第346話 最後の守護獣
発掘兵器――白銀のエイのような姿をしているそれは、伸びた尾びれの先から魔力の光を噴出させる。
形勢されたそれは、さながら光の剣だ。黒い雷が混ざるような質感の刃。
鞭のように尾びれが動き、広大な空間を薙ぎ払うように斬撃を見舞う。天空の王は側面から大きく弧を描いて迫ってくるそれを急旋回しながら回避。錐揉み飛行で舞い上がる。
光の尾を引きながら白銀の発掘兵器が後を追う。戦闘機のドッグファイト――のようにはならない。両者ともどの方向を向いていたとしても相手の位置を探知できるし全方位への攻撃手段を持っているからだ。
従って、常に魔弾を撃ち合い、回避と防御をこなしながらの高速機動戦となる。
馬鹿げた威力と規模の雷槍が雨のように飛び交い、白光の魔弾がそれを撃ち落として空間に幾重にも爆風を重ねる。
弾幕の撃ちあいの中で互いの攻撃をすり抜けた弾丸を回避し、防壁や防殻で弾いて、急激な旋回から一瞬にして接近戦に転じる。
天空の王の鉤爪と発掘兵器の尾びれの剣が空間に残光を描きながら激突。凄まじい火花を散らして行き違う。離れ際にも魔弾を撃ちあい、爆風が広がり、それを突き抜ける無数の光芒の中をすり抜けるように泳いで。
どちらもすさまじいまでの能力を誇るが――天空の王としては発掘兵器の性能に一つ気がかりなことがあった。
高位個体ではある。が、古代の防衛兵器といってもここまで高性能ではなかったし、魔弾の質そのものが天空の王の記憶と少し違う。
改造されている、というのも少し違う。そう。恐らく外付けの力だ。瞬き一つで無数の魔弾と近接攻撃をやり取りする空中戦の中で、天空の王はその魔力の動き、流れを探知魔法で探る。
そう。最初は記憶との差異もさしてなかったように思う。発掘兵器の力が増大しているのだ。どこからか力の供給を受けている。その流れは地上から来ていた。眼下の大樹海。あちこちから力の流れが発掘兵器に集中している。
良い性質のものではない。剣呑で、冷たく、暗い魔力。
呪詛。慟哭。怨念。怨嗟。そういう性質のものが発掘兵器に纏わりつくように絡んで、その力を増強している。
その魔力の出所と性質まで探知能力で調べたところで、天空の王は帝国が発掘兵器に何をしたのかに気付く。
要するに――飛行船団は最初から捨て駒だったということだ。耐雷の防御であれ魔法毒であれ、少しでも天空の王の魔力を消耗させ、あわよくばダメージを与えられればそれで良い――というだけではない。
天空の王に返り討ちにされることを最初から想定し、彼らが死後に呪詛の発生装置となるように仕込みをしていた。そうでなければこれほどの速度で呪詛が発生し、力を宿すわけがない。死者の無念とて、通常なら呪いとして結実するには時間なりが必要なのだ。同時発生的にいくつもの呪詛が立ち昇ってくるなど、ありえない。
天空の王の推測は当たっていた。帝国は呪詛を研究していたのだ。皇太子ルードヴォルグに行われていた実験もそうだが、そこからのフィードバックによる呪詛技術だろう。
しかし直接的な呪詛は、天空の王が持つ性質上、無駄な事だった。
領域主達の中でも特殊な出自故に、天空の王に呪詛の類は届かない。だから、単に呪詛が天空の王に向いても無駄に終わる。
だが――偶然なのか、それともこの呪詛を構築した者が承知の上で狙ったものなのか。
それらの呪詛は天空の王に向かうことを諦め、その敵足り得る発掘兵器を強化する方向で恨みを晴らそうとしていた。発掘兵器に黒い靄が纏わりつき、白銀の身体に禍々しい黒い紋様が浮かび上がってくる。やがて、生物的な一つ目が黒い靄の中に形成されて天空の王を恨めしげに見やる。
愚かな事だ、と天空の王はそれを断じる。忌まわしいものに忌まわしい力を重ねて、それで首尾よく自分を打倒したとしても、後に残るのは呪詛に塗れた制御不能の兵器が残るだけだ。
いや、こうまでろくでもない手を使う相手なら、その後の手も用意しているのかも知れないが。
いずれにせよ、エルカディウスやゴルトヴァールがああなってしまったことも、この手の輩があの時代もいたからだろうと天空の王は思う。それが本質とは言わないし全てではないということも知っているが、度し難い業を抱えた者が混ざってくるのも事実。
天空の王は不快げに一声上げると、速度を上げて舞い上がるように飛んだ。姿を変じた発掘兵器もそれを追うように飛ぶ。
