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第342話 発掘兵器

 トリネッドの出現と同時に孤狼が動く。咆哮を上げながら槍を持つ将軍に突っ込んでいき、槍の柄と防殻で受けた将軍を押し込むようにして他の将軍達との分断を図る。

 槍を持つ黒髪の将軍も、別にその動きには逆らわない。単独単身で戦う領域主達はともかく、多彩な術を保有していそうな魔女と連携されるのは拙い。


「それじゃ、あたしらはこっちかね」


 ロナは剣を持つ将軍を見やり、顎で少し離れた位置を示す。


「……いいだろう」


 将軍はロナの誘いに乗る形でそれに続いた。


「なら、私の相手はあなたね」

「領域主か。2体も同時に現れるとはな……」


残った将軍が言うも、トリネッドは愉快そうに笑った。


「あら。もう1人来ているわよ。私達を足止めするにしても手が足りないのではないかしらね」

「なに……?」


 楽しそうなトリネッドの言葉に帝国の将軍は身構えながら周囲を窺う。

 急速に周囲の湿気が増しているのが、皮膚感覚で分かった。霧と共に何かが森の奥から来るのが見える。木々の間を縫うようにして空を飛ぶ魚の群れが泳いでくる。

 普通の魚ではない。鋭い牙と刃物のようなヒレを備えた浮遊魚である。


 浮遊魚は――正確に帝国兵にだけ襲い掛かった。更なる援軍に帝国軍が混乱に陥る中、地面の下から飛び出した影がある。水中から水面へ飛びあがるように、弧を描き、地中に向かって飛び込んでいく。硬いはずの地面をまるで水のように泳ぐそれは、さながら人魚のような姿をしていた。


 深底の女王と、その眷属達だ。深底の女王はトリネッド達の戦況を見て取ると帝国兵達を狩る事にしたらしい。将軍達は一瞥しただけで素通りし、後続の帝国兵達へと向かう。

 自身が自由になる間に出来る限り邪魔な兵種や装備、物資を破壊し、侵攻能力そのものを奪うという考えだ。


「――あなた達。糧食を狙いなさいな。飢えれば侵攻も何もないでしょう。帝国軍のものは食いつくして構わない」


 風に乗って眷属に命を送る女王の声が将軍の耳に届く。


「おのれ――!」


 将軍は女王や眷属達を止めようと動く。動こうとするが、踏み出すことはできなかった。いつの間にか退路を断つように糸が張り巡らされていたからだ。


「気付かずに駆け出せば首を落とせたのだけれどね」


 何でもないようなことのように言うトリネッドの声。将軍は諦め、舌打ちするとトリネッドに向き直った。




 一方。空でも異変は起こっていた。大樹海の北方より、何かが来る。それを見て取った天空の王が自身の領域に踏み込んだ者達を排除すべく動いていた。


 向かってくるのは、飛竜ではなく金属光沢を放っている何かだ。一際大きな、鋭角的なシルエット。それに先行する形で小型の船のようなシルエットが多数。何代か前に飛竜達を天空の王に焼き払われた帝国は、それでも尚空からの侵攻を諦めていなかったということだ。天空の王を打倒すべく、秘密裡に対策と開発を進めていたと言うことなのだろう。


 人の総意工夫がどれほどの実を結ぶかに、天空の王も多少の興味はある。トリネッドを経由してクレアから聞いた話では、恐らくエルカディウス由来の遺跡を発掘し、出土したものを利用したり技術開発もしているようであった。


 実際、あのシルエットや大きな船や感じる魔力も、天空の王にとっては古臭く感じるものだ。エルカディウス由来の魔力。そう。そうだ。あれらは古代魔法文明の遺産を修復したか、そこから作ったものだと天空の王は古い記憶を辿り、確信をもってそれらを見やる。


 これまで温存してきたのは大樹海やロシュタッド王国侵攻のためか。


 どれほどのものか興味がないわけではないが、いつ永劫の都の状況に変化が起こるかも分からない状況だ。天空の王としても短期決戦を考えている。観察している内にも双方距離を詰めている。まず敵を射程に捉えたのは、当然ながら天空の王だ。


