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第391話 これからの帝国のことを

「帰って来たのは私だけではなくてね」


 ルードヴォルグの言葉を受けて、ウィリアムとイライザも仮面を外す。その登場に、流石に宰相達は驚いた様子だ。


「グ、グレアム殿下とエルザ、様……!?」

「な、亡くなったと陛下より伺っておりましたが……」

「私達も、クラリッサ殿下とロシュタッド王国の庇護下にあったのだ」

「トラヴィスが魔法道具に仕掛けを行い、私達を任務中に謀殺しようとしたのです」

「それがトラヴィスの独断なのか、それとも父の意向によるものなのか、判断しようもなくてね」


 二人はそう説明する。

 ウィリアムとイライザとしてクレア達に協力していたことは口にしない。エルンスト打倒のために協力していたことが広く知られれば、裏切りと見る者も中には出てくるだろう。この場にいる者はともかく、そういった反感を招くとも限らない情報は伏せておく。


「そう、だったのですか……。お二方とも、ご無事で何よりです」


 リグバルドが頭を下げる。エルンストや周囲からの扱いを知っているリグバルドは二人が無事だったことを喜ばしく思っている様子があった。


「部下共々、救ってもらった恩もある。私もルードヴォルグ殿下と共に新たな体制作りには協力したいと考えているが……差し当たって私は継承権を放棄し、国内が安定するまで偽名で通そうと思う」


 グレアムを担ごうと画策する者が現れたり、暗闘が起こったりするのを防ぐためだ。継承権を持つ者が他にいない上に亡国の危機ともなれば、一丸となってルードヴォルグを盛り立てざるを得ない。


 自分を今更になって担ごうと思う者は少ないとは思うが、帝国がグレアム達を冷遇してきたことから報復されると勝手に危惧する者や、探られて後ろ暗いことをしているという自覚のある者はグレアム達の諜報能力を危険視する者もいる、かも知れない。

 そういうところからの一応の自衛だ。少なくとも国内が安定するまでは、の一時的な措置として保険をかけておく。

 グレアムの言葉に、リグバルドは少し逡巡した後、一礼する。


「今更に思うかも知れませんが……お二方の助けになれずに申し訳ありませんでした……。トラヴィス殿下が味方をしているならばと思っていたのですが……あの方がそのような……」


 トラヴィスが表だって皇帝の側近としての振る舞いを始めたのも最近になってからのことだ。それまでは情報秘匿の意味合いがあったのか、魔法技術や魔法道具を開発する裏方としての役回りを地味にこなしていたトラヴィスであったが、一見すると優しく親切に見える男ではあったのだ。


「人当たりは良かったし、表向きは親身にしてくれたからな……。人望のある味方がいるのなら、自分は動かずとも、と思うのは分かる。俺達とて、同じ立場なら不興を買わないためにそういう動きになっていたよ」


 リグバルドの言葉に答える。実際、トラヴィスがいることで二人への風当たりはかなり弱くなっていた。もっとも、それはトラヴィスを信用させてエルンストからの監視や管理をしやすくする意味合いがあったのだろうが。


「そう言って頂けると……」

「気にするな。それよりも……これからの話をすべきだろう」


 ウィリアムが応じる。クレアも頷いて言葉を続ける。


「ルードヴォルグ殿下とは既に話をしているのですが、帝室や国体を維持する代わりに、戦後処理の一環としての条件をいくつか飲んでもらいます。というよりも、帝国の体質を変えるための基本的な指針でもありますね」


 クレアの言葉に、リグバルド達は固唾を飲んでクレアが何を言うのか見守る。


「まず奴隷層の即時解放。彼らから奪った土地の返却ですね。これは絶対です」

「それは……同盟軍に敗れたから、ということですな?」

「そうです。それに、奴隷を解放する以上は農作業に従事する人員と土地の開拓が新たに必須になるでしょう。軌道に乗るまでは民が飢えないように技術指導と食料支援する用意はあります」


