第354話 分裂体の性質
2人に分かれたトラヴィスが剣を携えて突っ込んでくる。迎え撃つのはローレッタとオルネヴィアだ。
トラヴィスは同じ構え、同じ動きを見せたかと思うと、激突する寸前に片方はそのまま切り込み、もう片方は魔力障壁を以って剣を合わせようとしたローレッタの動きを妨害する。
最初からそうすると示し合わせていたような動き。が、阻害された動きを補うようにオルネヴィアが割って入って一撃を受け止めていた。入れ替わるようにローレッタが斬り込んだ時には、トラヴィスもまた入れ替わり、片方が姿勢を低くしながらもオルネヴィアに斬り込んでくる。
それを――ローレッタが刺突を繰り出して阻害。絡み合うような形になってから一斉に飛び退り、即座に反転。今度はローレッタとオルネヴィアが、自分からトラヴィス達をそれぞれ目標に見定め、斬り込んでいく。
ローレッタとオルネヴィアだから対処できているが、トラヴィス達は連携の速度が異常だ。意志疎通しているか、意識統一されているか。そうでないと説明のつかない動きをしている。
だから、1対1の状況に持ち込むことでそれをさせない。仮に意識が統一……1つの意識の下に制御しているというのであれば、別個の相手と戦いになることで少しはその動きにも陰りや変化が見えるだろうし、別個の戦いにおいて遜色のない動きをしているのなら各個体が個別に意志を持っていて、その上で意志疎通しているなり、自分ならこうするという確信のもとに行動や連携が可能なのだろうという推測が成り立つ。
そしてもう1つ。確認しておかなければならないことがある。
高速で剣戟の音が響き渡る。トラヴィスは剣も魔法も使えるようで、身体強化や魔力障壁を用いた近接戦闘で以って二人に応じる。技量で勝るローレッタとトラヴィスが切り結ぶことができるのは、反応速度や膂力の強化、所々での魔法行使によるところが大きいか。技術戦に虚実を織り交ぜて相手の裏をかくような戦い。
オルネヴィアとの戦いの場合は、力と反応速度のぶつかり合いになって、2組の戦いの毛色はがらりとその様相が変化している。
オルネヴィアは身体が小さくなっているので、竜らしく膂力や質量に任せて押し切るというのは、今は難しい。だが、凄まじい勢いと速度に任せて互いに爪と剣とを叩きつけ合う。
そうやってトラヴィス達と切り結ぶ中でローレッタとオルネヴィアは一瞬の間隙をついてトラヴィスの服の一部だけを狙って斬り飛ばした。
ローレッタとオルネヴィアは魔力による合図を用いて、互いに仕掛けるタイミングが近しくなるよう示し合わせた形だ。ほとんど同じタイミングであったのは――やはり身体と戦いを共有していたというのが大きい。
まず衣服などの一部を切り取ることで、増殖した部位がどうなっているのかを見極める。上手くすればそれで本物がどちらかを見極めることもできると考えてのことだ。分裂するのなら尚のこと、最初にフード付きの外套を脱ぐ必要などなかった。それは多分、外套の一部を斬られたり破損したりすることで見分けが付きやすくならないようにという狙いだったのではないかとローレッタ達は考えた。
だが――その結果はどちらも塵のようになって消えていく、というものだった。
「はは。なるほどね」
大きく後ろに跳んだローレッタ達は追わず、その試みを理解したというようにトラヴィスは少し離れたところで笑う。
「ご期待に沿える結果か分からないけれど、分裂している時は不確定なんだ」
「どちらが本物とか、偽物とか。そういうの、ないんだよね」
だから。身に着けたものも固有魔法に巻き込んで増えるし、魔法の効果範囲――恐らく身体から離れれば消失する。そういうことなのだろうと、その戦いを観察していたウィリアムは思う。
二人とも本物でも偽者でもないから、統一された意識のようなものもない。
そしてその不確定という言葉に偽りがないのなら、分裂体は残らず仕留めなければならない、と言うことだ。
仮にどちらかが殺された時にどちらかが本物か確定するというのであれば、そうなった時にはトラヴィスはまた分裂体を作り出すだろう。魔力が持つ限りはそうする。
