第349話 囮
エルンストがゴルトヴァールに引き連れてきたのは、近衛騎士、宮廷魔術師達で構成された精鋭部隊と、再現魔法の使用者達だ。
再現魔法を扱う者達は魔法処置を施された非戦闘員ではあるが、部隊を構成する者達は最精鋭と言えるだろう。
増幅器を使った再現魔法で連れ歩ける程度の部隊規模ではあるものの、ゴルトヴァールでの探索や戦闘を想定しているということもあって、エルンストからの信を得ている者達でもある。
近衛騎士達は隊列を組んで大通りを行く。隠蔽や認識偽装の結界を張っているが、そうしなくても住民達は近衛騎士達にほとんど興味を示さないだろう。
実際ゴルトヴァールにやって来た時もそうだった。帝国騎士達は威圧感もある集団であるが、それを目にしたはずなのにいないもののようにすぐ脇を通り過ぎたり、物珍しそうに一瞥する者もいた程度だったのだ。
接触してくるでもなく、談笑したり、浮かれた様子で街を歩いていたりと、いった様子。各々の幸福な記憶、幸福な時間に浸っているのだろうとクレールは言っていた。
「薄気味の悪い連中だ」
「そうだな。だがまあ、こちらに対して無害だと分かっているならどうということもない」
先頭を行く騎士達が周囲を警戒しつつも言う。エルンスト達がゴルトヴァールの異常性を目にしてから最初に行ったのは、住民達を使って行った実験だった。
住民達は傷つけたとしても報復してくるわけでもなく、記憶と符合しない程現実と記憶が乖離してしまった場合、殺さずとも消滅してから再生されて、その間の記憶も保持していない。
騎士達としても確かにこの状態になりたいとは思わないが、制御できるのであるなら話は別だ。
不老不死。不滅。永遠の命。或いは民の完全な統制と服従。そこから発展させれば死ぬことのない無敵の兵士というのも有り得るか。
自分達とていくらでも利用法は思いつくのだ。エルンストやトラヴィスであれば、もっと多くの利用法を考えつき、実現していけるはずだ。帝国の力を注ぎこんでこの場所を目指した理由もわかるというものだ。
そうした魔法技術もそうだが、武器や財宝の類も相当なものがあるのではないだろうかと、騎士達は結界の向こうに聳える城を見上げる。
人通りの多い道を選んで大通りから大通りへ。曲がって結界塔へと繋がる通りへと差し掛かる。警戒しながらも通りを進んでいた、その時だ。何か――何かが結界塔の方向から飛来してくる。それは金属光沢の、丸い仮面のようなもので頭をすっぽりと覆っている何かだった。腕を組んだ姿勢のまま空中を飛行してくると、帝国軍からの攻撃に対処できる距離を保ちながらぴたりと空中に静止する。
「そこで止まれ」
仮面の人物――ルファルカが言った。
「ゴルトヴァールの防衛戦力か」
「このまま引き返し、都から立ち去れ。結界塔の破壊とあちら側への侵入を目論んでいるようだが、貴様らのようなものが触れていい場所ではない」
ルファルカがそう言うも、帝国騎士は薄く笑った。
「遺跡の墓守風情が笑わせる。あちらの結界塔にいた貴様のお仲間は、既に陛下に屠られたぞ」
「貴様も邪魔立てするならすぐに後を追わせてやる」
「……そうか」
帝国騎士達の返答に、ルファルカが呟く。彼らが嘘をついていないとするならば、塔の防衛戦力だけではエルンストは止められないのだろうと、静かに分析する。
もう一本の結界塔にも守り人がいたし、他にも防衛戦力は配置されていたはずだ。それでも止まらなかった。
帝国軍が自分を見ても驚いていないのはそれが理由だろう。既に倒された後で、戦闘能力のほども見えたと。
冷静に分析しながらも、心の内ではざわめくものがある。守り人と言っても管轄区画が違えば、話をするわけでも親しくしているわけでもないしそうする理由もない。
