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第375話 煌めきに舞えば

 攻撃と反撃とが目まぐるしく交錯するイリクシアとの戦い。

攻撃を繰り出したかと思えば側面から糸の斬撃が迫り、仲間の隙を補うように別の仲間がそれを防ぎ、前衛を入れ替えての攻防が絶え間なく続く。

 イリクシアが糸の剣でセレーナの刺突を逸らした瞬間にあらぬ角度からニコラスの弾丸が飛来する。転身して避けるも、離れた位置にいるはずのニコラスに背後から矢が降り注ぐ。


 それを――アルヴィレトの騎士とロシュタッドの騎士が盾で防ぐ。


 イリクシアと切り結べる技量を持たない者は仲間を守る形で攻撃に集中できるようにするためだ。


 クレアの望む戦いを。自らの身を盾にするようなことなく、皆が全身全霊で女神に抗い、抗い、抗い続ける。


 イライザも――自身の全力を以って固有魔法に集中していた。仲間達が言葉に出さずとも意志伝達できるようにと、その効果範囲を大きく拡張して連携のための領域を作り出していく。

 自身は仲間の探知魔法の力を借りて誰がイリクシアに狙われているのかを察知し。仲間達はその探知魔法や仲間達の動きを理解して、更に高度な連携を組んでいく。


「まだ。もっと速く。もっと深くできるはずです。もっと。もっと――」


 イライザはずっと、この力が嫌いだった。人の心を読める。エルンストから許可のない固有魔法の使用を禁じられていたから、エルンストとウィリアム以外の命で力を行使することもなかったが、それを知る者達からは忌み嫌われ、不気味がられた。

 立場も弱かったし出自や能力を明かすこともできなかったから、知らない者達からは軽んじられ、侮られていたのだ。


 こんな力が無ければ。皇帝の娘として生まれなければ。そう思ったことは何度もある。自分だって、心を読める相手などというものがいたら気味が悪いと思うだろう。言葉に出さないから上手くいくことがあるのだと。伝えないのは偽りではなく優しさや思いやりの場合だってあるのだと、イライザとて理解しているのだから。


 いつしか、魔法無しでも人の悪意というものには敏感になってしまった。そんなだからだろう。自分の固有魔法は嘘が読める程度と限定してしまって応用術の使い方にも気付かずにいたのは。

 けれど。けれど。


 クレアは自分と友達になりたい、と言ってくれた。他の人のように表情や声色で飾るということをしない、少し不思議で不器用な生き方をする少女だ。


 だけれど、そこに嘘や悪意はないのだと、固有魔法を使わずとも理解ができた。生まれて初めて、友達と呼べる人ができた。


 だから。そんな人の役に立ちたいと思った。その人は帝国だけでなく、何か大きな運命と呼ばれる流れに巻き込まれていて。

 自分の固有魔法をもっと使いこなせるようになれば、友達を助けることができるだろうか。イライザが固有魔法の応用術に目を向けたのは、クレアの固有魔法の使い方に影響を受けたというのもあるし。そのクレアを助けたいと思ったからだ。それまでは自分の固有魔法が、嫌いだったから。


けれど、今は。


「イライザ嬢を守るんだ!」


 そう言って。巨人族の戦士が自分の背に飛来した矢を防いでくれている。これも、クレアが繋いでくれた絆で。

 嘘を暴くためではなく、誰かと同じ目的を果たすために固有魔法を使えている。少しは、自分で自分を好きになれそうな使い方だと。そんな風にイライザはふと思い、少しだけ笑ってから固有魔法の行使に没頭していく。


 いくつもの固有魔法を重ね合わせ、確かな技量を持つ戦士達が力を合わせ――皆がローレッタとオルネヴィアを彷彿とさせるような高度な連携を繰り出して。そうしてイリクシアを次第に守勢に回らせていく。


 そうしたイライザの想いは、他の者達にも僅かに届いている。感覚を拡張しているために一方通行の感情ではなく、双方向の効果を発揮しているのだ。


「同じ目的のために、か」


 グライフが静かに呟いて笑い、斬撃を深く沈むように回避するとイリクシアに斬り込んでいく。


 イライザの気持ちは、分かる気がする。固有魔法と家業という違いはあれど、肩身の狭さや後ろ暗さは、自分も感じていたことのあったものだ。

 オーヴェルやその弟子達に幼少期の鬱屈していた想いを救われ。国を追われたことで必要であれば汚れ仕事をすると決意していたグライフであったが、そんな自分の覚悟に報いるだけの覚悟を示してくれたのがクレアだ。