先程よりも威力を増した――黒い閃光が天空の王の背に向かって放たれる。天空の王もまた、出力を上げる。背後を一瞥もせずに広げた翼の後方から幾本もの雷槍が降り注ぎ、閃光とぶつかり合って空中に幾重にも爆風を生じさせた。
高速で旋回した天空の王が爆風を突き抜け、直下へと迫る。翼が眩く発光。鉤爪ではなく翼での斬撃。尾びれの剣を質力と速度、魔力の放出量といった力技で弾き返すと、本体に一撃を浴びせる。
凄まじい火花が空中に散った。浅い。普通なら今の一撃で終わっていただろう。
が、呪詛で強化された発掘兵器は反応速度も防御能力も強化されている。衝撃は通ったが破壊や切断には至らない。
発掘兵器――というよりそこに宿った呪詛――が攻撃を受けたことに怒りの咆哮を上げる。咆哮。そう。咆哮だ。乱杭歯を備えた口腔が単眼の下に開き、いよいよ化け物じみた姿に変じている。
感情のない兵器であったはずだ。だが、今は明らかに意思を感じる。つまり、恨みを晴らすと。
一撃を与えてすれ違った天空の王は僅かに振り返り、空中で向き直る。真っ向から見据えるその姿は、受けて立つという意思表示だ。
荒々しくではなく、優雅にすら感じさせる様でゆっくりと羽ばたく。だというのに凄まじい魔力の高まりと共に全身に雷を纏って光を放つ。その姿は神々しさすら感じさせるものだった。
そう。自身は模倣されたものではない最後の守護獣。主の威容、威光を体現する者。他の守護獣達とも出自を異にする存在。
故に恨みも畏怖も業も寄せ付けず、未だに力の及ぶ存在ではないと知らしめねばならない。呪詛の塊であっても人の意志が自身に挑むというのならば真っ向から打ち砕いて前に進むだけだ。それが自身の思う今の存在意義でもある。自身を打ち砕くものがあるとするなら、それはこのような矮小な意志であってはならない。
そんな天空の王の意志は呪詛にも伝わるのだろう。苛立たしげに咆哮すると、その場に滞空するように留まる。数の人間の呪詛を集束させた古代文明の兵器。禍々しい魔力を周囲に広げながらこちらもまた、凄まじい魔力の高まりを見せた。
乱杭歯の覗く口腔に、黒い光が宿り、周囲に火花が散る。大きく息を吸いこむようにして一瞬間を置いた後にそれは放たれた。
真正面。視界を埋め尽くすほどの、暗黒の光としか形容しようのないものが天空の王に向かって迫る。
天空の王は――放たれた後になって動く。滞空していたその場から、突然ブレるような恐ろしい速度で前に出た。
眩い輝きを纏ったそれが、暗黒の光と正面からぶつかる。暗黒の奔流に逆らって泳ぐように、それが迫る。
天空の王が身体の周囲に展開したそれは、結界だ。結界内の空間に満ちた高密度の魔力を寓意として気体に見立て、電離させたそれを荷電粒子に変じ、プラズマ化させる。
雷もまたプラズマの一種ではあるが、瞬間的な雷撃ではなく、プラズマ化した空間を身体の周囲に纏っている。結果、天空の王自体が巨大な光弾と化し、膨大な熱エネルギーを以って薙ぎ払う。
凄まじい熱量でありながらも外部に影響が出ないのは、結界で覆っているからだ。物体は魔法の発する膨大な熱量で溶かし切り、結界内に入った魔力は超高密度の魔力エネルギーと桁外れの制御能力で塗り潰す。
故に――結界にぶつかったものは何も残らない。暗黒の奔流をぶち抜きながら迫る光弾に――それは呪詛の身でありながら恐怖した。存在や意味ごと消失させるような馬鹿げた一撃に、呪詛となり果てた存在でありながら二度目の死、消滅を迎えることに恐怖したのだ。
先程とは違う意味での咆哮――悲鳴を上げて離脱する。
行き違う。飲み込まれた尾びれが魔力の剣ごと瞬間的に蒸発、焼失する。
助かった、わけではない。通り過ぎたそれが空中に重力や慣性等をまるで無視したジグザグの軌道を描いて戻ってくる。逃げる呪詛と、追跡する光弾。
追跡劇はあっという間に決着がついた。最高速度。瞬発力。小回り。それら全てを上回り、光弾が発掘兵器と呪詛の片翼を薙いでいく。絶叫。軌道を変えてもう一撃。今度は胴体への直撃。円型にぶち抜いたかと思えば、一切の痕跡すら残さないというように、二度、三度と鋭角の軌道を描いて縦横に空間を貫いて、発掘兵器と呪詛を欠片も残さず世界から消滅させた。
下から上へ。天高くまで舞い上がったところで術式が解除される。一瞬の光を放ち、翼を大きく広げた天空の王が、弾ける白光の中から再びその姿を見せた。




