表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

362/407

第361話 強い意志の下に

 ……――意識が現実に戻ってくる。

 運命に触れる力と言えば良いのか。行使するならば意識や魔力の行使の仕方を切り替える必要があるし、そうなっている状態であるなら用いる対象は一人も二人も同じことだ。

 クレアの縁の糸は塔の外にも伸びて――トラヴィスの居場所を今もウィリアムに伝えている。


 塔の外での戦いに関して、今できることはした。

 術の維持はするが後はセレーナ達に任せるしかなく――ここからは自分もエルンストに集中すべきだ。今垣間見たことが事実であるならば、恐らくここからは戦いの質が変わる。

 クレアが外に対して動いていたのと同じように。エルンストも今まではクレアに対してまだ利用価値があると判断していたのだから。だが、ここからは。


 クレアは――静かに身構えて眼前の男を見やる。エルンストは身体の周囲に黄金の粒子で防壁を纏っているものの、動いてはいない。静かに俯いて、自身の顔半分を覆うように手を当てている。


 先程までとは空気が違う。管理者もそれを感じ取ったのか、ちりちりと高まる魔力の中で、エルンストを観察しつつ、自身も魔力を高めているようだった。


「……見たな、貴様」


 静かに言う。


 指の間から、憤怒とも憎悪の込められた眼差しがクレアを捉える。クレアは――臆することもなく、真っ向からそれを見据えた。


「目的や狙い以上のものを、見るつもりもなかったのですが……」


 目的や狙い。その動機そのものが。根深くエルンストの生き方に結びついていたという、そういう話だ。


 見られたことは伝わる。位置を探っただけのトラヴィスとは違う。向こうもまた、クレアの何かを垣間見たのかも知れないが、それはエルンストにとってはどうでもいいことだった。


 ここまでは――クレアに利用価値があると判断していたから、積極的に殺しに来てはいなかった。ここからは、恐らく違う。


 渦巻く粒子がその速度を少しずつ増している。内側で練られる魔力の増大。そして。


 一気に間合いを潰すようにエルンストが踏み込んでくる。クレアも管理者も同時に動いた。瞬時に踏み込んだ爆発的な加速に、管理者の放つ光弾の対応が追い付いていない。

 が、正面から最短で突っ込んでくることを予測していたクレアは、自身の背後から糸矢を集束させるように撃ち込みつつ、自身は後方に跳んでいた。黄金の斬撃が糸を払い、寸前までクレアのいた空間を薙ぐ。


 右に左に、重さを消したクレアが慣性を無視するように複雑な軌道を描きつつ跳んで、黄金の粒子を四肢に纏ったエルンストが力技で鋭角に曲がりながらも追う。


 追われる形で跳び回りながらも、クレア自身は常にエルンストの方向を真っ直ぐに見据えている。糸での機動に姿勢は関係ないからだ。両腕を振るえば性質変化を重ねられた糸矢が幾重にも放たれる。雷矢、炎矢、魔封。爆裂。粘着。多彩な性質を宿した矢が軌道をジグザグに変化させて様々な角度から迫る。


 エルンストは魔力の増大に合わせるように、粒子を大きく、薄く広げて探知網の範囲を広げている。それによってクレアと管理者双方の弾幕に対応。自身の身体に近付く前に軌道を見切り、回避するか切り払うか、性質に合わせるように対応を変えながらも最短距離を突き抜けていく。


 斬撃。回転しながら回避しつつも、その動きに合わせるように糸の斬撃で反撃を見舞う。同時に左右側面――至近にファランクス人形達を出現させながらも、盾の打撃と槍の刺突を時間差で見舞う。空いた左手――ガントレットの側にも黄金の刃が生じた。剣舞は一瞬。ファランクス人形が胴薙ぎにされていく。左手の剣は再び消失。クレアを追って黄金の颶風が飛翔する。


