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第382話 守護獣達との対面

「凄まじい……ですわね」


 セレーナが言う。集まっている一団は、姿も大きさも千差万別だ。

 巨大な蛇。水晶の煌めきを体表に宿す蜥蜴。金属光沢の被毛を持つ大猿。浮遊する巨大な単眼の生物といった怪物の姿をした者や、揺らめく白い人影のような者と、様々な系統のものがいる。エルカディウスの王達がそれぞれの守護獣を選んだ結果だ。


 生態、性質を人間達に知られている者もいれば、守っていたのが中心部付近であったがためによく分かっていない者もいる。守護獣であると知らなければ。そして彼らの主になっていなければ、クレアも接触しようとは思わない守護獣もいる。


 ただ、剣呑な波長の魔力を放ってはいるものの、それは生来のものだ。

 いずれもクレア達を目にしても取り立てて攻撃行動や威嚇行動に移るわけでもなく、静かにそこに座している、といった印象だ。

 ただ、それでも並外れた力を持つ人外の者達だ。クレアがいると言っても接触する上での緊張というのはかなりのものだった。


「来たようね」

『あれが我らの主となった者か』


 トリネッドが言うと、別のところから声が響く。浮遊する単眼の魔獣――ネフ・ゾレフからのものだ、とクレアは理解していた。女神の依り代となったこと、ルゼロフやエルンストと縁の糸とで接続したことにより、その知識、記憶の一部から補完している部分もある。

 ネフ・ゾレフに関しては見た目こそ怪物、魔獣の類ではあるが、その実かなり理性的だ。理性的で、任務に忠実。そういう魔獣だった。


 人語――というよりも念話を操るが、トリネッドのようにクレアとの窓口役にならなかったのは、その見た目によるところが大きいのだろう。


 天空の王が舞い降り、クレアがその背から地面に降り立つ。


「孤狼さんと深底の女王さんは――」

『あの者達なら少し離れたところで戦奴兵の面倒を見ている。トリネッドがこれからのことも伝えているから彼らも大人しく待っているようだ』

「だから、一応全員が揃っているわ。狼達とは私の糸で中継しましょう」

「分かりました」

「そっちはこれで全員?」


 トリネッドが確認するように言ってくる。ウィリアムがいないことに気付いたのだろう。


「後二人合流します。ただ――あなた方の考えも聞いてから決めようという部分もありまして」

『ほう』


 ウィリアムはルードヴォルグを迎えに行き、その間に諸々の話を通している。ルードヴォルグは今でも対外的には帝国の皇太子だ。大樹海への侵攻に対して、報復行動に移るであろう守護獣達の、帝国への考えを聞き、話を通してから引き合わせた方が良いという判断だ。


 恐らく、帝国への対応において守護獣達の立ち位置は重要になる。クレアが守護獣達に武力行使をさせるつもりがなくとも、守護獣達には守護獣達の考え方があり、帝国はそのいずれも知らない。


 いるというだけで抑止力足り得るのだ。守護獣達の性質や脅威は帝国にも知れ渡っているのだから。


「ゴルトヴァールで起こったことは、皆さん把握しているのですよね?」

「ええ。私から全員に説明しているわ」


 トリネッドが頷く。

 クレアはまず偽装魔法を解く。上に立つ主として、本当の姿や実際の魔力を見せるべきだと思ったためだ。


「では――まずは自己紹介から。クレアという名もあり、それは大樹海で育てられた魔女としての大切な名でもありますが……あなた方にとっては私のもう一つの名が重要となるのでしょう。クラリッサ=アルヴィレト=エルカディウスと申します。アルヴィレトの王女でもありますが、この度、エルカディウスの王太女として、イリクシア様から認められ、王が不在の間、暫定的に摂政としての立場となりました」


 そう言って、イリクシアから授けられた白い杖を取り出して守護獣達に見せてから一礼をする。クレアの言葉に、ルーファスやシルヴィアも頷き、それを追認しているというような仕草を見せる。クラリッサのエルカディウスの王位継承に関しては問題ない、ということだ。

