第380話 仲間達との合流
『どうやら……私達の期待以上の成果を出してくれたようね』
「恐れ入ります。そちらの状況はどうなっていますか?」
天空の王も落ち着いている様子だ。クレアとしては差し迫った危険がない、或いはもう地上での帝国軍との戦いの大勢も決したと判断しつつも、まずはトリネッドの糸に自身の糸を繋いで状況を尋ねることにした。
『味方の損害は軽微よ。怪我人がいないとは言えないけれどね』
「それは……安心しました」
トリネッドの言葉にクレアは安堵の声を漏らす。
『帝国軍は……撤退中、というよりも壊走中と言うべきかしらね。都から敗走してきた部隊がエルンストが戦死したことを知らせたからよ。まあ……鳥が帝国の将兵の一部を捕まえて、空から帝国軍のいるところに放り投げたりしたせいなのだけれど』
「それは確かに……撤退もしますか。しかも壊走とまで言うからには結構な状況になっていそうですね……」
複数の領域主の参戦に加えて天空の王まで動き出し、しかもエルンストの戦死という報まで知らされれば、そうなりもするだろう。
秩序だった撤退ではなく、散り散りになって逃げている最中ということだ。帝国軍は大樹海を切り開きながら進んできたはずだが、それでもそうなっている。
『魔物達の襲撃は少ないのだけれど、領域主達が複数追撃しているわね。戦奴兵達はあなたとの約束通り、死なないように捕縛や拘束しているけれど……まあ……帝国の上の方には加減する必要もないでしょうから』
「それはまた……」
相当ひどいことになっていそうだとクレアは思う。
「戦奴兵達の確保は有難いですが、追撃は一旦止めてやって下さい。一応、勝負はつきましたし、現時点でも相当な痛手でしょう」
『貴女からの言葉ということで、通達しておくわ。エルカディウスの王太女であり摂政だというのなら、止めてくれるでしょう』
「ありがとうございます。細かいことは後で詰めますが、あなた方守護獣に関しては、人間種そのものへの敵対行動さえ控えてくれるなら、自由意志や行動の自由は尊重したい、と思っていますよ。人の国の法に準じるぐらいの基準で、ですが」
『私達としては有難い話で……まあ、良い落としどころでもあるかしらね』
領域主ではなく守護獣と言われても、トリネッドは否定することもせずに受け答えする。
人の国の法に準じる。要するに法に従ってくれるのならばその範囲内での行動に口出ししない、ということだ。多分、王家との契約に縛られる身であるから人よりも余程法令を遵守してくれるだろう。
自衛に関してもクレアとしては認める。勿論、それを名目に徒に人を傷つけるようなことをしないなら、という前提ではあるが。少なくとも、受け持った領域に縛り付けられて鬱屈が溜まるというようなことはないようにしてやりたい。
『ともあれ、連合部隊は私達ほど大樹海を自在に動けないものね。深追いはせず、前線基地や集合場所に結集して怪我人の治療をしたりしているという状態よ』
「分かりました。まずそちらに顔を出してから動きます。あまり時間を置かずに、動揺と混乱している間に帝国の残存する貴族達に現状を突きつけておこうかと思っていますので」
そうすることで以後の抵抗の気力を削ぎ、交渉を有利に運ぶようにする、というわけだ。ルードヴォルグやウィリアム、イライザもいるのだから、帝国をどうするかについての選択肢は広めにとれるだろう。
『連れてきた防衛機構の戦力を見せつけてくる、というわけね』
「そうなりますね」
全て説明しなくても糸で感知しているトリネッドに対しては話を通すのがスムーズで助かる、とそんな風にクレアは思う。
『なら、その前に話ができるかしら? 私達も同行した方が効果的でしょう?』
「そう、ですね。ゴルトヴァールの防衛機構は許可のない侵入者を防ぐように動いてくれていますし、皆さんとの話も大事なことだと思いますから」
守護獣達との対話も、遅かれ早かれ必要な事だ。人に対しての態度はそれぞれで違うが、そもそも種が違うために単純な善悪では語れるものではない。