 咆哮を上げて翼に紫電を纏うと、嘴を一度上に向けてから無造作に大樹海を白く染め上げるような巨大な雷撃を放った。右から、左へ。薙ぎ払うような一撃は巨大な雷撃の波となって船団を呑み込んだ。


 馬鹿げた射程と馬鹿げた火力。圧倒的な雷撃を浴びせられた船団は――その雷光の中を突き進んできた。


 天空の王は意外でもないというようにそのまま船団に向けて飛翔する。雷撃対策。素材か術式。或いは両方。船体自体に雷撃を受け流せるような処理が施してあるらしい。受け止めたのではなく、雷撃を逸らし、受け流したという印象だ。雷撃を誘導して無効化するようなフィールドを纏っている。


 準備してきただけのことはある。こちらに接近する速度も速い。敵の強さへの見積もりを上方修正しながらも雷撃を無効化するならするで、いくらでもやりようはあると天空の王は船団を見据える。


 高速で接近。先行している小船はトンボの羽のような透ける部品がついており、その羽を高速で動かしている。船首に槍のような衝角を備えており、帝国兵が1人で操縦している様子だ。


 天空の王はそのまま防殻を纏って躊躇することなく突っ込む。

 防殻と巨体による突撃はシンプルな破壊力を叩き出す。人間にしてみれば必殺の一撃であるが、天空の王としては敵戦力を見て出方を図るだけの様子見の一撃だ。


 小船は――さながら蜻蛉のような機動で天空の王の一撃を回避した。ぶれるように右に左に動くことが可能だ。やはり古代魔法文明の遺産だろう。飛行方式も記憶にある。

 最高速度では天空の王に及ぶべくもないが、小回りで対抗しようと言うことらしい。


 船首の衝角に、魔力の光が宿る。錐揉み飛行で上昇する天空の王目掛けて魔力の弾丸が発射された。

 その光景をクレアが見たら、昆虫型戦闘機、と評しただろう。


 魔力弾は近接信管と言えばいいのか。天空の王に当たらずとも大雑把な距離で炸裂する。問題は魔力弾の種類だ。炸裂して紫色の爆風のようなものを撒き散らし、煙幕のようにしばらくその場に残るのだ。


 トリネッドから聞いている情報に、心当たりがあった。黒竜オルネヴィアを制圧した毒の魔法。その延長上にある術だろう。炸裂させた後に毒を撒き散らす。直撃させて一部でも防殻を抜ければ毒を与えることができるし、当たらなくても空気を汚して飛行する天空の王の動きを制限しようという腹だろう。真っ当にやって届かない相手に、毒を使うというのは理に適っている。

 暫く滞留する毒気自体も、小船には無効化する防護フィールドが張られているらしく、自身の毒を受ける、ということもないようだ。彼ら自身の動きの妨げにはなっていない。


 新旧織り交ぜた兵器。矮小だとか弱者の知恵だとか、天空の王は侮らない。クレア達もイルハインを討伐しているが、帝国も20年程前に領域主を倒しているからだ。

 領域主達の中でも一段別の生まれをしている天空の王ではあるが、人の知恵がエルカディウスを作り上げたのだ。自分を打倒するために帝国はこれだけの準備してきた。だから、それを侮るのは愚かというものだろう。


 加えて、まだ戦場に追いついてはいないがもう一体、大型の何かが控えている。侮るつもりもないが、永劫の都のこともある以上、天空の王としてはあまり時間をかけるつもりはない。回避能力も防御能力も高く、攻撃も剣呑なもの。ならば。これならば?


