第372話 力を集めて
ウィリアムもまた、イリクシアに近接戦闘を仕掛けるために動く。遠距離戦をしたところで固有魔法による転送攻撃は見切られてしまうからだ。
それならば間合いを詰めて、使える手札を増やした方がいい。近接戦闘でしか使えない固有魔法の使い方というものもあるのだから。
斬り込んでいくセレーナに合わせて固有魔法を行使する。セレーナに動きを合わせるのは、目でウィリアムの魔法を見切れるために連携しやすいからだ。踏み込んだセレーナが閃光のような刺突を繰り出した直後、イリクシアの斜め後ろの位置にウィリアムが出現、セレーナが回避しやすくした方向に目測を付けて、同時に斬撃を放つ。
防がれていた。逆手に握るように糸の剣が展開されて、ウィリアムの斬撃の軌道まで感知して攻撃を受け止めている。
そう。やはりだ。運命感知していると言っても、それは命中するであろう攻撃の軌道まで。それ以上のことは出来ないのか、或いは出来ないように見せかけているのか。ウィリアムが直接現れるなら、そこに剣を置いておけば必殺だった。ここまでの攻防でそれを見ていたから、イライザにそれを伝えた上で確かめにきたのだ。
実際のところは、イリクシアに何の縛りもないのならそれは可能だった。
防御主体に運命感知を使っているのは「自身の運命に対応しているから」に過ぎず、他者の運命にその権能を用いて直接干渉するのを女神自身がよしとしていないからであり、今の人間達を見極めている最中であるということと、クレアが仲間を守りたいと思っていること、そして守護獣が外の者を取り込みたいと思っているという、三者の考えが一致しているからでもある。
そうした背景の詳しいところまでは、ウィリアムには分からない。分からないが、エルムの言葉からも、自分達の戦いや想いがクレアへの力になるというのなら、女神にその力が届かずとも決して無駄ではないはずだ。
「女神の力で人死にが出ないからと言って、捨て身にはなるな!」
斬撃と回避しながらもウィリアムが仲間達に叫ぶ。
「ああ。それはきっとクレアが望まない。エルムの言葉を考えるならば、な……!」
「女神様もそうさせたいわけではないと思いますわ!」
「承知! この一戦、姫様のために!」
グライフやセレーナ、ローレッタもそう反応する。入れ替わり立ち替わり、女神に切り込んでは弾き返され、或いは仲間の攻撃の隙を補うように打ち掛かる。
斬撃。糸の壁に遮られてウィリアムが後方に弾かれた。ウィリアムがその視線をセレーナに送って手を目の前に翳す。ウィリアムと女神、セレーナが直線状に位置する、その瞬間に。
連携の合図を見て取ったセレーナが、閃光の刺突を放つ。女神は転身して回避し、その背後にいたウィリアムに向かって刺突が迫る。但し、狙ったのはウィリアムが翳した手の空間の先だ。呼吸を合わせるのはセレーナ側。固有魔法の発動に合わせるように放たれたセレーナの魔力刺突が、別の角度からイリクシアに向かって叩き込まれる。狙いは脇腹だ。
正面からは機と見たグライフが極端に低い姿勢から斬り込んでいた。ウィリアムの固有魔法は常に死角から。ならば自身が表から斬り込めば、相手の動きを大きく制限できる。
「――やるものだ」
女神が薄く笑う。グライフの下から伸びあがるような斬撃と。ウィリアムとセレーナの神速の連携。その結果は女神の脇腹を僅かではあるが、浅く掠めていた。
まだ。まだ足りない。まだ届いていない。
「運命感知か。なら、こういうのはどうかな」
ニコラスもまた距離を詰めてくる。以前、クレアは言っていた。
自分は運命の子だというが、どんなものであったとしても運命というのは自分の行動次第で変えられるものだと信じていると。これから行使しようとしているのは、そんなクレアが自分と共同で開発した、固有魔法の応用術式。
