第384話 帝国の今後は
「ヴルガルクという国体自体を滅ぼそうとまでは考えていませんが、今後、将来に渡って彼らが侵略や外征が出来ないようにしたい、とは思っています。私達は北方の諸民族とも同盟、連合を結んでいて、彼らが帝国からの侵略に対抗するために互助を行う、としていますから」
『そうなると、同盟全体への敗戦、ということになるか』
ネフ・ゾレフが言う。
「はい。まず戦奴、農奴……奴隷からの解放は譲れない線です。私達や彼らから奪った土地に対する返却もですが、現実的には入植者をどうするのか、といった話や、侵略後の世代から来る問題も持ち上がるでしょう。流れる血と民の負担を減らすという観点から、段階的な土地の返却に応じるぐらいは問題ありませんが」
その土地に既に根付いた世代。それからハーフ、クォーターといった世代をまとめて一律に強制的にどうこうする、というのは乱暴な話ではある。それこそ、ケースバイケースで見て行かなければ民が不幸になるだけだろう。
「主戦派や武闘派が壊滅している今はそれを飲まざるを得ないとしても、将来、彼らが履行してくれるかしら?」
トリネッドが疑問を口にするが、クレアは頷く。
「そうですね。そこで帝国内にいる協力者という話に戻ってくるのです。まず私達に協力してくれているのは皇太子であるルードヴォルグさん。それからウィリアムとイライザと名乗っていますが、エルンストの血を引いている方々です」
『その者達が舵取りをするなら、ということか』
「はい。魔法契約による条約を結ぶことで、以後の世代にも履行してもらうと言うことは可能です。そこから抜け道を探そうとするならば、それを不満に思う派閥が反発して帝国から独立することで魔法契約の履行から逃れようとするということですが――」
「その場合は……首謀者達の契約違反という扱いになるか」
ルーファスが思案しながら言う。
「私は――それらに対する抑止の役割を果たしても良いと思っているわ」
『そうだな。本来であれば、我らも大樹海侵攻に対する報復として動くところだ。主の意を汲むのであれば保留にもできるが、我も役割は果たしたいのでな』
「それは……守護獣の本能的な部分として、ということでしょうか」
トリネッドとネフ・ゾレフの言葉に、クレアが尋ねる。
『そうだ。そう生まれ、長い年月を生きているが故に、何かの役目――仕事や目標は欲しいのだ』
永劫の都の封印を守る役割から解放される以上は、何かしらの仕事、役職を割り振って欲しい、ということだとクレアは理解する。
「他の方々もそこは同じですか?」
クレアが尋ねると守護獣達も頷く。
「分かりました。では、帝国の情勢が落ち着くまで協力をお願いしたく思います。それから、平時での仕事もできるよう、戦闘以外で得意なこと、苦手なこと等を窺い、適性と好みに応じて仕事を割り振る、というのは如何でしょう?」
『それは……良いな。面白そうだ』
ネフ・ゾレフを始め、クレアの提案は好感触のようだ。過去の王の守護獣として権威付けられ、身動きが取れなかったということもあって、過去ではそのように日常に根差したところで働いてもらおうなどと考える者はいなかったのだ。
「では――帝国への方針も固まったところで、ルードヴォルグさんやウィリアムさん達をお呼びします」
クレアは魔法道具を使い、ウィリアムに準備が整った合図を遠隔で伝える。魔法契約によって相手に合図を送るというものだ。移動の目印となる紋様の描かれた布を広げて待っていると、ウィリアムがルードヴォルグやイライザを連れてやってきた。
ルードヴォルグは間近で見る守護獣達に少し驚いた様子ではあったが――すぐに気を取り直すと挨拶をしていた。
「ヴルガルク帝国皇太子、ルードヴォルグと申します」
『ほう』
ネフ・ゾレフが少し感心したような声を漏らす。立ち直りが早かったことと、ルードヴォルグの立ち居振る舞いに胆力を感じたからだ。
