第347話 友誼と信用を
地上での戦いが行われている頃。クレア達は永劫の都ゴルトヴァールの結界塔の一角――その近くに陣取り、帝国の動きを探りながら待機をしていた。
結界塔は2本。敵側にウィリアムの再現魔法を使える者がいるのならあまり動き回らず、確実に敵の目標と分かっている場所を監視している方が得策だ。動き回れば裏をかかれる可能性があるし、手分けすると戦力が分散されてしまう。
幸い、再現魔法を使った場合は出現地点に魔力の変化が生じるし、再び姿を消すには隠蔽結界を張り直さなければならない。そういう意味では向こうも自分達が一方的に捕捉されることを危惧し、軽々には使えないはずだ。
或いは捕捉されることを承知で使ってくることも考えられるが、その場合は察知されることを逆手にとっての罠か、決着をつけるために姿を見せて来るかだろうとクレア達は見積もっている。
敵戦力で判明しているところではエルンスト、トラヴィス、クレールが要注意人物。その他に側近の精鋭達、再現魔法を使える人員を引き連れている。魔法技術の高いトラヴィス、クレールがいるというのが厄介なところだ。魔法道具などの備えは相応にあるものと考えられた。
何にせよもう片方の結界塔で動きがあれば、クレア達の待っている結界塔側にもアプローチを見せるだろう。
「――状況を整理するならこんなところでしょうか。戦力を分散させるよりもここで待ち構えるのが得策かと思われます」
「結界は越えられないのだな?」
ルファルカが問うと、ウィリアムが答える。
「ああ。ゴルトヴァールと外を繋ぐ通路だとか、開かれた城門のように、最初から通路になっていて結界に隙間があるならば話は別だが」
「それに関しては問題ない。結界の向こう側とは完全に隔絶されて、この都の永遠を保っている。だから我らのような守り人が置かれたのだ」
結界塔に向かって探知魔法を放ちつつルファルカと話をする。探知魔法は糸の先端から発動させることで探知自体に気付かれてもクレアの位置は掴めないように偽装もしている。だから、探知魔法も察知されることを前提にそれなりに強いものだ。
ともあれ出入りを想定していないから結界にも隙間がないというのはエルンストの侵入は結界塔攻略まで防げるということではある。
「結界の向こう側にあるのはお城の他に何かあるのかしら?」
シルヴィアが尋ねる。後々のことを考えるなら結界の向こう側の情報も集めておきたいところだ。エルンストの問題が解決しても永劫の都自体の問題が残っているから自分達も城側に向かう手立てや向かった後のことを視野に入れておく必要がある。
「神殿がある」
「神殿――何かの神様を祀っているのですか?」
クレアが尋ねるとルファルカは頷く。こめかみのあたりに指を当てて答えた。
「古き時代、神々が去る中で、最後に残った御神を祀る神殿。いと慈悲深き神の寝所、という情報がある。私には神々のことは分からないし、多くの情報は与えられていないのだが――そう。王が守護獣を得るというのも、元々は寝所の御神に倣ったものだな」
「……そうなのですか」
クレアはあまり表情に出さないまでも、内心で驚きつつ応じた。
そう。魔法はあるのに神々の奇跡だとか顕現だとか、そういうものはあまり聞かれない。神話や信仰対象はあっても、それに祈って奇跡が齎されたという事例が少なく、あっても信憑性が薄いものなのだ。
だとするなら神々が去ったというルファルカの言葉は興味深いものだ。去ったというのは死んだという意味の比喩なのかははっきりしないが。
それに、守護獣の話も。領域主と関係があるかも知れない。
「ちなみに、その守護獣というのはどんな姿なのです?」
「御神の守護獣は鳥だったという情報を持っている」
……鳥。恐らく天空の王だ、とクレア達は思う。
「守護獣……他にどんな姿をしていた方がいたのですか?」
「様々な獣、亜人の魔物種であったらしいが」