 天空の王を中心に、雷撃が広く広く放射された。小船の射程距離を優に上回る範囲。攻撃範囲は馬鹿げているが、雷撃そのものの威力は比較的低い。小船が纏うフィールドで十分に無効化可能だ。回避不能な雷撃が渦巻く中を飛翔する天空の王。小船達は追い縋るように飛行し、弾幕を右から左から叩き込む。いくつもの爆風が炸裂し、魔力毒が雷撃空間と干渉して更なるスパーク光を放つ。


 高速機動を取りながら弾幕を張り、天空の王に一撃を叩き込む構えの帝国軍達。天空の王は雷撃を放ちながらも意に介さない。弾幕の間を縫うように飛んでいく。


 小回りでは小船に分があるのは確かだ。だが、結局のところ操船しているのは生身の人間。立体的で自在の空中機動を見せる天空の王に、船を操る帝国兵達はついていけない。


 空を飛ぶ生き物である天空の王と、地に足をつけて生きる人間とでは、空中機動そのものの適性、耐性自体に大きな差がある。


 そして、大樹海の上空から永劫の都に至るまでの空間は、それ全て天空の王の領地だ。空間そのものが天空の王の味方であり、結界。内部の魔力操作も天空の王の意に沿う。


 帝国兵達は知る由もない。狙いに気付ける者がいるとすればそれはクレアだけだっただろう。大気中の水分を天空の王は空中からかき集めていた。それを――雷操作によって、振動させて高熱にしていく。電子レンジの原理だ。振動させられた水は100度を遥かに超える過熱水蒸気へと変じていく。


 だが、誰もそれに気付けない。雷撃渦による無差別範囲攻撃というカモフラージュ。雷や電気への知識と理解。そういう部分から天空の王が何を狙っているのかを理解できていない。


 高温のスチームとなったそれを、毒気で見通しの悪くなった空間――追いすがる小船の進路にばら撒く。


「ぎっ!?」


 高熱のスチームの只中に突っ込んだ帝国兵が顔面を抑えて悲鳴を上げた。無茶な空中機動の最中にそんなことをすればたちまちバランスを崩す。ある者は空中に投げ出されて眼下に広がる大樹海に向かって落ちていき、またある者は飛行制御を誤って墜落しかかる。立て直しても火傷は免れない。

 フィールドは天空の王や毒気に対抗するために限定的なものだ。魔法を基点にしたとはいえ、ただの物理現象でしかない高温の水分子はフィールドを素通りしてしまう。上空の寒気対策であるとか、魔法の炎対策はしていても、物理的な高温の水分はフィールド防御の範囲外だ。


 予想以上の結果に天空の王がにやりと笑う。彼らの掴んでいる部分等を加熱して操作を乱せればいいぐらいのことは考えていたが、特化型フィールド故に抜けがあったらしい。


「雲や靄に気をつけろ! 高温を宿している上に防護膜が役に立たない!」


 隊長らしき男が叫ぶ。自前の防殻を展開していることから、魔術師か魔法剣士なのだろう。

 だが、それを今になって看破したところで、自分達で毒気という靄をばら撒き、視界を悪くしていて回避は至難だ。加えて――魔力の問題もある。範囲攻撃で常時防御フィールドを展開させられつつ、高速飛行しながらの射撃戦。小船の魔力消費量はどれほどか。


 魔力を大きく消耗させた者の小船から順々にフィールドが減衰していく。減衰してしまえばそこは雷撃の渦巻く地獄だ。自前で防殻や防御魔法を構築できない者は次々と顔を両手で抑えて悲鳴を上げながら地面に落とされていく。


 そして――防殻で耐えていても無駄なことだった。天空の王は当然とでもいうように嘴の中に大きな雷光を輝かせる。横薙ぎの白光が迫り、それが、帝国飛行部隊の見る最期の光景となった。

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― 新着の感想 ―
 発掘兵器を改修したのはトラヴィスかな? …やーい、無能ー(笑)
面白いもの発掘してたようですが相手があまりにも悪すぎますねえ……
 天空の王、賢い!随分と長生きしているようだし、雷撃を放ったときに温度が上がり方に差があることに気がついて、そこに湿度との相関を見出して、多分水との共振周波数まで割り出したのだろうな。  帝国側も小船…
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