問題は――距離や数に制限があるのか、という話だ。少なくともそれらに上限はあるだろう。制限がないなら研究所に常駐しながら他の場所でも活動できるということだから。
では、数は。あまり多くは増やせまい。それができるなら5人でも6人でも数的有利を作り、自身の不確定性――つまりは安全性を高めるはずなのだ。
いずれにせよ、この場にいるトラヴィスを全員同時に始末したところで、それでトラヴィスの打倒が確実だと言える保障はない。例えば、戦いの場に出てくる前に分裂体を1人どこか街中に残して隠れている、というのは十分に有り得る話だからだ。それが可能であるというのなら、トラヴィスはそうするだろう。想像以上に凶悪で厄介な能力だと言えた。
クレアとエルンストが対峙したことで、塔侵攻の足が止まる。同時に塔の上階から白銀のゴーレム兵が駆け下りてきて、クレアとゴーレム兵でエルンストを挟撃するような立ち位置となった。エルンストはクレアから視線を外さず、黄金の粒子で形成した獣に背後を守らせて剣を構えている。
ロナの操星弾で作った星座の獣は魔法生物としての特性を備えていて、ある程度の自律的な行動を行う。それを前提にするなら、エルンストの獣もそういうものだと思っておくべきだろう。
ゴーレム兵達は、帽子を被った衛兵を想起させるデザインだ。丸眼鏡のような目を備えており、それぞれに槍や剣を手にしている。
無機質な目でエルンストとクレアを見やるも、クレアはルファルカから許可を貰っているという魔法契約的な部分があるからか、それとも出自に由来してのものか、すぐにエルンストにだけ集中して攻撃的な魔力を向けて身構えていた。
クレアは――腕を交差させ掌を下に向けた姿勢のまま、糸を結界塔の内部に広げていく。床の溝に沿って急速に糸は広がり、張り巡らされていく。
が、エルンストの固有魔法は殺傷力の高い範囲攻撃。閉所で糸を張り巡らせただけで優位に立てるわけでもない。それでも広く展開しておくのは、張り巡らせた糸を切断された場合のリカバリーを早くするためだ。
結界塔は広く、天井も高い。ゴーレム兵達を展開して守りやすくするためでもあるのだろうが、クレアが立体的な動きをしながら戦うのにも適している。
少なくとも場所的な不利はない。
――そしてゴーレム兵の動きに合わせるように、クレアもエルンストも動いた。
斬り込んでいくゴーレム兵の動きに合わせて、糸矢を死角から叩き込む形。しかも斜め後方から頭部や足元を狙って等、非常に見切りにくい。が、エルンストは一瞥すらせずにそれに対応してみせた。粒子が渦巻いて細かな刃を形成し、迎撃したのだ。クレアの糸矢もまた、粒子に触れたことを感知している。
つまりは、攻撃手段であり探知手段。触れたものを削り取る攻勢防壁であり探知網だ。
粒子という違いはあるが、攻撃、防御、探知を兼任するというのはクレアやトリネッドの糸に少し似た使い方だと言える。
その上で、どう攻略すべきか。破壊力は集まる質量次第だ。防殻でそれをどの程度防げるのか。こちらの攻撃で守りを突破できるのか。戦いの中で観察しなければならない。
背後から迫っていたゴーレム兵達は数体が金色の獣に向かい、抜けた者がエルンストへと向かう。金色の獣は爪を振るってゴーレム兵を文字通りに粉砕した。
突き込まれる槍は足元から渦巻くように放たれた金色の粒子に呑まれて削り取られ、振り返りながらの一閃でゴーレム兵が胴薙ぎに断ち切られる。
粒子が攻性防壁として機能し、本体も攻撃に集中できるが故の動き。
凄まじい破壊力を有している。細かな粒子の刃はともかく、獣や黄金の剣の一撃はまともに防ぐのは難しいと思われた。
「糸を張り巡らせて場を支配するか。面倒なことだ」
クレアの糸の特性から、簡単に仕留められるような相手ではないと判断したのか、身を翻すと獣に背を守らせながら上階に向かって走る。先に結界を破壊するつもりなのか、場所を移すことでクレアの攻撃手段を制限するつもりなのか。クレアは糸を先へ先へと伸ばしながらも一定の距離を取ってエルンストを追撃する動きを見せた。




