第357話 座標衝突
「そうか……。鍵の娘ならそういう事ができてもおかしくないか。運命の子。運命を操る力。融合した運命の分離とはね」
ローレッタ達を見てから、トラヴィスには思い至ったのか言う。運命の子という情報を知っていて、そこから推測したのだろう。それ以上の情報を知っているのか否かは定かではないが、クレールやエルンストの様子からすると、自分達の知らない情報を持っていてもおかしくはない。
「……その推測が当たっているかどうかはどうでもいい。どちらにせよ貴様のことは捨て置けん。ここで仕留めさせてもらう」
ローレッタは動じない。静かに言って剣を構える。自分に注目を集めさせておけば、こちらの切り札は隠しておける。オルネヴィアも獰猛な唸り声を上げながらもトラヴィスを見据えた。
「僕のことを知っていて、対策しているから勝てるっていうわけだ」
トラヴィスは薄く笑い、そうして懐から何かを取り出す。
「増幅器――!」
セレーナの声に全員が警戒度を上げる。魔力が膨れ上がったかと思った次の瞬間に、凄まじい速度でトラヴィスが踏み込んできた。ローレッタが咄嗟に剣で受ける。重い金属音が弾けて、トラヴィスが通り過ぎていた。
広場の地面を蹴り砕く程のパワーとスピード。セレーナは、そして他のものも、それを、その動きを知っていた。
「あれは――ヴァンデル皇子の……再現魔法……!?」
ヴァンデルの魔力の動き。増幅器ではなく再現魔法だ。
「はは。皇帝陛下にはもう開発はしなくて良いと言われていたんだけれどね。未完成品で出力も甘いけれど、とりあえず転移や門と違って反動も許容できる範囲、というところまでは来ている。切り札という奴だね。こっちなら――」
そう言って、剣を構える。
「――君達を皆殺しにできるかな?」
声だけを残して、爆発的な速度で斬り込んでくる。但し、動いているのはトラヴィスの片割れ、一人だけだ。もう一人は魔力を温存するというように再現魔法の魔法道具を手の中で弄びつつ、魔力障壁を展開して距離を取っている。要するに、ヴァンデルの力を再現して相手にだけ対応するための消耗戦を強いて、敗れたり反動ダメージが無視できないレベルになったりしたら、また自爆なりをさせてから自身の固有魔法で「補充」するのだろう。
実質的に分裂体の想像のために用いる一回分の魔力でいくらでも戦力を戻すことができるということだ。トラヴィスの固有魔法は、分裂に使われる一度一度の魔力消費は大きいから無尽蔵とまではいかないが、しかしそれでも常軌を逸した魔力運用効率と言える。
相対するローレッタとオルネヴィアは、2人でトラヴィスに応じる形をとった。側近達もまだ倒せていない。向こうがリスクを軽減するために二人がかりで来ないというのならここは変わらず。自分達で相手取るしかない。
「身体能力の増強と、回復能力ですわ……! 本物は自身の身体に魔力の鎧のようなものを纏っても来ました……!」
帝国騎士と切り結びながら、セレーナが警告する。
「そういうその子は多分、特殊な目だね。魔眼も使うのかな?」
片割れが後方に下がって観察に回れるようになった分、セレーナの固有魔法に対して何か発見があったのか、トラヴィスがそんな風に言った。セレーナと戦っている側近の騎士達にとってもそれで視線を合わせることに対する警戒度が上がる。
先程のような魔眼発動からの一撃は通じまい。いずれにせよ、情報を分析して伝える役割である以上、注目されるのは致し方ない。ウィリアム達にだけ注目が向かなければそれで良い。そう割り切って――セレーナは帝国騎士達に向かって踏み込んでいく。
前に出たトラヴィスは、凄まじい威力と速度の剣舞を見せる。対するはローレッタとオルネヴィア。片方が受け止め、片方が勢いを削ぐために攻撃を。反射速度そのものも増強されているのか、トラヴィスは二人の連携に対しても問題なく対応してくる。
重い衝撃音が幾度も響く。剣で受け止めて尚防殻まで響く一撃。ローレッタは技量で真っ向からはぶつからずに受け流し、オルネヴィアは竜の膂力を以って相殺することでそれに対抗する。
剣だけでなく、拳、蹴り。全てが武器だ。それに、戦いの中で手傷を負わせたとしても自爆が頭をちらつく。決めに行くことが出来ずにいるうちに、再生で回復されて斬り込んでくる。最初は攻守が入れ替わる場面もあったが、徐々にローレッタとオルネヴィアをして、防戦一方に追い込まれていく。