 側面――エルンストの左手からクレアは集中的に弾幕を展開した。エルンストは舌打ちすると転身しながら右手に握る黄金の剣から粒子を噴出させて広範囲を薙ぎ払う。


 粒子に巻き込まれて、いくつも魔封結晶が弾けて散った。


「貴様……」


 エルンストはクレアの狙いに気付いたのだろう。その場にとどまってクレアの動きを観察する。


 そう。左手。左手だ。あのガントレットは帝国の宝物庫に眠っていた宝物を組み込んだもので。エルンストの身体に刻まれた後遺症が今も尚健在であるというのを示すものでもある。


 だからエルンストはガントレットに組み込まれた宝玉に損傷を受けることを嫌って、少し前の攻防の時も、そして今も左手側に来た攻撃を捌く時にも、ほんの僅か反応が遅れたり、今のように自然な対応からは少し外れたものになっていた。


 それに乗じてクレアは間合いを開いた形だ。


「貴方は――奪われる痛みだとか、理不尽をそれだけ嫌っていて、それだけの力もあるのに、どうしてその力で帝国を――」

「黙れ……! 貴様のような小娘に、理解できようはずもない」


 どうして、その力で帝国を変えようとしなかったのか。クレアの言葉は途中で遮られる。切り込んでくるエルンストの目には憎悪と殺意だけがあった。


 エルンストの置かれていた境遇。暗殺や暗闘。皇帝となった後も奪う側でい続けなければならないと考えたこと。それは理解した。理解はしたが、共感や肯定はできない。奪われることの辛さも悲しみも、知っていたのに。誰かに手を差し伸べたりすることもできたはずなのに。自分に並ぶ強さの者はいなかったのに。エルンストはそうはしなかった。

 帝国の積み上げてきた歴史をそのままに受け入れ、沢山の人々から奪い、焼き払い、その犠牲の上に自分が高みに立つという選択をしたのだ。


 ルードヴォルグに対してもだ。諫言されたことで自身の生き方や築き上げてきたものを否定させないためにああした。

 エルンストが討伐した領域主は、呪法を操ることを得意としていた。滅びる時に凶悪な呪いを残し、エルンストの左腕を侵蝕したのだ。


 それが後に諫言したルードヴォルグに対し、血縁であるということを利用し、呪いの一部を押し付けることに繋がる。トラヴィスの進言による部分もあるが、承諾したのはエルンストだ。ルードヴォルグは生かしておいても邪魔なだけだ。皇太子という立場だったからこそ、対立した時に捨て置けない。ならばただ始末するよりも利用価値を見出した方がいい。


 呪いを解く。奪われたものを取り戻す。エルンストはそのためならば邪魔をするものや自分から奪おうとするものを許しはしないし、止まることもない。


 そういう生き方や考え方は、きっと相容れないのだろう。同情も説得も、望んではいないし届かないのだろう。


 それに、なにがしかの言葉が僅かに届いたとしても、これまでに積み上げてきた人々の死や犠牲が。帝国の歴史エルンスト自身を踏みとどまらせることを許さない。

 それでも。否。だからこそ、それが悲しく、言わずにはいられなかった。肉親とすら競い合わせ蹴落とし合わせ、周囲の犠牲を積み上げた上に繁栄する。そんな帝国の在り方が、暗闘を呼び、その後のエルンストの生き方をも決定付けたのだと理解してしまったから。


 だから。ここで止める。過去を知ってしまったからこそ、より強い意志を以って。


 手の中にぐるぐると渦巻く糸の束を作り出す。


 魔力の高まり。感じたことのない魔力の波長に、エルンストは警戒しつつも斬り込んでいく。


 生かしてはおかないという、強い殺意に突き動かされるままに。

 上手く扱えばゴルトヴァールの心臓部、その制御を行う際の保険として機能すると思っていたが、こうなってはこの娘など、どうでもいい。


 あの記憶を。エルンストが失ったものを、知っている存在がいる。それ自体が我慢ならない。

 そうして――互いの強い意志の下に、クレアとエルンストは光芒の飛び交う中を交差する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
国すら奪われたクレアには近い境遇だけは理解できますが今の行いは理解し難いでしょうねえ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