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第353話 過去と絆と

「貴様のような小娘に――!」


 剣戟の音が響く。セレーナと相対するのは帝国騎士3人だ。シルヴィアとディアナの結界を破壊しようと向かってきた者達と相対している形だ。最精鋭であることを考えるなら、セレーナ1人で3人を押し留めているのは驚異的と言える。


 本当は、結界破壊に向かってきた者達はもう1人いたのだ。多勢に無勢と見るや否や、セレーナは初手で間合いの外から閃光のような刺突を繰り出した。結界を破壊しようと気を取られていた帝国騎士は側面から魔道具ごと撃ち抜かれて広場に転がっている。


 その一撃は、自分を無視して結界の破壊などさせないという意思表示でもある。セレーナは正面以外の周辺視野でも物体や魔力の動きを精密に追うことができる。セレーナを足止めして無視して結界を壊そうとするのなら他の者との戦いの最中でも攻防の中に混ぜる形での狙撃ができるという自負があった。


 それで帝国騎士達の顔色が変わったのも事実だ。

 注視して動きを見ていなければ避けることは困難。精鋭の帝国騎士をしてそう思わせるだけの速度と精度であったのだ。


 入れ代わり立ち代わり、或いは2対1以上の状況を維持するように動く帝国騎士に対し、セレーナは流れるような動きで立ち回る。

 帝国騎士は――セレーナを攻め切れない。大樹海の魔物相手に修行をしていたということもあり、多対一に慣れている動きということもあるが、竜牙の細剣に十分な魔力を纏わせたままで切り結んでおり、クレアの感覚で例えるなら絶えず銃口を突きつけているような状態だ。それが解放される瞬間に注視していなければ回避は覚束ない。


 加えて、動きを全て見切っているかのような精度で動きや魔法に対処してくる。恐らく、1対1で対峙したのならとっくに斬り伏せられているだろう。


 故に、帝国騎士達も思い切った動きができず、多勢であっても攻め切れなかった。最初に刺し貫かれた男は防殻や防具をあっさりと貫通されたのだ。まともに防御はできない。


 セレーナとしてもそれでいい。シルヴィア達を守り、邪魔者への介入をさせない。その上で一人一人確実に仕留めて数を減らすことを念頭に入れている。


 エルンストの側近達との戦いに対しては、若干の数的不利が生じるのは致し方ない。

 クレアは広場に糸を残して支援できるようにしてくれているが、エルンストとの戦いに集中させてやりたい。トラヴィスは固有魔法持ち。クレールは自由にさせるわけにはいかない。複数人で当たるべき相手だ。


 であれば、自分やルシアといった固有魔法や実力のある者、それにシルヴィアの護衛であるジュディスや、グライフの兄弟子、エルランドといった反抗組織――アルヴィレトの騎士達を中心に敵を引き付け、味方の戦いをより有利に運んでやる必要があった。


 剣戟の音が絶え間なく響き、魔弾が飛来する3人の騎士達による波状攻撃。その中で。


 迫ってくる魔弾を一つ選びとり、セレーナは魔弾の飛来に合わせ、軌道と全く同じ方向の――後方へと跳ぶ。


 回避は間に合わない。命中する――。帝国騎士は確信するが、セレーナもまた込められた魔力量や波長から問題のない牽制の魔弾だと見切っていた。防殻の魔法道具による防御でそれを防ぎながら、顔の高さで大きく剣を引いて構える。


 小規模な爆風の隙間からセレーナのその構えが目に入った瞬間、帝国騎士達の視線と意識はそこに集中する。セレーナの魔眼は、その瞬間に解き放たれた。


 アルヴィレトの幻術を応用したもので、相手の意識を幻惑する魔眼だ。多くの魔力を消費する魔眼術故、発動は一瞬。しかしセレーナはその攻撃の性質上、それで事足りる。一瞬動きの固まった3人の内、一番手強いと思った男に向けて必殺の一撃を繰り出す。


「な――」


 困惑の声が漏れる。帝国騎士達の認識が通常に戻った瞬間に見たのは、セレーナが閃光の刺突を既に繰り出した後の体勢と、その一撃で倒れ伏していく仲間だった。

 騎士達からすると、攻撃の瞬間を見ることすらできずに手練れがやられたということになる、衝撃を受けているところに、セレーナは細剣に再度魔力を集めながらも更に斬り込んでいった。