 守護獣達はと言えば――姿勢を改める者から、興味深そうに覗き込む者まで、それぞれ違う反応ではあるが、クレアに対する興味は一致しているようだ。


「次に皆さんに対する私の考え方、方針から説明します」


 クレアは言葉を続ける。守護獣達がクレアの言葉に耳を傾け、注視する中で、クレアは再び、深く一礼する。


「まず、長年に渡る封印の守護に、感謝の言葉を。これまでの永きに渡り、外の世を守り続けてくれた忠義に謝意と尊敬を示します。あなた方にとっては……命に縛られた辛い年月であったのかも知れませんが……」


 クレアがそう言うと、守護獣達がぴくりと反応したのが分かった。ただ、過剰な反応を示した者はいない。魔力が揺らいだというのは、感情が動いたということではあるだろう。

 セレーナの目にも、その感情の揺らぎは見えている。動いた感情の強さはそれぞれ違うが――総じて怒りや憎悪などの悪い感情ではなさそうに見えた。


「その上で――永らく領域主と呼ばれていたあなた方を、世界を守り続けてきた守護獣であると周知し、名誉と尊敬を以てその名を呼ばれるようにしたいのです。その為には、あなた方の法的な立場や権利を明確にしておく必要があるかと」

『――立場や権利。ふむ』


 ネフ・ゾレフが興味深そうに声を上げる。


「それを明確に示し、守護獣も法の下に暮らせるようにする、というのが狙いですね。それによって法には縛られますが――法によっても権利は守られ、その内容で予防線を張っておけば、時々の権力者によってその力を悪用されたり理不尽な扱いを受けることも防げる、というわけですね。これまでは任務に縛られ続けてきたわけですが、法の許す範囲でなら行動の自由も認められる、ということでもあります」

「……面白いことを考えるものね。他の者達の感情は魔力の機微で伝わると思うけれど、必要なら通訳するわ」

「今回はよろしくお願いします。機会を見て、ルファルカさん――守り人の意志疎通の魔法を習って魔法道具も開発しておきますので」


 ルファルカが使っていた意思疎通、翻訳の魔法を修得して研究すれば、守護獣達との言葉のやりとりも可能になるだろう。


 トリネッドの通訳を受けながらも、他の守護獣達もクレアに確認をとったり、質問をしたりする。

 単なる挨拶でもなければ命令や方針を伝えに来たわけではない、と分かり、守護獣達も真剣な様子でクレアの顔を覗き込みながらやり取りを行う。


「法の制定。その内容に我らは関与できるのか、と言っているわ」

「可能な限りは。譲歩できることとできないことはあると思いますが、内容が真っ当なものであると思えば意見は受け入れますし、関係のある内容を制定する際は立ち会ってもらいましょう」


 基本的なところでは人を徒に殺傷することはしてはならないが、自衛の権利は認める。国民と同等の権利を有し、法に認められた範囲での行動の自由も認められる、というところだ。その上で条項は明確にし、そこに守護獣であることと、世界の平和を守ってきたことを明記する。


 王命は――前述の条項に反しない限りは自由意志を尊重し、拒否もできる。有事の際の協力要請などはあるかも知れないが、それも受けるかどうかも選択して良い。人の命を奪うような命令である場合、或いはそういう有事が想定される命令には守護獣達を集めての合議、といった具合だ。


 守護獣であるが故の人との違いや予想される軋轢、問題などを考えれば細かい部分はもっと詰める必要があるだろうが、基本的な考えと方向性に関しては伝わったと思う。


 後は――守護獣達がそれをどう思うのか、だろう。クレアは考えを伝え、守護獣達の反応を待った。


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― 新着の感想 ―
>ルファルカの通訳を受けながらも、他の守護獣達もクレアに確認をとったり、質問をしたりする。 「ルファルカ」ではなく「トリネッド」だと思います。 守護獣たちとの顔合わせも上手くいったようでめでたい。 …
 守護獣達は概ね理知的な存在なようで良かった…… まあ中にはイルハインのような愉悦かつ憎しみに囚われちゃった者もいるのだろうけど。
これまで主となってきた王族らとは態度がかなり違うでしょうし守護獣達も多少は思うところがあったんですかねえ
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