それに、封印を守って来た者達なのだ。命令権があるから根本的なところで対等にはなれないが……関係を改善することはできる。
自分がいなくなった後世で人の都合で良いように利用されてしまうようなことだとか、人間との関係が険悪になってしまうようなことは防ぎたい。
そのためには、彼らの立場と権利を明確にして、名誉と秩序のあるものにすべきなのだ。「大樹海に潜む正体不明の強大な魔物」ではなく「禁忌の遺産から永い時を超えて世界を守り続けていた守護獣」なのだと。
クレアは報告を終えたら守護獣達と話をするとトリネッドと約束し、仲間達の集合場所や後方の前線基地に顔を出すことにした。
『では、私から摂政の王太女から話があると、皆に召集を掛けておくわ。追撃も止まるでしょうし、話を無視する者もいないでしょう。場所は……その遺跡で良いわね?』
「はい。ありがとうございます」
移動を始めようとしたところで、天空の王が自分の背中に乗るようにと促してくる。
「では――よろしくお願いしますね」
天空の王は頷き、クレア達を糸繭と共にその背に乗せる。天空の王に随伴する形で防衛機構のゴーレム兵達も共に飛翔した。
クレアはまず、集合場所の仲間達のところへ向かった。帝国軍が壊走している状態で追撃をしていないのなら、彼らも待機を続ける意味がない。クレアと合流し、防衛機構の魔法生物に乗って移動すれば迅速な撤収ができる。
天空の王に乗り、防衛機構の飛行型魔法生物を伴って現れたクレアに、彼らも驚いたようではあるが、エルンストとトラヴィスを倒し、永劫の都の問題が解決したことを伝えると喜びに湧いていた。これ以上ないほどの大勝と言って良い。
「怪我は――なさそうだね。よくやったよ」
と笑って迎えるロナにクレアも表情に出して穏やかな笑みを浮かべて頷く。
「色々と詳しい話もしたいのですが、みんなと合流してからですね」
「ま、皇帝と永劫の都の問題が解決したってことなら一先ずは安心だがね。何せ、地上の帝国の損害だって、相当なもんだ」
これほどの損害を出したのだ。エルンストが倒れたことで帝国国内の混乱も予想される。再侵攻などということはまず有り得ないだろうというのがロナの見解だった。
大樹海侵攻に向けて辺境から兵を引き上げ、その分を結集させていたということもあり、周辺国への侵攻も当分は落ち着くはずだ。というよりも戦死者、怪我人が帝国正規兵から多数出ていることを考えれば相当長い期間帝国に影を差すことになるだろう。
といっても……クレアは侵攻が落ち着く、などという程度で済ませるつもりもなかったが。
それからクレア達はロナを始めとする仲間達を引き連れ、元々イルハインの領地だった前線基地へと移動した。
「クラリッサ――!」
「クレア、無事で良かったわ……!」
ルーファスやシェリー。それからリチャードといった面々がクレアの顔を認めると笑顔で近付く。
「戻りました。この通り、みんな無事です。エルンストや、永劫の都の問題も解決しました」
「素晴らしい戦果ですな……」
リチャードが頷く。
「怪我人は、大丈夫?」
「そうですね。永劫の都の内部では何人か戦闘や反動での怪我人が出たのですが……終わった時には問題もなくなってしまったと言いますか。その辺も含めて説明と報告をさせて下さい」
尋ねてくるシェリーにクレアがそう答えると、ルーファス達と顔を見合わせ、それから頷く。
まず怪我人についてはゴルトヴァールを守護している女神イリクシアの試練を超えた段階で回復させてもらえた、ということを伝える。
再現魔法を使わされた子供達も……戦闘に参加していなかったにも関わらず回復していたというのは、イリクシアがクレアの意を汲んでくれたためだ。
だから、治療についてはとりあえず問題ないと言うことを前置きしてから、クレア達はゴルトヴァールに突入してからのことを伝えていったのであった。




