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第344話 研鑽の理由

「ふむ。まあ、この辺で良いだろう」

「魔術師の類が護衛もつけずに私と戦う気か……。強力な魔女というのは認めるが……舐められたものだな」


 ロナと帝国の将は、邪魔が入らないよう帝国兵達のいる戦場から少し離れたところで相対した。


「別に侮っているわけじゃないさ。だがまあ、相性的な問題でね」


 そう言ってロナは肩を竦めた。将軍は眉をひそめるも何も言わずに剣を構える。対して、ロナは自然体だ。クレアが贈ってくれた竜素材の杖を静かに携えているが、特に構えているというわけでもない。


 次の瞬間、将軍が踏み込んでくる。それに合わせるように側面から光輝く操星弾が迎え撃つ。剣を振るって操星弾を弾き、その勢いのままに切り込む。


 対するロナはーー体捌きではなく、杖に魔力を集中させて斬撃を受け止めていた。流れるように巻き上げ、杖の逆端が跳ね上げられる。たっぷりと魔力の込められた一撃が、顎先を掠めて通り過ぎていく。


 将軍をして、慄然とする程の威力が秘められていた。

 そのまま、ロナは地面から少しだけ浮遊した状態で将軍と切り結ぶ。押した分だけ退き、退いた分だけ押してくるような、常に一定の間合いを保つような動き。剣と杖がぶつかり合う度に重い衝撃が将軍の腕に伝わってくる。


 魔力量が尋常ではない。女は間違いなく魔術職だ。それは将軍にも理解できるのに、近接戦闘においても凄まじい技量を持っているのが窺えた。


 そうやって将軍との近接戦闘を繰り広げながらも、横合い――木立の間に瞬く光が充填されていく。至近で剣を交えているから先程帝国魔術師隊の結界を破ったような十字砲火こそ鳴りを潜めているものの、間合いが離れれば増え続けていく瞬く光は一斉に自身に向かって叩き込まれるだろう。


 事実。星が増え始めてからロナは一定の間合いを保とうとするものの積極的には踏み込んでこない。増幅器で身体能力を底上げして責め立てるも、いなされ、狙いすまして間隙に叩き込まれる操星弾に攻撃を寸断されて、攻め切ることができない。しかもたかが魔弾。その一発一発が異常な重さと鋭さを宿している。


 戦いの主導権は既にロナが握っていた。あの結界破りの弾幕は、準備していたからだというのは分かる。待ち構えていたところに踏み込んでしまったからこそ、あんな膨大な量の弾幕を叩き込まれたのだ。


 しかし、これは違う。戦闘が始まってから術を展開し、増幅器の底上げを受けている自分との接近戦をこなしながら大量の魔弾を構築、待機させているということだ。


「お――おぉおおおぉッ!」


 咆哮する。咆哮しながら斬り込み、刺突を繰り出し、魔弾を放ち、瞬間的に形成する魔法の盾で叩き潰すように薙ぎ払う。

 が――通じない。斬撃も刺突も魔力を帯びた杖に受け流され、魔弾は魔弾で撃ち落とされて、近距離戦の隠し玉であった魔法盾は真っ向からかき消された。対抗術と言えばいいのか。剣技はまだわかるが、魔法では次元が違う。理解が及ばない。


 瞬間的な対抗術の構築は、クレアの隠蔽術を壊す修行で得られた副産物。応用技術だ。相手の術構築を見切り、瞬時に対抗術を組み上げて放ち合う。そういう訓練をクレアに課してきた生活が、ロナにとっての修行、更なる研鑽にもなっている。


 ここまでくれば将軍とて理解できる。魔女は、自分より格上。しかも遥かに。自分達が対領域主を想定してきたことを考えれば、化け物じみた強さだと言えた。


「こんな――こんな馬鹿なことがあり得るか……! 私は! 人生を剣に捧げてきたのだぞ……ッ!」


 或いは――ロナが普段の姿で現れた状態から若返るところを見せていれば。肝心の魔法技術が理解できるようなものであれば。将軍も冷静でいられたのかも知れない。しかし、自分とそう歳も離れていないように見える魔術師が武術や体術ですら増幅器を使っている自分を寄せ付けないともなれば、冷静ではいられなかった。


「そうするだけ理由が有る者ならみんな捧げるだろうよ。だがまあ」


 ロナの瞳が、将軍を値踏みするように見据える。


「帝国の道楽が理由で戦いに身を投じてた奴が捧げてきた研鑽なんて、そんなものさね」


 将軍を見据えるロナの目は底冷えするようなものだった。


 ロナとて、人生を一つの目標のために捧げてきた。友の死を嘲笑い、死者を弄ぶ。あの領域主を地獄に叩き落とす。それが――イルハインとの戦いで自分だけが生き延びてしまったロナが研鑽を続けてきた理由だ。