 いずれにせよ今回のことで地方貴族達がごっそりといなくなるし軍も大打撃を受けている。領土を維持できずに反乱の火種を抱えるぐらいなら、返却してしまえば良いというわけだ。


 貴族の数が減るのだから封ずる土地の再編を行い、中央部に再度割り当てる、というような流れになるだろうか。平時では考えられないことではあるが、国ごと滅ぶかどうかの瀬戸際ではあるのだから、相当な無茶も通せる。不満が出るとしたら帝国貴族からだけではあるだろうが、少なくともこの場にいる者達は納得しているようだ。


 それから他国への侵略の放棄。国土と国民の返却。大樹海国境付近に総督府の設置。総督官として領域主と魔法生物の巡回を認めること。将来の政治体制を内に抱えた民族達の代表による議会制にすること。それから賠償金等々……諸々の条件を伝える――というよりも飲ませていく。

 具体的な内容についてはこれから交渉で詰める部分もあるが、骨子となる部分に関してはルードヴォルグが納得しているのだ。この場にいる貴族達は静かに聞き入れるしかない。


 全員奴隷に落とされるよりはいいし、交渉決裂で更に血が流れるよりは随分とマシ……というよりも、軍事国家としての道を諦めるならば再建の支援を考えているような節すらある。何せ、帝都の地下スラムの住民すら把握して気にかけているのだから。


 魔法契約も交えての確実な履行を求めているあたりは――帝国の今までの積み重ねによる信頼のなさの表れではあるだろう。


「農地開発や社会保障に使う限りは、賠償金の減額や支払いの猶予期間延長に応じる用意もあります。貸付という形になりますが、そのための支援と技術指導もしましょう。要するにきちんと内政にお金を使うのならその分は手心を加える、ということですね」


 国外に賠償金として全て支払うよりは、内政に使えるリソースにした方が良いに決まっている。軍事国家としての歪な構造を解消し、民が飢えないようにしろと、まあそういうことである。


 ただ、奴隷の労働に胡坐をかいてきた者ほど新しい体制に慣れるのに苦労するだろう。

帝国の中央部で支配する側として安穏と暮らしてきた者達は、生活が一変するから相当な苦労があるはずだ。

 しかしそれは自分達の暮らしを自分達の手で支えるという当たり前のことでしかない。クレア達に泣き言を聞く義理はなく、そのために苦労するのだとしたら今までのツケが巡ってきているというだけのことだ。


「それと、帝国に組み込まれてある程度時間が経ってしまった人々、に関する話ですが――行き場がなくて摩擦が生じるようなら私達の国で受け入れる用意はあります」


 混血の者達への迫害や差別。或いは彼らの反乱を避ける。魔法契約で帝国に首輪をつける以上、反乱や内戦で帝国が消えてしまっても困る。魔法契約に縛られている限り、帝国の系譜は外への侵略ができなくなるのだから。


「大樹海……ですね」


 ルードヴォルグが確認するように尋ねるとクレアは頷く。


「そうですね。現時点であの土地は王国も帝国も領有しておらず……私が継承したのは守護獣達も認めるところですから」


 大樹海に拠点を作るにしても、守護獣達が認めて守りについているなら、魔物達は寄ってこない……どころか、一部種族は支配したり友好関係を築いたりすることもできるのだ。大樹海の広大な土地と資源を利用できるということで、帝国であぶれた者達を引き受け、取り込むことぐらいはできるだろう。


 そうして――クレア達はそのまま少しの間帝都に留まり、連日ルードヴォルグ達と協議、交渉をして戦後処理のための条文、条約を作っていったのであった。

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― 新着の感想 ―
 概ね、双方合意の上で望む方向に進みそうかな? 奴隷解放で地方貴族あたりが反発しそうではあるけど。
トラヴィス、外面だけは良かったでしょうしなあ 内情を知る人間からしたら皇帝以上に身近で恐ろしい存在だったでしょうが
 賢者蜘蛛『|д゜)よんだー?』
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