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第350話 黄金の粒子

仲間達を糸繭から出しながらも、舞い降りるように広場へと降下する。広場を挟んで向かい側。クレア達が広場に到着するのとほとんど同時にエルンスト達が出現していた。


 感知から可能な限り早く反応し、可能な限り最速での移動ではあっただろう。クレア達の方が先に相手の出現位置を捕捉しているが、再現魔法での移動自体をフェイントに使ってくる可能性もある。一気に距離を詰めての最速での先制攻撃、とまではいかない。それでも。最初にすべきことがある。クレアは空中から出現地点へと糸を伸ばしていた。


 一方でエルンスト達は出現と同時に状況把握をすることから始めなければならなかった。だから。一瞬だけ対応が遅れた。何か奇妙な魔力がすぐ近くで感じられて。エルンスト達は各々防殻を纏って防御の構えを見せる。その刹那の隙を縫うようにエルンスト達の中から再現魔法を使ったばかりの子供が糸に引っ張られて頭上へと舞い上がっていく。


 エルンストはそれを視界の端で追うも、手出しはしなかった。自身の防御と状況把握を優先させたためだ。事実、エルンストが空へと舞い上がった子供へ攻撃を繰り出すなら死角から攻撃を撃ち込む用意はしている。


 クレアとしては――彼らと共に移動してくるであろう再現魔法の人員を救出するなら最初で最後のチャンスと思っていた。何せ、隠蔽結界なども出現した瞬間は展開していないのだから。魔力から相手の魔力の多寡を判別することもできる。出現地点へ糸を伸ばし、状況把握をする前に再現魔法を使える者や使った者を救出するなら、このタイミングしかない。


 糸から糸へ引かれて、子供達は途中で眠りの魔法をかけられながらも、救護班の待っている建物へと送られていった。再現魔法を使った者もポーション等で一先ずの治療が受けられる手筈だ。


「糸……。糸の固有魔法か。今の術を使ったのは鍵の娘――お前だな?」


 地面に降り立ったエルンストは静かに言う。クレアは偽装を施してはいるものの、エルンストは一同の中からクレアだけをしっかりと見据えていた。子供達の救出の代償は、」糸の固有魔法だと発覚したこと。それから、それを使うのが一同の中の誰であるか、というところだろうか。


 それでも人質として使われたり、再現魔法で逃げられるよりは面倒がなくていい。どうせ戦いになれば糸の固有魔法であることもすぐに把握されるのだし。


「再現魔法を使える方々は――もうあなた方の中にはいないようですね」

「さてな。別の場所に予備を待機させているやも知れんぞ」


 エルンストは笑って肩を竦めて見せる。そう言いながらも周囲の状況を進めている節があった。

 距離としてはエルンスト達の方が結界塔に近い。エルンスト達は出来る限り結界塔の近くに移動してきて、クレア達は対応と救出をするためにそれに合わせてある程度安全な距離をとる必要があったからだ。

 エルンストの攻撃速度は相当なものだし、トラヴィスの固有魔法の有無などもまだ不明。クレールやその他の側近達もまだ同行しているから迂闊には踏み込むわけにはいかない。


「足止めしておけ」

「はっ」


 言いながらエルンストはクレア達に背を向けると、クレールが静かに応じてクレア達を見据えながら身構える。トラヴィスやクレール、側近達に足止めを命じ、自身は結界を解除に向かうつもりのようだ。


「この期に及んで……子や残った部下さえ捨て駒にすると?」

「くく。どちらにせよ結界を開かなければ目的は果たされんのでな。不老不死が実現できるのなら、死者の復活とて可能であろうよ」

「復活――」


 クレアは目を見開くも、かぶりを振った。


 そんなことが可能なのだとしても。恐らくろくな結果は待っていない。踏み越えるべきではない領分、というものはある。


 クレアが空間に張られた糸に指をかけると、結界塔に入ろうとするエルンストに向かって糸矢が放たれる。対応を見るためのものだが、視界に入りにくいであろう角度から防殻貫通の術が付与されたものを複数放っている。一本でも見逃せばどこかしらに手傷は負う。


 対応するのなら回避するか、防殻以外の手段で防ぐかになるが――。


 エルンストが腕を振るえば、金色の粒子のようなものが渦を巻いて、糸矢が撃ち落とされていた。

 エルンストの固有魔法。片鱗は見せていたし、ルーファスやローレッタから話は聞いていた。糸を撃ち落としたそれは――薙ぎ払うかのような軌道で動いていたように感じられる。複数の糸矢は同時ではなく、僅かな時間差があった。問題はその時間差だ。


