第377話 ゴルトヴァール王城
少し休んでから糸を伸ばして周囲を見てみるも、遺構にめぼしいものは特にないようだ。建物の残骸は残っているものの、財宝等があるわけではない。壁や柱、基礎の名残。そういったものばかりで、ちょっとした壁や柱の装飾、建築様式等が見られる程度だ。
考古学者が見れば感想は変わりそうだ、とそんなことを思いつつもクレア達は上へと戻ることにした。
「クレア様! グライフ様!」
「二人とも無事で良かった……!」
クレアとグライフが戻ってくると皆も笑顔で迎えてくれた。
「ご心配おかけしました。女神様の内部世界での戦いで、少し無茶をしたのもあって、影響を見る意味でも少し休ませてもらいました」
「それは問題ないわ。身体は大丈夫そう?」
「そうですね。特に不調は感じないので大丈夫だと思います。みんなも無事ですか?」
「ええ。女神様に勝った時点で、帝国兵との戦いで傷付いた者達もみんな怪我が治って――ええとこの場合、運命が回帰した、というのかしら」
「それは――本当に良かったです」
クレアは少し表情に出して安堵を見せる。
大通りにいた部隊や、再現魔法を使わされていた者達を保護していた班といった面々とも合流して来ている。まずお互いの無事を喜び合い、勝利を祝い合うような形となった。
「……けれど、この後はどうしたものかしらね。防衛機構は止まっているし、住民も――眠ってしまっているようだけれど」
ディアナが大通りの方を見ながら言う。
防衛機構のゴーレム兵は通りに整列し、剣や槍といった兵装を胸の前で真っ直ぐ上に構えたままで直立したままだ。
住民達はと言えば、通りにある椅子に腰かけて居眠りをしていたり、ふらふらと家の中に入っていき、そのまま寝台や椅子で眠り続けているという状態ということだ。
明らかに女神や守護獣との戦いの前後で状況が大きく違ってしまっている。
一方でルファルカと塔の管理者はと言えば、戦いの前後で変わった様子もなかった。
「我は独立しているし、カーゼスは塔が壊れてしまって指令のようなものがあったとしても受け取れていない。事情には答えられない」
というのがルファルカの弁であった。その言葉に、塔の管理者――カーゼスもこくりと頷く。
「はっきりわかってはいないので多分、なのですが……この状況は、私の対応を待っているのだと思います。王城か神殿に行って、事後処理をする必要があるようですね」
でないと、多分防衛兵器も住民達もこのままだ。ゴルトヴァールをどうするにしても、中途半端な対応をするわけにもいかないだろうと思われた。
「ルファルカさんとカーゼスさんも一緒に王城について来てくれませんか。ゴルトヴァールの方がいた方がどうするか考えるにしても参考になる意見も聞けるかと思いますし」
「……分かった」
ルファルカとカーゼスが応じる。
そうしてクレア達は堀から少し距離を取りつつも、王城側へ続く跳ね橋に向かって歩いていく。
クレア達が近付くと、跳ね橋が降りてくる。橋を守るゴーレム兵も配置されているようだが、動く様子はない。通りで見た者達と同じく、直立して構えたままだ。
「全員で動くよりも、対処の幅を広げる意味で街側に人を残しておいた方がいいんじゃないかな」
と、ニコラスが言う。
「そうですね。一応状況は落ち着いていますが、その方が良さそうです」
というわけで班を分ける。クレアとアルヴィレトに近しい者、各勢力の主だった者がクレアに同行する形でそのまま王城側へ進む形だ。辺境伯家の騎士隊長が街側に残る者達を取りまとめて待機。糸を残しておけば連絡も取り合える。
跳ね橋を渡るのに少し意を決して、という部分もあったが――その決意や緊張に反して、城壁の中は静かなものだった。防衛機構は動きを見せず、要所要所に配置されている戦力は通路を示すように左右に分かれて旗を掲げて動かずにいる。
「歓迎……いえ、式典のような雰囲気……と言えば良いのかしら」
ディアナがそれを見ながら言う。
「式典ですか」
クレアは顎に手をやって思案しながら進む。
ルゼロフ王や守護獣が自分をこういう形で迎えてくれる、とは思えない。そもそも彼らは無事なのだろうか。
女神の作り出した仮想、或いは精神世界内の戦いであっても……いや、だからこそ、あれを食らってただで済んでいるとは思えないのだ。
恐らくあの空間は契約魔法のような効果を持ち、勝敗や内部でのその決着の付け方……特に敗れ方には、現実で何らかの効果を及ぼすという確信めいたものがあった。
特に、決着の付け方だ。あの空間でなければ、周囲の被害や影響が大きすぎて、とてもではないが使用できないような魔法であったと思う。
しかし、式典とは。勝ったことを祝うというのとも、また違うような感じがする。女神から受けた印象からしても、並んでいる魔法生物達の様子からしてもだ。
魔法生物達は城の奥へと導くように、左右に分かれて整然と等間隔に並んでいる。警戒はしているが……。
「配置につかされてから眠らされたか。動くにしても時間はかかる」
「なるほど……。魔力反応を見ておけば、それほど警戒する必要はなさそうですわね」
ルファルカの言葉に、セレーナが頷いた。
そうしてクレア達は誘導される方向に進む。
城門の中の印象は、白い建材で作られた、壮麗な建築物が広がっていた。広々とした真っ直ぐな通路になっていて、通路の外は水が張られている。通路は水場を横切るように伸びているが、堀ではなく水の張られた庭園というような印象だ。
あちこちに通路は伸びていて、本丸となる城とは別の棟にも続いているようだが、魔法生物達が誘導されているのは大きな通路を真っ直ぐ進むルートだった。
「ここは、誘いに乗る感じで行きましょうか」
「そうね……女神様の意向が反映されてのものでしょうし」
そんな風に言葉を交わし、そのまま素直に進む。大した距離を歩いたわけではない。
外壁の門から水上の通路を渡り――聳え立つような王城の正門へ。
やはり、城も壮麗で立派なものだ。白い建材と美しい装飾。無骨さはなく、ただただ華麗に、壮麗という印象の作りだが、ちらほらと壁や柱に沿って魔力の光が走ったり、灯っている照明からは魔力が宿っていたりと、普通の建造物ではないことも窺える。
そのまま王城の中へと入る。建築様式や装飾等に違いはあるが、普通の城で言うなら謁見の間に向かっていると考えるべきだろう。
正面にある重厚な扉に向かって歩いていくと、やはり独りでに開いていく。
そして、そこは――やはり謁見の間であった。
天井の高い広々とした部屋。奥は何段か高い作りで、そこに玉座もあるが座っている者はいない。普通ならそこに居並ぶであろう家臣や側近達もだ。
代わりに、玉座の傍らに佇む人影が一つ。グライフ達からすると見るのは初めてだが、会うのは初めてではない、のだろう。クレアは――存在は感じたが初対面ということになるか。
美しい、女性の姿をしていた。長い長い髪の先やドレスともローブともつかない衣服の裾が、光になって揺らいでいる。そして、力を抑えている印象だが、畏怖を感じる静謐で壮大な魔力――神気。女神イリクシアの本体だ。
「待っていた――」
クレア達を認めるとイリクシアは静かに言う。クレアも頷き謁見の間の中に入る。
王族というわけではないが相手は神族だ。クレア達が普通の謁見の際のように膝をつくと、イリクシアは小さく笑う。
「謁見というわけではないのだ。そう改まる必要もあるまい。それに、それでは話がしにくくて困る」
「話、ですか」
「そうだ。そなたと話しておくべきことがある」
クレアが顔を上げて問うとイリクシアは言った。