それでもだ。こんな者達に同族が破壊されたということに――そう。腹立たしく思っている……のかも知れない。これも、ルファルカにとっては生まれて初めての情動ではある。
「……警告はした。では、お前達を排除する」
ルファルカが構えを取って魔力を高めれば、帝国騎士達も身構える。結界塔で待ち構えていたもう1人の守り人とは違い、今度は上空を自由に飛行している守り人だ。飛行をまずどうにかしなければならない。
が、ルファルカの後方――遠くから迫ってくる複数の守り人の姿に、その場にいた者達は驚きの表情を浮かべて身構えた。
帝国騎士達、魔術師達の意識が、そちらに逸れる。
その瞬間、ルファルカが手を横に振るえば、横合いから帝国軍の戦列に何か――閃光が走る。
「何っ!」
飛来したそれに帝国の部隊から声が上がる。閃光の正体は無数の小さな刃だった。一度は通り過ぎるもルファルカの手の動きに合わせるように空中を舞い、再び先頭にいる者達を中心に狙いを定め、帝国部隊に刃が襲い掛かる。
「ちっ!」
刃は正確にゴルトヴァールの住民を避けて、飛来してくる。それを見て取った帝国部隊が住民を盾にするように動いて――。
あちこちから苦悶の声が上がった。きょとんとしていて状況を掴めていないという様子だったゴルトヴァールの住民達から、突然の攻撃を受けたのだ。
正確には、幻影によってゴルトヴァール住民の皮を被っていたクレアの仲間達から、だが。
森で木々を囮にしたのと似たような手ではある。森を隠すなら木。人を隠すなら街だ。
人払いの結界効果は住民にも有効だった。ならば住民を移動させて、そこに人員を配置した上で幻術を被せて待ち構えればいい。
帝国の方針と実際の行動から進軍ルートを予測し、部隊を展開して待ち伏せを行う。帝国としてはクレア達と共に部隊展開できるほどの大人数が来ているというのも予想外ではあるだろう。
姿を見せて意識を引き付けたルファルカは囮で、遠くから飛来する守り人は幻影。彼らを攻撃していた刃はそもそもニコラスの固有魔法。だから――住民達からは攻撃されない。彼らは安全で盾にだって利用できると思い込んだ。
その結果が、間合いの内側に踏み込まれての奇襲だ。
クレア達の奇襲の目的は単純明瞭。救出だ。
「えっ!?」
「うわっ!」
悲鳴が起こると同時に、再現魔法を使える非戦闘員が空中に連れ去られる。ルファルカやニコラスの固有魔法も意識を逸らす囮だ。
クレアの糸を非戦闘員だと見定めていた相手に接続し、ある程度のリスクを承知で羽根の呪いをかけて空中に吊り上げたような形だ。
「奴らの目的はそちらか!」
「おのれ!」
迷うことなく空中を舞う彼らに杖を向ける魔術師。守れなさそうな時は攻撃を仕掛けろという方針だ。そうすれば守ろうとする鍵の娘に対して優位に立てるからと。だが、空中に連れ去られる相手に対して妨害できる手札というのも遠距離からのものに限られる。放った魔法は空中に展開された防護結界によって阻まれていた。頭上に広がって展開していた糸が結界を発動させて防いだ形だ。上下に分断した形。
救出作戦は上手くいっている。眠りの魔法を掛けながら再現魔法を使える人員を連れ去り、仲間のいる建物の屋上に隠す手筈。
だが、ここまでやってエルンスト達が動かないというのは――。
「来ます」
糸繭によって連れていた部隊は通りに展開したが、クレア達は結界塔側への探知を切らしていない。クレア自身は糸を遠隔で操りながら待機し、どこに現れても対応できるようにしていた。結界塔の近くに再現魔法による移動の予兆を捉えると、クレアは短く言って、糸に飛び乗り、仲間達と共に予兆のある方向――結界塔の近くに向けて一気に跳んだ。