 シルヴィアとディアナの周囲。張られた結界のあちらこちらに光点が生じて、侵蝕するように広がろうとする。

 が、ディアナがそれに応じるように杖を振るうと侵蝕しようとしていた光が砕け散る。防護結界を別の結界で上書き、侵蝕しようとしたクレールに対して、対抗術式を組み上げて対応した形。


 シルヴィアがオフェンス。クレールの周囲に向けて光弾を放ち、拳を握り込めば時間差でいくつもの爆発が起こる。立て続けに衝撃を与えてクレールの防御を貫こうとした形だ。


 クレールも戦いが始まった当初は戦場の他の者にも魔法を用いようとしていたが、二人が攻防をそれぞれに受け持つようになってからは流石に他の者までは手が回らなくなった。


 シルヴィアが攻撃に集中する中で、それを捌く手を止めて他にちょっかいを出せば、その瞬間にディアナも攻撃に転じてくるからだ。そうなれば如何にクレールと言えど、防ぎ切るのは難しい。それだけシルヴィアの結界破りの術が多彩で苛烈と言うことでもある。ディアナの防御術もだ。クレールが崩せると思ったものを幾度も跳ね返されており、その研鑽や研究のほどが窺える。


「ここまでお二方が戦いの術を身に着けておられるとは――驚きですな!」

「研鑽を怠れば、仲間が命を落とすのだから当然でしょう!」

「国を追われた無力感や後悔、追手の恐怖なんて――味わってみなければ分からないわ」


 逃亡の中でもシルヴィアは今をまだ逃げている誰かを守り、状況を打破するために反抗組織を作り上げて戦いの中に身を投じた。

 ディアナは共に逃げている仲間を守るために隠れて過ごしていたが、それを完璧なものにし、次があれば勝つために、対帝国を想定した魔法研究をずっと続けてきたのだ。


 クレールも確かにアルヴィレトにおいては天才と謳われていた魔術師でもある。未だにシルヴィア達を相手にしても、1対1ならば実力差があった。

 彼しか知らない、或いは行使の難しいアルヴィレト式の魔法もある。が、国を出て帝国に身を寄せてからの過ごし方は二人とはかなり違った。


 研究はしていた、が。それはエルカディウスに関する文献や出土品に関するものであったり、エルンストの求める魔法技術に関するもので。自らが戦いの場に立って求められる技術を研鑽していたかというとそれは違う。


 だが、二人の実戦的な研鑽が、工夫が。ぶつけられる術から、二人を守る結界術から、随所に見て取ることができるのだ。防いだと思った術が結界を食い破ろうとしてくる。突破したかと思えばのらりくらりと変化して凌がれる。そんなことが幾度も幾度も重なる。


 久しく覚えていない感情を喚起される。苛立たしさを感じた。シルヴィアとディアナを見ていると、どうしても星見の塔で過ごした時代を思い出す。姉妹はアマンダとも仲が良かった。アマンダと共に穏やかに笑っていた平和な光景を、どうしても思い出す。


 あの頃の、穏やかに笑っていた姉妹が。迷いのない強い眼差しと共に、自分を打ち倒すための術をぶつけてくる。押し潰そうとする術を阻む。


 それが、気に食わない。記憶の中にいるアマンダまでもが自分に非難の眼差しを向けているような気がして。


 アマンダはきっと、喜ばない。そんなことは分かっている。国王らも祭壇を、封印を守り、運命の子に永劫の都を暴かせるような真似はさせまい。

 地下に隠されていた古文書を解読し、生き返らせる可能性や手立て、希望を見出したあの日から、幾度も考えた。考えたのだ。

 それでも尚。あの人に生きていて欲しいと全てを投げ打った。選択をした。それはもう覆らない。後戻りはできない。今までしてきたことを無駄にしたら、何のために裏切ったのかすら分からなくなる。


 だから。だから。だから。


「邪魔立てをしないで頂きたい! 後、少しなのだ! 後少しで、手が届くのだ……!」


 慟哭するように吠える。激情に身を任せて、その魔力を身体から立ち昇らせるように噴出させた。


「ぐっ!」


 守りを固めるディアナが結界にかかる膨大な圧力に顔をしかめる。掌を握り込むように突き出すクレールの動きに連動するように、押し潰すような力が殺到していた。


「姉様――!」

「私は……大、丈夫! 貴女も! 成すべきことに、集中、なさい!」


 思わず姉を助けようとするシルヴィアに、ディアナは叫ぶことでそれを拒絶した。拒絶し、結界を支える力を噴出させていく。


 シルヴィアは――ディアナを信じた。成すべきことは何か。状況の変化。それを正確に把握し、クレールの防御を打ち破ることだ。だから、シルヴィアは魔弾を浴びせながらも観察する。