 ヴィクトールの肉体を奪ったイルハインをどうやって打倒するか。魔女の秘儀を使えばできる。それはすぐに思いついた。だが、自分が死ぬことを前提とした戦いに仲間を連れて行く気はなかった。だから一人で勝たねばならない。

 自分が剣技で押し切られては意味がない。まずイルハインを圧倒して、一度殺さなければいけない。その前に敗北するようでは、肉体を乗っ取らせて浄化の魔眼で肉体ごとイルハインの魂を焼くという作戦は取れない。


 だから。杖術も魔法も。若返った姿の時点で打倒できるようにと、研鑽に研鑽を重ねてきた。ヴィクトールの剣術を上回り、イルハインの使う魔法を打ち破り、その上でイルハインの特性を逆手に取る。そういう作戦だったのだ。


 いずれにせよ将軍の剣術はヴィクトールに及ばない。膂力も魔法も、増幅器を使って尚イルハインには届かない。焦点を当ててきたもの。動機から来る目標達成への執念。そういうものが、最初から将軍とは違う。


 将軍は剣と魔法をロナに向かって叩き込む。叩き込み続ける。

 そうし続けなければ終わりという状況だからだ。間断なく攻め立て続けているのに、追い込まれているのは将軍の方だ。ロナは地面から少し離れた高さを浮遊し、移動しながら体勢を崩すこともなくいなし続けている。


 ロナが有利に立っている理由はもう一つある。魔力が枯渇しないことだ。無数の輝きは同じペースで増え続けているというのに、ロナの魔力は一向に揺らがない。

 地脈からの魔力供給がそれを成しているが、将軍はそうではない。増幅器に魔力を溜めておけるからリソースは確かに多いが、それでも増幅器は勿論本人も魔力を使う。


 射撃が自由になる間合いまで離れられないし、押しても押し切れない。手応えのない、その攻防の中で。一瞬、大振りになったところを杖で受け流し、ロナが前に出る。

 間合いを詰めてはいる。しかし、将軍は見誤る。

 浮遊による上下移動を伴わない並行移動という見切りにくさもそうだが、ロナは前に出ながらも上半身を少し後ろに傾けることで間合いを誤認させている。加えて、ここに来るまで全く前に出てこなかったこと。


 それらが、将軍の感覚を狂わせ、判断を誤らせる。


 そこから、一気に姿勢を元に戻す。ロナが急激に間合いを詰めていたように将軍には感じられた。気付いた時には、間合いの内側にまで入られている。


 火の出るような至近距離。ロナの掌から魔力の衝撃波が将軍の鎧の胸元に向かって炸裂していた。

 爆ぜるような眩い閃光。将軍の身体は空中に向かって大きく吹き飛ばされていた。


 何が起こったか分からない。流れる景色の中に、こちらに向かって手を翳すロナと、木々の間に瞬く星の光が見える。


「待――」

「消えな」


 ロナが掌を握り込むように動かす。無数の瞬きが四方八方から将軍に向かって殺到した。エルンストのやり口を知った上で付き従い、帝国の上層にいる者になど、容赦するつもりはない。


「う、おおぉぉぉおおおっ!?」


 防御。増幅器の魔力を全開で使って、防御に徹する。殺到する操星弾によって挟み込まれる。炸裂する衝撃と、衝撃と、衝撃によって空中に磔にされる。打ち上げられて、全方位から弾幕を撃ち込まれ、落ちていくことも押し流されることすらもできない。


 防御壁を食い破らんとする衝撃による過負荷が、将軍の四肢にかかった。剣を取り落とし、両腕を大きく広げて押し潰されそうな負荷の中で魔力を放出し続ける。

 耐え、切れない。防御壁に亀裂が走り、将軍の理性の部分がもう無理だと判断した、次の瞬間に。


 防御壁が砕け、殺到する輝きが一点に集約するようにして、空中で大爆発を起こした。

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― 新着の感想 ―
 他者を踏みにじることに愉悦を覚えるような外道の研鑽に、ロナが圧される筈はないんだよね。その外道を瞬殺する為に人生を歩んできたようなものだし。況してやロナどころかイルハインの下位互換ですらない人間には…
研鑽を積んだ者同士で対峙したなら後は研鑽の密度と込められた思いの強さが結果に現れますよねえ
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