 だから。何としてでも取り戻す。運命がどうとか、女神や永劫の都がどうだとか。そんなことはどうでもいいのだ。

 王女であることや運命の子であることから離れてクレアを見れば、孤児達に人形劇を見せて、表情は変わらなくともどこか楽しそうにしているような。そんな少女であるのだから。


 こんなところで、犠牲になっていいはずがない。こんなつまらない都に囚われるような結末など認めはしない。


 セレーナもまた、同じだ。領都に出て来たばかりの不安を救ってもらい、姉弟子として幾度となく助けてもらった。領地を救い、鉱山竜を倒し。家族を。領民の皆を。守ってくれたのだ。だから。その恩人を、こんなところで失わせはしない。


 この場にも、ゴルトヴァールの外にも。クレアに助けられた者は大勢いる。ニコラスも、ルシアも。ウィリアムも。ユリアン達も、ローレッタ達もそうだ。シルヴィアとディアナも。娘を、姪を取り戻すのだと。その想いで戦っている。

 その想いをイライザが繋いで。結果としてそれは高度な連携、波状攻撃として女神に向かう。


「ああ――」


 イリクシアが静かに呟く。依り代の娘が繋いだ力だ。それぞれが自分達の領分で独立している神族とは、まるで違う力の在り方。それを――その力を眩しいものを見るようにイリクシアは眺める。


 人の器を借りて顕現していようと、因子魔法を使えるものが複数人いようと、個々での戦いであるならばとっくに勝負はついている。或いは、ここまで高度な連携でなければ、自分に届くことも有り得ないだろう。

 しかし今は。


 斬り込んでくる剣士の斬撃をいなし、刺突から身を躱し。糸の斬撃を放って、反撃の射撃を見舞う。しかし誰かがそれを防ぎ。別の誰かがそれ以上の反撃は許さないとばかりに魔法を。刃を。結晶を撃ち込んでくる。斬撃と斬撃。その間を縫うように竜の吐息が空間を薙ぎ、それが通り過ぎたと思う間もなく氷を纏った斧が唸りを上げる。


 防いで、防いで。掻い潜り、後方に下がりながらも、イリクシアは人間達の力に、感動に似た想いを抱いていた。

 それぞれが違う道筋を生きてきた者達。だが戦う理由を同じくし、同じ目的のために心を合わせて自分に立ち向かってくる。研鑽と努力。絶望にくじけぬ不屈。情熱。友愛と親愛。


 運命の糸と糸とが重なり合い、一つの目的のために意味を成していく様は、さながら精緻な刺繍で彩られた布のようで。それを、イリクシアは美しいと思うのだ。

 自身の作り上げた内部空間。そこで戦う巫女姫と王の戦いの様子も。そこに込められた両者の想いと向かう想いも。それらを全てイリクシアは認識していた。


 煌めきの中で舞っているかのような戦い。心地の良い感情の渦。

 あちらでの戦いにも決着がつきそうだ。あれほどの研鑽と知恵とが結集し、結実した魔法も、イリクシアはエルカディウスですら見たことがない。


 研鑽と知恵と心と。それらはきっと自分達をすらも超えていく。そう、信じられるものだった。祝福してやれる、ものだった。


 押される。後ろに下がる。自身の体術を。流派を知るが故に、それに合わせるように突出して踏み込んでくる者が一人。

 魔力の刃を携えて。煌めく運命の中を、飛び込んでくる。目の覚めるような、素晴らしい動きだった。


 その煌めきに、イリクシアは見とれて。そうして。身を躱すのが一瞬遅れた。

 その身体を貫いた剣士は、信じられないというような表情をしていた。まだ、避けられるだろうというタイミングではあっただろうか。他の者達も同じだ。一撃が当たったのが、衝撃だったのか。姫巫女の身体であることを思い出したからだろうか。皆、固まっていた。女神の攻撃。矢も糸車も、動きを止めたというのもある。


 僅かな、静寂。イリクシアは目を細めて目の前の剣士――グライフに笑いかける。


「心配する必要も、疑う必要も、ない」


 そっと、グライフの手に手を重ねて、刃を軽く押すと、グライフもまた、静かに刃を引く。運命の回帰によって、傷が塞がっていく。

 皆が見守る中で、イリクシアは空を見上げる。


「我はな。満足したのだ。先程の戦いで見せられた、人族の織り成す煌めきに見惚れてしまった。身を躱すことすら、忘れてしまったのだな」

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― 新着の感想 ―
最後まで残ってくれた女神様ですもんね 人間達が協力し合って強大な存在に立ち向かう様は女神を見惚れさせるに足る美しい姿だったんでしょうねえ
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