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第339話 都の目指すもの

「まず事情を話す前に……あなたは住民達とは認識が違うようですが、外の状況は知っているのですか?」


「住民達への攻撃を感知した。それを行った侵入者達はすぐに位置が掴めなくなったが、お前達は――住民達に干渉しながら移動していた様子なのでな。別口とは思ったが関連があると判断し、お前達から話を聞くことにした。状況把握は迅速に行いたい」

「……なるほど。確かに私達は彼らと敵対していて、その目的を阻むためにここに来ました。情報提供が必要というのであれば協力します」

「良いだろう」


 ルファルカが満足そうに頷く。


「しかし感知、とは。……あなたは人間、なのでしょうか」

「……外から来た者であれば都について知らぬのも道理だな」


 ルファルカはその仮面とも兜ともつかない頭部に手をやった。頭部全体を覆っている仮面は触れたところから放射状に穴が広がるように消失した。そこに少年とも少女ともつかない中性的な顔立ちが露わになる。真っ白な髪と真っ赤な目。色素を持たないアルビノだ。仮面は頭部を守るバイザーのような役割を果たしているのだろう。色素がないというのなら尚更だ。


「我ら守り人は賢人らによって作られたホムンクルスだ。都の住民達の生活を守る役割を担っている。異常を感知した時、稼働待機している者がまず休眠から目覚めて対処にあたる。不測の事態に際して臨機応変に対応するため、独立した意思と判断基準を与えられている」

「ホムンクルス……」


 つまり、魔法生物の類、ということらしい。独立した意思と判断基準、というのならば、ルファルカはある程度融通が利きそうだとクレアは思う。


「あなたのことは、何となく理解しました。彼らの最終的な目標を私達は知らないのですが、多分、ゴルトヴァールの宝か、秘匿されている技術か。そういうものを強奪しにきたのだと思います」

「強奪、か。ありそうな話だ」

「あの結界の向こう側に進もうとしているのだと思います。結界塔に立ち入らせて欲しいとは言いません。防衛に協力したいので近くまで移動しながら現状についての話をさせて下さい」


 クレアが言うと、ルファルカは少し思案していたようであるが――。


「……よかろう。だが結界塔近くまでだ」

「十分です」


 いざという時に対応できる位置関係なら、別に塔の内部や至近にいなくても問題はない。


 クレアは移動しながらもルファルカに外の状況を説明していく。ただし、ルファルカがゴルトヴァール側の立場であることを念頭において、アルヴィレト王家の立ち位置が分かるまではそこは伏せておかなければならない。場合によっては即座に敵対ということも有り得る。何より、封印されるに足るだけの理由があったのだろうし、それをクレア達は知らない。


「ゴルトヴァールが封印されて外から隔絶されていた、というのはご存じですか?」

「都市防衛機能を何者かが書き換えて内部からの解除が出来なくなっていたというのは知っている。ゴルトヴァール自体は静かに長い年月を経てきたようではあるな。住民達は永遠だが、いくつかの機構に現状、一時的な不具合は生じているのも守り人として確認している」


 都市防衛機能。封印と思われてきたそれは、本来は防衛のための隔離機能であった、ということなのだろう。それを利用して何者かによって封印が成された。恐らく、アルヴィレトの関係者か。


「外では、人々の記憶、記録から忘れ去られるほどの年月が経ち、周囲には巨大な森が広がっています。古代の文明は遺跡、遺構として埋もれているという状態です」

「そうか。封印から100年、200年では済まなさそうだな。私が作られてから200日程だから、どれほどの年月が経とうと私にはあまり関係のないことではあるが。」


 そう応じるルファルカの反応は事実と淡々と受け止めているという様子で、特段衝撃を受けているといった風にも見えなかった。


「……その。内部の住民はずっと代替わり等せずに、都が封印された当時からの方々なのですか?」

「その通りだ」


 ルファルカは静かに肯定する。ここで守り人としての役割を与えられて生まれたルファルカにとっては、それは別に普通のことなのだろうと、そう感じさせる反応だった。

 ただ、ルファルカとしては住民達のことについて答えた時のクレア達の反応を見て、そこに思うところがあったようだ。


「……ふむ。見るに、お前達は住民達とは違う。私は住民達の平穏と幸福を守るために作られた。だが、都の住民達は皆幸福を感じていて平穏だ。多少外から来た者が波風を立てたとて、変わりはしない。しかし――」