磁力による刃物の超加速弾だ。対象まで直接磁力の導線を伸ばし、その軌道上に高速で刃を飛ばす。それだけの術だ。魔力の予備動作は当然感知されるのだろうが、問題はない。
高速故の殺傷力はそのまま防御の難しさに繋がるし、発射を見てからでは回避が困難になる間合いまで詰めている。磁力の線を幾本も伸ばし、女神の全身に照準を合わせる。運命や可能性を読み取っているというのなら、相手の動きに合わせて後出しで避けられない攻撃を叩き込めばいい。
それに幾重にも攻撃予告がされていれば、それだけで可能性を読み取るのが困難にもなるだろうから。
この術の優れている点は、取り回しの良さだ。導線を展開しながらもその形の変化ができる。超高速の弾丸が放たれることも、仲間の動きを見て、巻き込まない軌道とタイミングを見ることができる。つまりは、乱戦であっても仲間の支援射撃ができるということだ。
その身に導線を向けられたイリクシアはニコラスを一瞬だけ見ると周囲に小さな糸車を展開する。それらは攻撃にも防御にも使わない。展開したままでグライフ達と剣を交え続ける。
ニコラスは構わず、刃を導線に乗せて撃ち放った。空中に火花を走らせ、空気を引き裂く音だけを置き去りにして。運命感知によってほぼ同時に射出された糸車そのものとぶつかり合い、空中で爆散する。
「依り代がクレアなら、手の内もバレてる、か。厄介なもんだね……!」
回避も防御も困難。であるならば事前に防げるだけの術を展開しておくことで相殺して防ぐ。手の内を知っていなければできないことだ。
「構いませんわ!」
「撃ち続けてくれ!」
セレーナとグライフが斬り込みながら言う。
「そのつもりだよ!」
ニコラスも答えて、構わず女神にのみ着弾する軌道で刃を射出すれば、幾度も空中で爆散が起こった。
構わない。女神の意識を散らし、魔力を、感知能力を使わせ続けることが目的だ。仲間が攻撃を届かせることができればそれでいい。自分達の戦いが、クレアの支援になっているならそれでいい。
女神とニコラスの射撃戦の中で仲間が戦い続けられるのはお互いを信頼すればこそではある。
「制御能力を削って攻撃を叩き込む戦い。それならば――」
イライザも結界を維持しながら自身の固有魔法――その応用術を発動させる。相手と繋がることで心を読む。その固有魔法の本質は感覚の共有だ。嘘を感知して読み取るのは相手から自分への感覚共有。こちらから誰かに感覚を共有する、というのが新しい術。
前衛の複数人と一部の感覚を共有することで、連携の密度を更に上げることができる。縁の繋がっている仲間達との総力戦で、女神を押し切る。
前衛が入れ替わり立ち替わり斬り込み、ルファルカや管理者の放つ魔弾、セレーナの閃光やニコラスの加速刃が飛び交い爆裂する。
ニコラスはウィリアムの手に向かって導線を伸ばし、予告の魔力を送ってから術を発動させる。加速した弾体は正しく転位させられ、あらぬ方向から導線の予告なしで女神に向かって撃ち込まれていた。
身体を僅かに掠める。そこにオルネヴィアのブレスとローレッタの斬撃とが重なった。
止めている。逆手に伸ばした糸の剣と、魔力を纏った糸の壁だ。
攻撃を仕掛けたら深入りはせずに即座に回避。当人の動きを封じても糸車や放射した魔力を基点に糸を生成してくるからだ。
当然のように死角から反撃が来る。二人が回避するよりも早く、低い姿勢からベルザリオが滑り込みながら爪を振るい、ウィリアムが結晶を転位させて立て続けに攻め立てる。
が、攻められながらも糸の矢と刃とが飛び交う。互いに攻めながらも守り、守りながらも同時に反撃を繰り出すという目まぐるしい攻防となった。
ウィリアムとニコラス。二人が前に出て固有魔法を叩き込み、仲間達の連携の密度を更にイライザが後押しする総力戦。イリクシアの身体を誰かの攻撃が掠めるような、際どい瞬間が次第に増えていった。