ルードヴォルグはエルンストに不興覚悟で進言したというのもそうだし、呪いで死ぬ方がマシというほどの地獄を見てきたのだ。それを思えば敵意のない守護獣と相対するぐらいはどうということもない。
ウィリアムとイライザも、揃って自己紹介をする。自身の固有魔法まで含めて伝えているのは、ヴルガルクを変えていくために役立たせるつもりがあるからだろう。
「私は――ヴルガルク帝国は今のままでは立ち行かないと思っています。外征ばかりで疲弊しているのに走り続けなければならない、歪な構造をした国だ。変わらなければならない時に来ているのでしょうし、それを成すのならば今を置いて他にない」
『自分ならそれができる、と?』
「楽な道ではないことは分かっているつもりですよ。私が持っている帝国国内の情報とて、幽閉前や戦いの前のもので、内政を行うにしても情報がやや古くなっているということも否定はしません。ただ――今ならば敗北の仕方や降伏の条件によっては、帝国そのものの根本的な改革に着手できます。武闘派が壊滅し、外部からの協力も得られるわけですから」
外部からの協力。それはつまり、同盟や守護獣からの外圧だが、実際にはクレア達、守護獣達との裏の繋がりだ。大きな敗戦という衝撃で揺るがし、やむを得ないという情勢を形成しつつ平時であれば通らない政策、方針を通すことができる。
『それを我らに言うか。中々に強かなものだな』
ネフ・ゾレフは少し苦笑したようだった。
「けれど、その娘の固有魔法を自身に使わせてまで誠意を証明しようとしている、と」
トリネッドがイライザとルードヴォルグ、それぞれに視線を送って言った。
「ここであなた方の信用を得られなければ、また多くの――民の血が流れるでしょうから」
それが帝国国内を割っての内戦となるのか、疲弊した状態で貴族が暴発しての守護獣やクレア達との戦いになるのかは分からないが、それで犠牲になるのは民達だ。そうなる前に戦わずともどうにかなるという展望を示し、そうした不満を抑え込んで体制そのものを変えていかなければならない。
「過去に帝国が征服して時が経ち、既に分離が不可能なほどに取り込んでしまった者達のこともあります。最終的には彼らから、代表を募っての議会制を敷いての多民族国家という形を目指していきたい。実際はそう簡単な話でもないでしょうが……」
「分離不能な方々の問題はそういう落としどころにもっていく、というわけですか」
クレアが問うとルードヴォルグは静かに頷いた。
「しかし――私が次の皇帝で、本当に良いのか? 戦いで功を上げたのは私ではないだろうに」
「俺は――駄目だな。内政を学んできたわけではないし、影武者は表向きとはいえ、ずっと生きて帝国にいるのだから、それを差し置いて帝位につけばまた混乱が起こる。それに身に着けた力を活用するにしても、貴方の補佐に回る方が性に合っていると思っているよ」
ルードヴォルグに問われたウィリアムは笑って答える。そう。諜報部隊の長として謀略の中で生きてきた自分では帝国は変わらないと思うのだ。そういう手法が染み付いている以上は謀略が選択肢に入ってしまう。逆に、ルードヴォルグを補佐するのならば。
例えばグライフがそういう技術でクレアを守っているのと同じ方向で使えると思うのだ。
「――というのは、グライフに学ばせてもらったことではあるのだが」
ウィリアムの言葉に、グライフは少し笑って応じた。ウィリアムとは裏の諜報関係のノウハウを持つ者同士、見解や意見が一致する部分も多かった。そういう相手から学ばせてもらったと言われるのは、嬉しく思う部分もある。
ともあれ、イライザの固有魔法もあればルードヴォルグを支持する貴族達の腹の内も探りやすいし、ウィリアムが補佐につくのならルードヴォルグの身の安全やクレアとの連絡手段も確保できる。諜報部隊員であったウィリアムの部下達も健在なのだ。信用のおける人材もいるということで、一先ずはどうにかなるだろうとクレア達は守護獣と共に頷き合うのであった。