 ルファルカは顎に手をやってクレア達を見やる。


「幸福以外の感情を動かしている者達を見ることはここでは無い。だから、興味がある。私の任を全うする役に立ちそうだからな」

「なるほど……」


 クレアは納得した、というように頷いた。


「個人的に思う幸せだとか、外から来た者としてこの都の在り方の関して感じたことだとか、そういうものだったら話せる、とは思いますが」

「それで構わない」


 ルファルカがそう応じると、クレアは「では」と前置きをしてから言葉を続ける。


「この都の人達は確かに幸せなのだと思います。自分達の置かれた状況、現状の客観視。他者との比較。そういうものを知らない方が、しない方が、幸せでいられるというのは往々にしてあることですし。ただ――私の場合は、この在り方は幸福ではないな、と」

「何故だ? 各々の思う幸福の形を、それぞれで受け取っているはずだが」

「幸せというのは……生きていく中で感じられるものだと考えているからです」

「生きていく? よく分からないな」


 住民達は生きている。そう呼べる状態のはずだとルファルカは言う。


「生物学的な話ではなく……何と言えばいいのでしょうか」


 クレアは思案する。どう言葉にするのがいいのか。ルファルカには何と伝えるのが良いのか。


「生きていくということは確かに辛いことや悲しいこともあるもので。ですが、そんな中で誰かに親切にされたり、ちょっとした幸運に恵まれたり、誰かと何かを成し遂げたり、誰かに喜んでもらえたり、親しい友人や、新しい家族が増えたり。……そういうものが私の思う幸せなのです。だから……人生の一部だけを切り取ってしまったこの状態は違うなと、外から見て思ってしまいます。辛いことがあっても、私は私の足で歩いていきたい」

「人生の一部だけを切り取った、か。……人の価値観というものは私にはよくわからないな」


 ルファルカは少し首を傾げる。


「私もクレア様の考え方に同意しますわ。その辺に何か問題や、危機感を感じた人がいたから、都が封印された、というのはありそうですわね」

「……そうですね。封印も謎が多いですが」


 何故自分の力が増大するのに連動して封印が解けるようになっていたのかも。

 誰が、何の役割を期待してそうしたというのか。クレアの立場としては封印した側で、封印を解いたであろう側だ。だから、それをルファルカに聞くのは難しい。


「封印か。思うに、この都は外部にも何か働きかけをする機能のようなものがあるのでは?」


 ウィリアムが思案して言う。

 そう。封印された理由も重要だ。住民達に幸福な夢を見せるだけの揺り籠のようなものであれば、封印などしなくてもそれだけで完結しているのだから。放っておけばいい。


「現状外に何かしているという感じでもありませんが……そうなのですか? 機能の一部は不全に陥っていると言っていましたが」

「機能の全てが修復された場合、エルカディウスは全ての者達を幸福の内に迎えようと動くだろう。それが多くの者達の望みであり、理想の姿であるからだ」


 何でもないことのようにルファルカは言った。


「それは――」


 多くの者達。

 それを受け入れる者。それを良しとする者も……確かにいるのかも知れないが。そんな世界の形になって良いとは思えない。


「お前達は、それを望んでいないようではあるがな。私も……望まない者がいるとは思ってもいなかったよ。任務とて円滑な方が望ましいものだからな」


 ルファルカはクレアの反応にそう応じる。

 ルファルカには独自の判断基準がある。だからこうして会話もできるし、多少批判的なことを口にしたからと攻撃をしかけてくるようなこともないが、ゴルトヴァールのまだ見ていない部分に、今のような言葉は通じるのだろうか。


 古文書が何故永劫の都に触れてはならないと警告していたのか。トリネッドや天空の王が何故自分達をゴルトヴァールに進ませたのか。その理由の一端が分かったようにクレアには思えた。機能の停止か、修正か、或いは再度の封印を試みるか。エルンスト以外も、解決しなければならない問題があるようだと、クレアは遠くに聳える城を見ながら小さく眉根を寄せた。

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― 新着の感想 ―
 それは真っ当な感性をもっている「人間」なら封印するだろうな。しかもルファルカの弁によると古代魔法王国「エルカディウス」とあるから、永劫の都「ゴルトヴァール」どころかとんでもない規模で事が起こるところ…
ホムンクルスの方でしたか ただ、ゴルトヴァールがなぜ封印されていたかなんかは領域主達の方が詳しそうではありますね
 その『外の者たちも』というのは『外に存在する全ての人族』を指すのか、それとも『古代王国人の血統』のみを指すのか。そこに獣人族や巨人族といった存在も含んでいるのかも問題ですね。
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