第392話 アルヴィレトの都
講和と条約の締結。奴隷達の解放。領土の返還。賠償金の支払い。総督府の設置と守護獣達の国内巡察。それら諸々は正式な文章となり、帝国への魔法契約と共に締結されることとなった。
国の取るべき方針がかなり限定されてはいるものの、帝国が長年してきたことを考えるなら、決定的な敗戦と兵力の喪失、圧倒的な武力差であるにも関わらず徹底的な報復や反乱、内戦や分裂状態にならないだけ幸運なことだ。
周辺国の周辺民族と帝国の戦いを早期に集結させ、連合に名を連ねる者達の血がこれ以上無駄に流れることがないようにということでもあるのだろうが、それならば帝国の内政に対して手間をかけて慮る必要はない、はずなのだ。要するに帝国国民――非戦闘員を思ってのことだ。
ウィリアムやイライザも……帝国を見捨ててもいいはずなのに自分に付き合ってくれるのは有難いことだと思う。自分や帝国を案じてというよりは、クレアの心意気に応えてくれた、或いは部下達を慮ってというのは分かっているから、その気持ちには報いたかった。
守護獣達は交代制で帝国各地を巡回するとのことだ。最初に主要な都市を回って王都に向かったことや敗戦の衝撃もあってか、占領地の放棄や領土の返還も今のところはスムーズに進んでいるという印象だ。あの時宮殿にいなかった地方貴族達も、天空の王が頭上を通って街の近くを雷光で薙ぐというような光景を見せられてはどういう状況かを理解せざるを得ない。上意下達、力の論理が身に沁みついている部分もあって、大人しく方針に従っているようだった。
占領して日が浅い地域はスムーズに進む、というのも分かる。今の世代以前でそうなってしまった場所については住民が既に定着している等々、他の問題も持ち上がってくるだろうから、そこは一つ一つ丁寧に進めるしかないし、今後ルードヴォルグが向き合っていかなければならない問題でもあるのだろう。
ともあれ、最初の返還も約束通りに履行され――その中にはアルヴィレト王国の国土も含まれていたのであった。
アルヴィレト王国の国土だけでなく、奪った財産、資源等々も把握できる限りは返却するということで話が纏まり、早速返還が進められた。
連合の盟主ということもあるし、アルヴィレトに関しては皇帝の側近達で秘密裡に進められていた部分もあったために、住民の移住などもなく警備兵ばかりだったからスムーズに進められた、というのもある。ただ、警備していた者達はエルンストが裏でしていたことを知っている者達が多く、そういう意味では後始末が大変ではあるのだが。
引き渡しが行われるということで連絡があり、クレア達は早速魔法生物達の背に乗ってアルヴィレト王国へと向かったのであった。
アルヴィレト王国があるのは大樹海の外れだ。不幸だったのは北方寄りで、帝国が侵攻しやすい立地だったこと、だろうか。
もっとも、アルヴィレト建国当時は帝国自体存在しなかったから、それを予見しろというのも無理な話ではあるのだが。
魔法生物達の背に乗っての移動はあっという間のものだ。流れていく大樹海の光景を見ながら、ルーファスが言う。
「まさか――空を飛んで故郷に戻ることになるとはね」
「大樹海の上空を飛べるなんて思ってもみなかったわね」
ルーファスの言葉にシルヴィアが穏やかに笑って答える。
クレアを背に乗せた天空の王はにやりと笑って見せた。少し前であれば容赦なく天空の王に撃墜されただろうが、今はゴルトヴァールの封印守護からは解放されて、クレアや他の面々を乗せて飛び回ってくれているという状態だ。
大樹海の風景はあっという間に後方に流れていき――やがて深い森の彼方に、何か人工的な建造物が見えてくる。
「ああ……。綺麗なお城、ですね」
それは――鮮やかな青い尖塔と、白い外壁を備えた美しい城だった。
やや小さな城ではあるが……そんな城が森の中にあるというのは何か、童話の中の風景のようだと、感慨深くアルヴィレト王城を眺めるクレアである。
「気に入ってもらえたなら嬉しいな」
「そうね。あなたにとっても、生まれ故郷……だもの」
ルーファスとシルヴィアが言う。他のアルヴィレトの面々にとっても生まれ育った場所だ。言葉もなく嗚咽を漏らす者やただただ目を離せずにいる者。感嘆の声を上げて喜び合う者。抱き合う者。思い思いに感じ入っていり、喜びを分かち合っている様子であった。
もう少し近付いていくと他の建物や外壁。町並みも見えてくる。城が童話のようなら、町並みや塔もそうだ。外壁の一部は破壊されていたり、町の焼けた後がそのまま残っていたりと、帝国侵攻当時の破壊の様子も垣間見えるものの、大部分は破壊されずに残っている。
帝国としては、アルヴィレトはエルカディウスに繋がる資料でもある。徹底抗戦よりも民を脱出させることを選んだから、町並みも破壊し、焼き払う必要もなかったのだろう。
その分、外壁では激しい戦闘の痕跡が見て取れた。一部が崩れていたり焦げたりしているのがそのままになっているのは、エルカディウス関連はエルンストが秘密裡に進めていることだったから、通常の占領地としての扱いや移住をするつもりもなく、結界で補強してやればわざわざ修復するような必然性がなかったから、だと言える。
都市内部での戦闘もあまり行われず、最後はルーファス達からエルンストに奇襲を仕掛けた形でもあった。外壁が破壊されたのは――同胞を逃がすための時間稼ぎに、結界が維持されたからではあるだろう。
ともあれ、どこか童話の中の町並みのような……美しくて優しい雰囲気の町だと。そんな風にクレアは感じた。整備された水路はそのまま残っているし、並木道も手入れはされていないがそれさえしてしまえば綺麗なものだろう。統一感のある色彩の家々。それに――城と同じような建築様式の星見の塔も見て取れる。
城の作りと比して意外に大きな規模に見えるのは、アルヴィレトという国が、この王都ただ一都市の小国であるからか。小国ではあるが――いや、だからこそクレアとしてはアルヴィレトの王都を一目で気に入っていた。
「帰って来たんだな……」
「綺麗な都――ですわね」
「はい……」
グライフやセレーナの言葉に、クレアも短いながらも少し表情に出して、微笑みを見せながら頷く。
「塔も町も……お城もそのままね……。瓦礫になっていたらどうしようと思ったけれど……」
「はい。良かった、です。壊されているところは直していきましょう」
ディアナの言葉に答える。肩の少女人形も復興に乗り気と言った様子で拳を握っていて、その反応にディアナ達は笑みを見せる。
「こうして陛下や姫様方と再びこの都に帰ってくることができようとは……」
ローレッタもパトリック達と共に涙ぐんでいる様子であった。
天空の王を先頭に、魔法生物達は高度を下げていく。そうして――クレア達はアルヴィレトの都へと降り立った。降り立ったのは町の広場。城と町が一望できる都の中心部といったところだ。
「降りてみても、やっぱり綺麗な町ね」
「魔力も澄んでいるね。帝国は――調査はしたんだろうが、特に何かしたってわけでもなさそうだ」
シェリーやロナが通りから周囲を眺めながら言う。シェリーも是非見てみたいということで、クレアに同行した形だ。ロナはロナで、オーヴェル達の遺骨を庵から運んできてくれた。クレアの生まれ故郷を見てみたかった、というのもあるのかも知れないが。
降り立ってみれば時間が経っていて傷んでいる部分も見られるものの、そこまで荒れ果てているというわけでもない。緑豊かで自然と調和した町並みといった様子で、整備すればさぞかし美しい都なのだろうと思わせるものがあった。