ルファルカが例を挙げた中には岩石系の魔物、植物系の魔物、霊魂のようなものと様々だが――狼や蜘蛛といった、孤狼やトリネッドではないかと思われるものも混じっている。他の面々も、クレアの知識にある領域主達と符合するところがあった。
やはり、領域主と呼ばれる者達はかつての守護獣ということで間違いが無いのだろう。永劫の都に対して行動の制限がかかっているあたり、子孫であるというよりは同一個体と見た方が辻褄も合う。
同種の仲間を持たない一種一個体なのは儀式や王の資質のようなものが既存の種族に何かの変化をもたらすのか、それとも特殊な個体がエルムと同じような生まれ方をするのか。そのあたりは定かではないが。
クレアの懐に身を潜ませているエルムも興味深そうにルファルカの話に耳を傾けているようだ。エルムは少なくともそういった儀式を経ての生まれではない。近しい存在なのだとするなら、領域主達から見ても更に特殊な出自ではあるのだろう。
ゴルトヴァールや守護獣、城の情報など、ルファルカに与えられている情報は限定的ではあるものの、十分意味のある内容だ。
これから城側、神殿等にも立ち入る必要性を考えるならば、何の知識も持たずに踏み込むよりはある程度推測ができるような情報があった方がいいに決まっている。いざという時の判断の正しさにも関わってくるだろうから。
そうやって話をしていると、ルファルカが少し緊迫した表情になって顔を上げる。
「あちら側の結界塔に異常が生じたようだ。要石が破壊されて機能停止した」
「……エルンスト達ですね」
「結界塔の守りを突破できるだけの力がある、ということなのだろう。都市防衛が一時的な機能不全に陥っていて回復出来ていない現状、私やもう一本の結界塔だけでは守り切れない可能性がある」
「そう……ですね。一本目の攻略で、彼らが消耗していることに期待したいところではあるのですが」
こちらが戦力を分散してしまう事であるとか、再現魔法による転位で裏をかかれてしまうことを危惧して片方の結界塔の監視に注力しているが、エルンスト達が結界塔の防衛戦力とぶつかって消耗してくれることを期待した部分もある。
それとは別に――クレアは自分がエルカディウスと関係がありそうなことから、結界塔に立ち入ると封印に影響を与えかねないと立ち入りを慎重にしている部分もあった。予期しないことで結界が解けて立ち入りできるようになっては目も当てられない。理想を言うなら結界塔の防衛戦力と自分達とでの挟撃ではあるのだが。
「お前達はその者達と敵対している、ということだったな」
「そうですね。彼らの排除に関してルファルカさん達に協力したいと思っています」
「良いだろう。隠蔽結界や探知魔法の精度からすると、力を貸してもらうというのが実際現実的だ。正直なところを言うならば、我らも今は手が足りない。与えられた使命に対して、我らだけで対処できないというのは、口惜しいことではあるが」
「では――」
と、クレアが手を差し出すと、ルファルカは首を傾げる。
「握手、というのはエルカディウスにはありませんか?」
「いや、ある。友誼や信用の確認の意味合いを持つやり取り、だったな。人と人の間で行われるものと思っていたが」
「ルファルカさんとは、言葉も交わせますし、私としては……そうやって使命に真摯な部分だとか人の幸せを理解したいと思うところは敬意を感じます。ですから、共闘してくれるというのでしたら」
独自の判断基準を持つと言っていたが、ゴルトヴァールの与える幸福以外にも目を向けて一定の理解を示してくれるというのなら、理解し合える部分はあるのではないか。立場が違うから話せないこともあるが、落としどころは見つけられると、クレアはそう思うのだ。
「わかった。では、帝国の者達の排除する協力を願おう。よろしく頼む、クレア」
「こちらこそ、よろしくお願いします、ルファルカさん」
クレアから握手を求められたルファルカは少し考えた後で頷くと、やがて静かにクレアと握手を交わすのであった。