 クレールは結界を打ち破ろうとしながらも防御を解いていないが――それだけだ。力技による結界破壊に注力しながらも、複雑な防御術までは構築していない。歯噛みし、自分達を見ようともせずにただただ膨大な魔力を噴出させている。それはこれ以上自分達を見たくない。受け入れたくないという、過去の拒絶に思えた。


 だからシルヴィアも牽制の魔弾だけは断続的に放ちながらも、自身の魔力を練り上げて術式を構築していく。


 焦るな。姉は。ディアナが大丈夫だというのなら大丈夫。いつだってそうだった。だから、今も信じる。凌ぎ切ると、信じる。

背中を、命を預けて、自分は自分の成すべきことに集中しろ。


 そう言い聞かせ。シルヴィアは術式を構築していく。クレアやロナと魔法技術を交換し、それを下地にした術だ。アルヴィレトと、魔女――娘の知識の融合。


 ディアナとクレールがぶつけ合った魔力の余波、周囲に拡散した魔力に干渉。散らばった星屑を集めるように自身の魔力と共に一点に集約させていく。


 操星弾。クレアの師、ロナは星に見立てた魔法を使うという。だから。星見の塔で学んだ術師として、シルヴィアもその術と星見の塔の術を下地に、一つの魔法を組み上げた。星々は他の強い星に絶えず影響を受ける。大きく強い星を中心に、さながら一つの渦を作るのだ。


 散った魔力を星々に見立て、螺旋を描いて集める。集め、集めて、一つに紡いでいく。実戦で行使するには未完成の術だ。時間がかかりすぎるという点で。だが、今ならば。

 軋むような重圧。結界を食い破ろうと飛び散る火花。その中で。


「は、ああああああああああああッ!」

「ぐう、ううおぉぉおあおああッ!」


 ディアナと、クレールの、裂帛の気合と咆哮とが重なる。力と力。意志と意志のぶつかり合い。その天秤は、僅かにディアナに傾いた。


 結界にかかる圧力が僅かに揺らいだのだ。その瞬間を、ディアナは見逃さなかった。


「今ッ!!」


 姉の声。それを信じ、シルヴィアもまた、高めていた力を解き放つ。


「螺旋を成し、穿て、星々よ!」


 集約された力が解き放たれる。眩い白光が螺旋を描きながらクレールに向かって撃ちだされる。


「お、おおおおおおっ!」


 クレールは迫るそれを展開した多重結界を前方に集中させて受け止める。攻防が入れ替わる形。ディアナは最低限の防御結界を維持しながらも膝をつく。そんな姉を背中に感じながらもシルヴィアもまた杖を突き出し、力の放出と制御を続ける。

 姉は間違いなく自分を守ってくれた。今も横槍を入れさせまいとしてくれている。だから、自分が仕損じるわけにはいかない。


 力と力が激突する。一枚。二枚。クレールの展開した強固な結界をあっさりと打ち抜き、砕き散らし、巻き込んで突き抜けていく。三枚、四枚。最後の一枚と激突。巨大な火花を散らし、螺旋の光が結界に亀裂を走らせていく。


「こん、な。こんな馬鹿なこと、が! ぐ、うううおおおぉぁッ!」」


 力を集約させたとはいえ、ただ一発の魔法弾にこれほどの力があるものなのか。結界を破ったとしても、それは確実に力を削いでいく構成式になっているのだ。クレールの多重結界は、考え得る限りの絶対的な防御であった。守りを完璧にしていたからこそ、力技を仕掛けたのだ。その、はずなのに。


「つら、ぬけええぇええええッ!」


 負けない。姉に、娘に。夫に。仲間達に託されて、自分は今この場に立っているのだから。シルヴィアの咆哮と共に杖を突き出す。


 新たな結界を構築しようとして。クレールの四肢から力が抜ける。

 均衡が崩れた。結界が打ち破られて、ひしゃげ、拮抗していた力が砕けて爆発が起こる。轟音と閃光。爆風の中で木切れのようにクレールの身体が大きく宙を舞った。

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― 新着の感想 ―
 研鑽を続け、各地を転戦してきたシルヴィアやセレーナが、『過去』にすがり、他を見ない帝国勢を倒すのは当然ですね。
ママンの柔軟性の勝ちぃ〜。
セレーナ、ほんとにすごく成長しましたねえ 他対一で危なげなく圧倒するとは アルヴィレトの対決は過ごしてきた日々の積み重ねが出ましたか
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