第368話 それでも言葉を紡いで
グライフは真っ向から斬り込んでいく。女神相手だからとか、器がクレアだからという想いもまだある、が。そうした感情を諸共振り切り、初撃は小細工無し、手加減も無しの宝剣に魔力刃を展開させての一撃を選んだ。
クレアの言い残したことを信頼するが故。そして、皆が戦いに続けるように、という考えからの一撃だ。精霊であるとかそうした上位存在が発した口約束というものは信用できる、という話をロナやクレアからも聞いている。
女神の、というよりも、その言葉を信用すればこそだ。
「その意気やよし」
迎え撃ったのは糸車から放たれた斬撃だ。閃光のような光刃がグライフの斬撃とぶつかり合って弾ける。
重い。模擬戦でクレアの糸刃と斬り合ったこともあるが、単純な威力という点ではその上を行くだろう。直撃すれば恐らく、その鋭さから考えても身体を両断されてもおかしくはない。だが。
斬撃をぶつけ合った衝撃に合わせて身体を転身。もう一方の手で逆手に握った竜爪の刃を身体に隠して振り抜く。それを――。
女神は人差し指と親指の間に張った糸で受け止めていた。止まらない。そのまま両手の剣を用いて連撃を繰り出すが、女神は浮遊したまま一定の距離を保ち、小さな糸を刃として飛ばしてグライフの斬撃に合わせて弾く。下から上へ。指でなぞるような仕草を見せれば糸の刃が間欠泉のように噴き上がる。
避けている。神気の動きが大きく、予告されているという印象を受けた。敢えて見せている。どのぐらいなら対処できるのか。力の差を見せつけられて心折れずにいられるのか。
試されているように感じた。グライフが天を衝くような一撃を避けると同時に、セレーナが切り込んでくる。セレーナもまず、初手で閃光のような刺突を繰り出していた。
グライフを支援するのと同時に、イリクシアの対応を見るためだ。
それを――イリクシアは避けたのではなく、受け止めていた。糸を編むことで形成される防壁を以って、面で受け止めた形。だが、それを成そうとするのなら、セレーナの撃ちこんでくるタイミングと刺突の軌道を完璧に読んでいたということになる。
しかも開けた空間だ。糸を張り巡らせているわけではなく、立て看板のように地面から形成された糸の立体物に、強靭さという性質を付与してセレーナの一撃を受け止めている。
その異常な過程を――セレーナの目には読み取ることが出来ている。
「真実を見通す目か。裁きと公正の神、ルヴィアナの遺した因子よな」
イリクシアは少し懐かしそうに一瞬笑う。因子魔法は神々が人に遺していったものだ。
「運命から可能性を読み取っている! 物量と範囲、波状攻撃で対応!」
「承知しましたわ!」
イリクシアから自身の固有魔法、因子魔法のルーツを語られても、何をしているのかをグライフから伝えられても、セレーナも臆さない。グライフに続けとばかりに二人がかりで切り込んでいく。
「言っておく。人の器の顕現では、我にもできることには限界がある。即ち、巫女クレアの延長上の力だ」
「道理で、馴染みのある戦い方だと思いましたわ!」
神族と言っても完全に隔絶した力をぶつけてくるわけではない。それを知ったところで、何一つ安心できる情報ではない。クレアの将来的な可能性を引き出している、というようなものだろうから、ただでさえ卓越した魔法技能を持っているクレアの力を、更に伸ばした先の力で戦っているということになる。
そこに――ルファルカも加わった。空を飛んでいるためにグライフともセレーナとも動線がぶつかり合わない。空からの斬撃と射撃をイリクシアに浴びせる。
イリクシアは見もしない。地面から少し浮遊したまま、ほとんど身体を動かすこともなく、糸矢をぶつけて射撃を相殺。糸車からの細かな斬撃がルファルカの光の刃とぶつかり合って攻撃を押し留める。それを、3対1という状況で表情も変えずに行って見せた。
「大技! 後ろに回避!」