 攻撃された速度と順番から推測するに、攻撃の起点を複数作れる特性がある。恐らく本人の身体からではなく、身体の周囲に範囲内に展開している。

 再現魔法で出現した直後は接近する正体不明の魔力を感知していたのに、対応のためには使わなかった。密集していたから仲間を巻き込むことを嫌ったためだだろう。


「――この場はお任せしても良いでしょうか?」

「行くのですね」

「はい。一人で結界塔を突破できるのでしたら、どの道結界塔で好きにさせたら時間の問題ですから」


 自分が結界塔に立ち入る、立ち入らないは関係ない。であれば、ルファルカから既に許可を貰っている自分ならば、侵入者であるエルンストに対して塔の防衛戦力を利用しながら立ち回ることができる。


「こちらのことは任せておけ。借りを返さなければならない相手もいるしな」

「ご武運を」


 そんな仲間達の声を受けながらも、クレアは箒で空中に飛び出す。


「っ! みすみす後を追わせはしませんぞ、殿下」


 クレールが杖を振るえば結界が展開される。されようとして、弾かれた。


「な――」


 クレアが飛行する軌道上に、既に結界が構築されていたためだ。広場に出てくるのであれば、そういう展開になると最初から予想した上で結界を構築している。


 そうして、クレアは結界塔の入り口から糸を伸ばし、内部の状況を確認しながら踏み込む。

 結界塔内部は青白い光のラインが壁や床の装飾に沿って複雑に走っている。エルカディウスの魔法技術が使われた空間だ。以前墓守と戦った古代遺跡にも少し似ているだろうか。結界塔内部は広間の端に螺旋階段状に続く通路があり、上階に続いていた。破壊された白銀色のゴーレムは、防衛戦力の一部だろう。


 クレアは糸を先行させながらも、箒に乗ったまま滑るように飛んで上階へと向かった。エルンストの動きは早い。既に結界塔の一本を踏破していて慎重にならずとも進めると踏んでいるのか、それとも敵足り得るのは特筆すべき戦力だけなのか。


 2階、3階と破壊の痕跡を残しながらも先へ先へと進んでいる。クレアが追い付いたのは柱の立ち並ぶ4階の広間だ。金色の粒子が、はっきりとした形を見せながらゴーレムを薙いでいく。その背にクレアは糸矢を叩き込んでいた。


 背後にも金色の疾風が奔り、糸矢が撃ち落とされる。


「……足止めも満足にできんとはな」


 遅れて後ろを見やり、エルンストがつまらなそうに呟く。


「……なるほど。それがあなたの固有魔法ですか」


 クレアの視線はエルンストの傍らに注がれている。エルンストの足元を舞う粒子が集まり、何か――金色の獣のような姿を形成していた。


「破壊力を伴う金色の粒子。それに対して具体的な形を与えることで寓意魔法として威力を底上げしている。だから金獅子帝、ですか。入口付近では獣の一部――爪か何かを形成して薙ぎ払ったというわけですね」


 攻撃の起点が見えないのも周囲から発生するため。本体に集中していれば死角から攻撃を高速で叩き込まれる。後には金色の風のようなものが認識されるだけだ。

 ルーファスやローレッタをして認識できない程の速度で形成と霧散を行うというのは――間違いなく鍛錬を重ねた結果だろう。


「……一人で来るとはな。事ここに至っては貴様など防衛機構の暴走を防ぎ、システムの安定性を高める程度の意味合いしかない」

「安定性?」

「そうだ。エルカディウスの王族である貴様が、外で蛮族達の中に紛れていれば、防衛機構はそれを感知して取り戻そうと内外問わず攻撃を始めるだろうからな。とはいえ、防衛機構は年月からか、まともに動いていないようだが」

「それもクレールの齎した情報ですか」


 無差別攻撃が始まっては展開している帝国軍や、侵入している自分達の行動にも支障が出る。だから足止めをさせることで頃合いを図りながらもクレアを内部に引き込もうとしたのだ。

 結局のところクレアはエルンストの予想を超える速度で追いついたし、内部の防衛機構も機能不全に陥っているようではあるが。


「重要なのは――貴様を生かしておくかどうかだ。利用価値はまだあるが、手足の一本や二本ぐらいはなくなっても問題はなかろう」


 粒子が渦巻き、エルンストの手の中に黄金の剣が形成されていく。クレアも静かに両手を前に出して交差させ、静かな構えを見せた。

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― 新着の感想 ―
 不老不死やら死者の復活は「システムを掌握したら、ついでに可能になるであろう」という言い方に感じるな。やはり本命は別にあるのかな。
 死者蘇生。こうした願いの対象だと奥さんとかかな? もっともそれを成すために積み上げられた様々な労力や犠牲を思えば、到底共感はできないけど。  胸の前で両手を交差、そしてこの状況…( ´-ω-)月に…
いよいよ大将同士の戦いになりますかー 死者蘇生とか人類のやってはいけないリスト上位に入ってそうな野望を聞いたら止めておかなきゃまずい奴ですねー
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