「これのオリジナルに勝ったというのだから――本当に、姫様には驚かされる……ッ!」
打ち込まれる斬撃を剣で受け止めるも、子供の身体故の体重の軽さと、後先を考えなくていいトラヴィス側の込めた魔力量故に押し負ける。大きく後ろに弾かれ、追撃に移ろうとするトラヴィスに向かってオルネヴィアが咆哮を上げて飛び込む。爪と剣がぶつかり合って、その間にローレッタも地面を蹴って反転。オルネヴィアが押し切られる前に自分も切り込んでいく。
裏拳を尾で受け止めながらも、オルネヴィアも成竜ではない身体の軽さ故に大きく後ろに弾かれる。直後、ローレッタが斬撃を見舞い、剣戟の音が響く。
オルネヴィアもまた翼をはためかせて即座に間髪を容れずに突っ込む。今度は連携攻撃。普通なら味方ごと切り裂いてしまうような斬撃や爪撃も、再現魔法とブーストによる異常な膂力と反射速度を以ってトラヴィスは単身で受け止め、障壁を内側から炸裂させるようにして二人を纏めて弾き飛ばして見せた。
荒い息を吐く二人に笑ってトラヴィスは飛び込んでいく。攻め立てる。攻め立てる。剣を叩きつけ、魔力弾を撃ち込み。
その猛攻を、二人で凌ぐ。やり過ごし、いなし、皮一枚で躱して、入れ替わり立ち替わり打ちかかっては弾かれながらも互いの隙を補い、防戦に追い込まれながらも隙あらば食い破るという反撃の構えを見せる。
苦しい展開の続く戦いの中で――ウィリアムはその状況に動けないことに歯噛みし、帝国の魔術師と魔法弾の撃ち合いに応じながらも動くための機を待っていた。
――機。それは今ではないのか、という考えがトラヴィスとの戦況を見て、幾度も頭をよぎる。
ローレッタやオルネヴィアが敗れてしまってからでは遅い。少なくとも、今後方に控えている方のトラヴィスに自分の固有魔法で奇襲を仕掛ければ。二人と戦っている方のトラヴィスは使い捨てにする前提で魔力を消耗しているから勝てる。
今この場での戦いには勝利を収めることができるはずだ。そうしたらどこかに隠れているトラヴィスは取り逃してしまうだろう。
だが、それ以前の問題として犠牲が出ない内に動くべきではないのか。
そういう考えがどうしても頭にちらついてしまう。
逸るな。仲間を信じろ。そう自分に言い聞かせ、苦しい戦況をこらえる。そうすることができたのは、クレアへの信頼が勝ったからであり、ローレッタとオルネヴィアも、自分の視線に気付いたのか、任せろというように笑って見せたからだ。
そうして、永劫に感じるような長く引き伸ばされた時間の後に。それは来た。
クレアからの連絡だ。クレアは探っていた。ゴルトヴァール内部にいる、隠れているトラヴィスの位置。通常の探知魔法ではない。姿を見せているトラヴィスは隠れているであろうトラヴィスの分裂体であり、不確定の同一存在。であれば、糸が分裂体に触れることで、運命の繋がりを探って、位置を辿ることができる。
その情報が、ウィリアムに伝えられてくる。隠れているトラヴィスの位置が――手に取るように分かった。
「来たか――!」
ウィリアムが叫ぶと同時に空中に何かを作り出す。そして「その瞬間」を狙って、ウィリアムはそれをその座標目掛けて「転送」した。
転位、転送は探知魔法などで察知することができる。転送先にいる者が送られてくる何かがあると察知することは可能だし、座標が衝突して破壊的なことにならないように回避することは、予期出来ていれば可能だっただろう。
但し、それは運命の力で座標を追われていない時の話。そして送られてくるものが普通の物体であった時の話だ。
転送先が何もない普通の空間であれば互いに影響はない。が、刃物等の物体を転送した時に、その座標等と肉体が重なっていればそのまま埋め込まれてしまう。物体の形状次第では簡単に切断や破壊を引き起こす。そういう危険を孕んだ術でもある。
では、送られてきたものが、爆裂し、膨張し、破片を撒き散らすような爆風。爆発する空間そのものであったら、重なった座標のものはどうなるか。
ウィリアムが転送したのは魔法道具で作り出した鉱山竜の爆裂結晶。一際大きなサイズのそれを固有魔法で包み、炸裂し、膨張する瞬間を狙ってトラヴィスのいる座標に向かって叩き込んだのだ。
それは正しく、必殺の一撃として機能した。トラヴィスの分裂体は違和感を覚えて、退避しようとはしたのだ。だが、それすら間に合わない。わけのわからないままに爆裂と内外から「衝突」して文字通りに粉砕された。