セレーナが叫べば、攻めていた全員が後ろに跳ぶ。糸車が光を放ち、イリクシアの周辺に光の渦が噴き上がった。切り刻むにしろ絡めとるにしろ、吞み込まれたら終わりという一撃だっただろう。だが、まだ終わっていない。
噴き上がった糸は空中に拡がり、雨のように降り注いでくる。それを――。
「私達で止めるわ!」
ディアナとシルヴィアが受け止めていた。クレールを倒して魔力を大きく消耗もしたが、クレアから魔力を回復させるためのポーションは渡されている。魔力を戻すための時間は十分に貰った。空中に多重結界を張って、降り注ぐ光の雨を耐える。
「っ……これは……!」
無数の糸矢の波長が次々と変わって結界を侵蝕し、穿ち、すり抜けようとしてくる。ディアナとシルヴィアも各々、自分の持てる手札から次々と結界の対応に変化を与えることで結界が撃ち抜かれることを最小限に防ぐ。
それでも、いくつかの矢はすり抜けてくる。それを更にイライザが補って押し留める。
「姫様をお返し願おう!」
光の雨が結界に阻まれるその只中。ローレッタとオルネヴィアが一塊になってグライフ達と入れ替わるようにイリクシアに突っ込んでいた。更には塔の管理者も今度は射撃ではなく、自ら刃を展開して突撃を敢行している。
「女神の言っていることに嘘はありません、兄様」
「信じよう」
ローレッタとオルネヴィア、それに管理者の波状攻撃の中に混ぜ込むように。ウィリアムの固有魔法が叩き込まれていた。それでも身体ではなく足を狙うように結晶を撃ち込んだのはクレアに対する心配があったからだろう。浮遊している女神の足を狙ったところで機動力を削ぐ形にならないのだろうが、手傷を負わせることには繋がる。
が――イリクシアは身体を回転させるようにしてウィリアムの座標攻撃を避けている。そればかりか、出現した結晶を糸で括ると、ウィリアムに向かって高速で撃ち返してきた。
咄嗟に剣を振るって飛来した結晶弾を撃ち落とすも、固有魔法で送り込んだ物体を撃ち返してくるなどという反撃をされたのは初めてのことだ。魔力の感知網を広げているわけではなく、やはり運命を読み取っているからとしか言いようのない反撃法だった。
「はじめまして。クレアと申します。あなたが――ルゼロフ王の守護獣ですね」
ルゼロフ=エルカディウス。エルカディウス最後の国王にして、ゴルトヴァールの主と伝えられた人物の名だ。
クレアの問いに、それは答えない。初めからクレアを敵と見定めているのか、それとも話す機能自体を持たないのか。
一方で、それもそうかとも思う。アルヴィレトの者達は他の守護獣達と共にゴルトヴァールがその範囲を広げないように封印した。ルゼロフ王やその守護獣からしてみたら、裏切り者という括りになるのかも知れない。
それでも。クレアは言葉を紡いだ。幸福を、民を守るためにという願いから、ゴルトヴァールを維持してきたそれを、単なる歪みや失敗だと断じることはしたくなかったからだ。戦いを避けられない相手だと分かっていても。
距離を取って対峙するクレアと守護獣と。両者の魔力が高まっていく。
精神世界であって通常の空間とは異なる場所ではあるのだろうが、普段と変わらず同様に振舞うことができる。感覚も、魔力の動きも、そしてクレアにできることも。何も変わらない。
女神の作り出した空間故だろう。守護獣の統制を受けていた女神は、自分が間に割って入ったことで限定的ながら行動の自由を得た。だから――神の役割に忠実であり、人の願いを叶えるためにクレア達の考えも、ルゼロフ王やゴルトヴァールの在り方も見た上で、公平に動く。その結果がこの試練だ。
女神だけでなく守護獣にも、示さねばならない。世界は終わりなどしていないし、永劫の都がなくとも人は生きていけるのだと。幸福の形はルゼロフ王や守護獣が思っているようなものではないのだと。
そうして魔力の高まりが空間を揺らがせる中で、守護獣は一瞬ゆらりと上体を動し、次の瞬間、一気に間合いを潰して踏み込んできた。




