第379話 都からの帰還
「そなたが摂政となったことにより、その権限は王と同様のものとなる」
「王と――」
「つまり……今現在は文字通りの全権よな。ルゼロフが他の王族を始末した後にそうしたが、権力が集中し過ぎて気に入らぬ、というのなら自分達で変えていくと良い」
少し笑ってイリクシアが言うも、クレアの表情はやや強張る。当然ながら責任の大きさもそこに付随してくるからだ。クレアさえその気になれば、文字通りに世界を征服できるような兵力が今、手元にあるということだ。防衛機構は当然のことながら、守護獣に対しても、ということになる。領域主達が永劫の都に踏み込まなかったのは、ルゼロフと接触すればその命令を受け、その意思に反して尖兵となってしまうことが分かっていたからだ。
同時に、ゴルトヴァールの秘密を守るようにという、かつての王族からの命令も受けていたのだ。だから領域主達は許される範囲内でクレアに協力しようとしてくれていた。
天空の王達の見極めが慎重になっていたのも、その辺が理由ではあるだろう。運命の子がルゼロフやエルンストのようでは、状況を悪化させるだけで何の意味もない。
今のように……防衛機構と領域主達への命令権を持ててしまっているのだから。
「……分かりました。現状を把握しつつ皆と相談して法を明文化していき、対応が終わるまでの間に問題が生じるようなら都度対応もしていきます。それまでは――臨時の対応ということで今の権限を使わせてもらいますね」
「それで良い」
クレアの返答にイリクシアは目を細めて頷く。
法整備。危険な技術の封印。目覚めるゴルトヴァール住民達の受け入れ。領域主達をどうするか。そして、ゴルトヴァール自体をどうするのか。敗れた帝国への対応と後始末。色々考えるべきこと、するべきことはあるが、一つ一つ片付けて行こうとクレアは思う。
幸いなことに、あまり魔法の絡まない単純な金銀財宝も潤沢にあるということで復興や後始末用の資金に関しては余裕がありそうだ。
「とりあえずは、戦いが終わったことを外の皆にも知らせるべきだろうな。地上での帝国軍との戦いの行方も気になるところだが――」
「……あちらは領域主達が対帝国という点で動いていましたから、優勢に進めている、と思うのですが、確かに心配ですね」
ウィリアムに答える。戦力はかなりこちらが勝っているとしても、戦場に立っているのは知り合い達なのだから。
「戦いの早期終結を考えるのであれば、都の防衛戦力の一部を投じてしまうのも手かと。実際の武力行使が伴わずとも、威容を見せつけることは戦意を挫く……と暴徒の対応からの知識ではありますが」
と、提案してきたのはルファルカだ。クレアに対して改まった態度であるのは、摂政となったからではあるだろう。
「それも手ですか。ゴルトヴァールはもう、皆の目に入ってしまっていますし、帝国は古代兵器として防衛戦力の一部を改造して利用していましたからね……」
こちらがゴルトヴァールを掌握し、エルンストは敗れたと。そう理解させるには防衛戦力の一部を外に出し、従えているというのを見せるのは非常に分かりやすい。
ロナやシェリー達を安心させてもやりたい。
「では――いったん外に向かいましょう。ゴルトヴァールの住民達は何時頃目覚めますか?」
「対話と選別が終わるまではまだ時間がかかろう。一人一人対応せねばならぬ。目覚めさせるにしても、そなたらの準備が出来てからということもできよう」
「それは……助かります」
クレアが礼を言うとイリクシアは首を横に振る。
「礼には及ばぬよ。そなたの尽力によってこの身も永き囚われから解放されたのだ。待っていた甲斐があると……そう思えるだけのものを見せてもらっている」
そう言ってイリクシアは眩しいものを見るようにクレア達を見て笑った。
城の外で待っていた面々はクレアが摂政になったと聞いて目を瞬かせていたが、納得や祝福もしていた。共に戦う中で、クレアの人となりも理解していたし、運命の子ということも聞いていたから、ゴルトヴァールとの関係性もあるだろうと予測していた部分があった。
エルンストやクレールといった人物についても遺体は回収している。帝国に返還するためでもある。
遺体の返却に関しては道義的な部分もあるが、エルンストに関しては帝国の戦意を挫くという意味では必要なことだろう。トラヴィスについては死も許されずに星の海を彷徨うような結果になっているのだし、こちらは末路に関する証言しかないような状態だ。
「クレールは――そうね。裏切りはしたけれど、交渉でこちらに引き渡してもらって、故郷に埋葬ぐらいはしてあげたい、とは思うのだけれど」
「例の、彼の恋人のお墓のある場所、でしょうか」
「そうね……。一緒のお墓、とはいかないけれど、見える範囲の場所ぐらいには」
シルヴィアとディアナとしては、クレールの裏切った理由に思うところがあるらしい。許せない裏切りではあるが、彼の当時の憔悴を知っているだけに、死者に鞭打つまでには憎めない、ということなのだろう。
「そう、ですね。お墓が荒らされてしまいそうですから、墓碑銘は刻めないかも知れませんし、何かしらの結界も張る必要があるかも知れませんが……」
エルンストもクレールも、そういう意味ではゴルトヴァールを目指した理由……歪んでしまった理由は似ている。
自分も……それほどまでに大切な人達との別れと直面したら、女神の力に縋ってしまったりするのだろうかと考えると、クレアとしても簡単にはエルンスト達のことを責める気にはなれない。ただ……それを差し引いてもエルンスト達と相容れることはなかった、というだけで。
だから、返還や弔いぐらいは、しようと。そう思う。
「後は――彼の遺族や親類、縁者等が責められることのないように……でしょうか。甘い、のかも知れませんが」
「クレールに近しい遺族はいなかった、はずだわ。親類縁者、となると、アルヴィレトはみんなそうだから……」
「でしたら、そこは一先ず安心して良さそうですね」
ディアナの言葉に、クレアは頷く。
「はい。それに……殿下の恩情は将兵や民の心にも響きましょう。それを無碍にする者は、おりませぬよ」
ローレッタが言うと、居並ぶ将兵達も目を閉じる。クレールに対してさえ恩情や手間をかけるのならば、自分達もクレアの下で安心して戦えると。そう思える部分があった。事実、死者が少なくなるように戦っているのがこれまでの戦いの中からでも見えているのだから。
回収すべきものを回収し、防衛戦力の内、飛行能力を有する者達を起動させ、彼らを従え――というよりもその背に乗る形でクレア達は都の外に出ることとなった。
クレアの許可を受けていない者の立ち入りを防ぐようにと防衛機構に指示を出し、ゴルトヴァールの守りも固めつつクレア達は外に出た。
ゴルトヴァールから出てすぐにクレア達を迎えたのは――天空の王だ。光の球に包まれて大樹海中心部の遺跡に降り立ったクレア達の近くに、悠然と佇んでいた。
クレア達と共に現れた防衛機構の様子を見て、満足げに頷くとクレアに恭しく挨拶をするように片方の翼を広げて見せる。
女神を救出し、摂政となったのを理解した、といった印象だ。
その一礼は、女神を救出した事への礼か、それともエルカディウスの摂政となったからか。これまでと少し対応は異なっていたが、何となく今までよりも好意のようなものを表に出しているようにクレアが感じるのは、その魔力の波長故か。
「帝国を倒し、エルカディウスを引き継いで戻ってきました」
クレアが言うと天空の王は静かに頷く。
帝国の残存兵を防衛機構が制圧、捕縛して都の外に放り出していたから、それを見て女神なりルゼロフが動き出しているというところまでは天空の王も把握しているだろう。




