第355話 塔の管理者
ゴーレム兵達を破壊しながらも上階へと駆けるエルンスト。その背に向かって糸矢を放ちながら追えば、金色の獣がその爪を振るって弾いた。
金色の獣はエルンストから一定以上には離れない。獣の形を取らせることである程度は射程を伸ばせるが、やはり射程距離自体はそれほど長くはないようではある。
しかし……やはり魔法生物としての性質も備えているようで、エルンストの統制を受けていなくともある程度の自律行動を行うことができるようだ。単純に近付いた時の手数が増え、死角が少なくなるし連携もしてくるが、エルンストの金色の粒子が形成していることを考えるなら、爪や牙ではないからと身体に触れることにすら危険が伴うだろう。
エルンストが、ここに来て単身で結界塔に突入したのも、仲間と密集して戦うのは向いていない固有魔法だからに他ならない。自律行動で背後を守れるから、そもそも仲間を必要としない。
金色粒子の防壁にしてもそうだ。恐らく防御方法は認識して対応しているのではなく、術式による自動防御。隠蔽しながら放った矢は獣をすり抜けてエルンストの視覚外からその踵や脇腹に目掛けて叩き込まれたが、エルンストの魔力に触れた、とクレアが感知した次の瞬間に刃となった粒子によって切り払われていた。
周囲に展開している粒子に触れた後から対応されている。監獄島でネストールに探知された時と同じで、触れれば反応する。だから隠蔽していても関係がないということだ。
エルンストは――あくまで結界の解除を最優先で動いている。行く手を遮るゴーレム兵達を切り払おうと突っ込もうとするが――。
「その男に近接戦闘は無謀です! 防壁を張り、遠距離攻撃で対処を!」
クレアが叫ぶと、その声はゴーレム兵達に届いたのか、槍の穂先から光弾を放ち、剣を振るって三日月型の斬撃を飛ばしてエルンストを迎え撃っていた。
光弾も斬撃も、エルンストは無視した。粒子防壁で散らして突き進み――。ゴーレム兵達が数体がかりで作り上げた防壁と激突して火花を散らす。即座の突破は無理だと判断したのか、そこで足を止めた。
即座にクレアの糸矢が殺到し、幾本かは防壁の守りを突破してエルンストが黄金の剣で切り払う。
「防衛機構に指示が届くとはな」
その時だ。6階――先に続く階段から何かが姿を現す。ゴーレム兵とも守り人とも少し毛色の違う魔法生物がそこに立っていた。
人型ではある。女神像のような造形の魔法生物だ。金属光沢を持った身体だが、ゴーレム兵とは素材が違うようだし、保有している魔力量も比べ物にならない。
「塔の管理者か」
エルンストが静かに言って剣を構える。
「侵入者の排除に協力します。ルファルカさんと約束してここに来ました」
「……守り人ルファルカとの魔法契約は承知している。――王家の血縁者であることも確認。申請に応じ、一時的な協力体制を敷き、侵入者の排除を実行する」
クレアが叫ぶと、それは無機質な声で言った。
全く感情を感じさせないものではあるが、人と接触して街の諸問題を解決するための役割を与えられた守り人とは違うということなのだろう。自律行動していて会話は可能だが、完全な結界塔そのものの防衛機能でもある。
そして、その防衛機構からエルカディウスの王族の血縁であると真っ向から伝えられたような形になる。事前の情報からそうだろうと予測はついていたが、裏付けが取れた。ルファルカがそこに言及しなかったのは――そういう管理側との直接的な接触を想定した役割ではないからか。或いはそういう部分を加味せずに人物や状況を見て判断できるように塔の管理者とは違う判断基準を持っていた方が安全、と言うことかも知れない。
ゴーレム兵達を護衛にしながらも、塔の管理者が腕を振るうと結界塔の内部の壁に複雑な光のラインが走り、いくつもの光の魔法陣が浮かんだ。塔内部そのものが防衛機構ということだ。
エルンストは管理者とも二度目の対峙であるからか、慌てたところもない。一度目は塔の最上階で管理者と守り人を同時に撃破しているのだから。クレアと同時に相手取っても勝てると踏んでいるのか。それともそれだけ結界を解くことを最優先にしているのか。
金色の獣に背後を守らせつつも、管理者とクレアの双方に対応するために黄金の剣を構える。
全員が機を窺いながらも魔力を練り上げていく。ビリビリとした剣呑な魔力の高まりの中で――最初に仕掛けたのは管理者だった。腕を振るえば連動するように壁の魔力ラインが光り、魔法陣から光弾がエルンストに向かって降り注ぐ。
当然のように全方位から降り注ぐ光弾に、エルンストが対応して見せる。粒子防壁が光弾を斬り伏せるように動いて――その直後に糸矢が粒子の形勢した刃が通り過ぎた直後の空間を通すように撃ち込まれていた。
先程のようにエルンスト自身が動いて黄金の剣で切り払う。
粒子防壁に対応するのであれば、刃を形成して動かした直後の空白地帯に叩き込めばいい。ある程度の粒子が集まって動くのだから、物量で以って押すというのは有効ということだ。或いは、細かな粒子では払い切れない威力を持たせるか、強固な武器や防具を以って貫くか。
クレアは距離を取ってエルンストの固有魔法特性を観察しながらも更に5階の内部に糸を伸ばし、広げていく。
エルンストはそれを見て取ると、糸ごと切り払うように黄金の剣を振るう。距離は取っていたが、それが巨大な黄金の斬撃となってクレアの方に向かって迫ってくる。
糸で空中に跳んで、回避。そこから更に糸で引っ張られるようにしてことで、不自然にその軌道を変えながらも、空中で静止した。
全てを同時に切断されることのないように、全方位に魔力の糸を伸ばし、選択的に実体化や変質をさせているのだ。
「……なるほどな。貴様であれば、ネストールやヴァンデルらが敗れるのも納得のいく話ではあるか。情報を与える前に……手足の一本でも落としておかないと面倒そうだ」
そう言って。初めてエルンストはクレアに向き直り、背後の管理者達に金色の獣が相対する。クレアを危険な相手と認めたのだろう。二度も金色粒子の防御を抜いて、エルンスト本体まで攻撃を届かせて見せたのだから。
周囲に渦巻く黄金を立ち昇らせるとクレアに向かって真っすぐ突っ込んでくる。
クレアは――接近される前に糸で跳ぶ。暴風のようなそれが空間ごと薙いで通り過ぎていき、エルンストは天井を足場にクレアを追随するように跳んだ。
追ってくるエルンストに向かい、糸矢での応射を見舞う。最初から分厚く渦巻くように展開された金色の暴風をそれで破ることはできないが、貫通させることを目的に放ったものではない。どこまでも伸縮し、切断しにくい性質を与えられたそれらは、暴風に巻き込まれながらも幾重にも螺旋状に絡む。
それを見て取った瞬間に、エルンストは両腕を広げるような仕草を見せた。爆発的に渦が広がり、糸も撓んで広がる。螺旋に巻き取られる前に脱出。
暴風の守りが解除されたそこに、管理者の光弾とクレアの糸が放たれていた。物量。威力共に十分なもので――空中にいるエルンストは避けられるタイミングでもない。
が――エルンストは金色の粒子で足場を形成すると弾幕の薄いところに向かって自ら突っ込む。黄金の剣で切り払って突破して見せた。
凄まじい剣閃。固有魔法抜きにしても研鑽や実戦に身を置いてきた証明ではある。悪辣で非道ではあるのは疑いようもないが、権力者という立場に甘んじてきただけではないというのが窺えた。




