見える。
「クラリッサが王族としての教育を受けておらず、執務にはまだ詳しいわけではない、というのは承知しているよ。でもね」
「ええ。それは周囲の者達が支えればいいのだものね」
「そうだね。私も健在の間ならばいくらでも相談に乗れるのだし、引退しても裏方として働くつもりだ」
パトリック達も同じ想いなのか、ルーファスやシルヴィアの言葉に頷く。
「それに将兵達も、クラリッサ様を支えていきたいと思っていることかと」
と、ローレッタが言う。
「そうだね。アルヴィレトを再建し、エルカディウス王国と統合して更に発展していくために、士気を上げ、活力に満ちた状態で進んで行って欲しいと思う」
ルーファスが続けると、クレアは「分かりました」と頷いた。
「まだまだ至らない身ではありますが、アルヴィレト王家の名に恥じぬよう精進していきたいと思います」
クレアがそう答えると、ルーファスは穏やかな笑みを浮かべ「では、宴の折に皆に伝えよう」と宣言したのであった。




