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第337話 幸福の揺籃

「これが――永劫の都という言葉の意味ですか」


 トラヴィスは目の前で倒れている男を少し笑って見やり、言った。脇腹を大きく抉られて倒れている男は、永劫の都、ゴルトヴァールの住民だ。建物も大きく損壊しており、それを成したエルンストは薄く笑いながらその光景を少し離れたところから眺めていた。


 興味深そうに観察していたトラヴィスの眼前で、男は崩れて塵になっていく。同時に――近くに今しがた崩れたはずの人物が再構成されていくのが見て取れた。建物もだ。崩れた瓦礫の一片に至るまで巻き戻し再生でも見ているかのように元の位置に戻って再構成されていく。


 そんな異常事態が起こっているというのに、住民達は少し不思議そうにエルンスト達を眺めた後でまた元通りの各々の日常に戻っていく。崩れたはずの当人もだ。エルンスト達を警戒する様子もなく歩いていく。


「そうですな……。伝承と起こっている現象を併せて判断するに、都の住民達には死も生もないということなのでしょう。ただただ静かな時の中で、各々の喜びと幸福を甘受し続ける。それ以外のものは存在しない揺籃。これが永遠の理想郷を実現しようとした結果ということなのでしょう」

「実に下らんな。ここの者達は生きてもいないし死んでもいないという、ただそれだけだ。だが」


 エルンストは目を細めてゴルトヴァールの城を見ながらガントレットに覆われた手を翳す。掌の上に城を乗せるようにして、エルンストはそれを手中に収めるというように握り込んで言葉を続けた。


「――歪んだ形であれ、それを実現せしめているというのは素晴らしいことではないか。そしてそれを成しているものは都の深奥にある」

「追ってきた鍵達についてはどう対応しますか?」


 トラヴィスが尋ねる。想定していたよりクレア達の動きは遥かに早い。エルンスト達が永劫の都に降り立って程無くして追ってきた形だ。穴の中心部に降りてきた光が街の上空を二度、三度と横切っているのが見えた。


「恐らく、攪乱や陽動も兼ねているのでしょうな。最初に光が落ちた場所に移動し……そこから更に移動したのか否か、というところですか」


 クレールが言うが、エルンストは肩を竦める。


「想定より早いが、一先ず放っておいて問題はあるまい。封印が解かれた今、鍵がここにいること自体が重要だ。防衛機構の暴走が抑止されている状況は、鍵にとっても本意であろうよ」

「鍵の娘は、随分甘い性格のようですからね」


 トラヴィスは肩を竦める。


「そうだ。どうせ探さなくとも勝手にぶつかることになる」

「索敵はお任せを」


 クレールの返答に頷くとエルンストは歩き出し、側近達もそれに付き従う。

 目的を持った足取りだ。向かうその先は――結界塔の内一本だった。




「会話はできますが、意思疎通が少しだけ難しい感じはしますね」


 クレア達はゴルトヴァールの住民達に接触を図っては見た。古代言語は一部の魔法の詠唱に名残を残している。それと古文書の解読で判明した文法、単語を組み合わせて、簡単な会話は可能だとクレアは見積もっていた。

 イライザの固有魔法。オルネヴィアの嗅覚を併せれば、ある程度の情報収集は可能だろうと。


 結論から言うなら、彼らは何か大きな力の影響下にある、という事が分かった。

 友好的で平和的な接触は可能だし、会話もできる。当たり障りのない挨拶や世間話。名前を聞き出すぐらいのことはできた。

 ただ――会話が噛み合わない部分や情報収集しても住民達同士でつじつまが合わないが部分がある。


 ゴルトヴァールはどうなっているのか。今までどうして来たのか。そう尋ねても今一つ要領を得ない。不思議なことなど何も起こっていないというような反応なのだ。


 古い呪文詠唱と共通している部分があると言っても日常会話全般に用いるとなると、少し話も変わる。言語の意思疎通が満足でないことも含めて、要領を得ない部分があった。

 ゴルトヴァールの住民は上機嫌ににこにこしていて、外国の客人は仕方ないな、というような反応ではあったが。

そんな中でも聞き取れた中に気になるものがある。


「開国、祭。お祭りが、あるのですか?」


 クレアが尋ねると、男はその通りだというようににこにこしながら頷いた。


「だからこんなに着飾っている、と?」


 と、尋ねると首を横に振る。

 開国祭が三日後に控えているから都を訪れてきたのだという。国から重大な発表があるのだとか。礼を言って切り上げ、他の者達からも開国祭について聞いてみるが、開国祭まで一ヶ月あるという者、まだ半年も先という者もいて、それぞれで認識がバラバラだった。


 ただ、彼らは一様に幸せを口にする。もうすぐ恋人と結婚するだとか、離れた街にいた娘夫婦が会いに来てくれただとか。

 だから。着飾っていたりするのは開国祭とは関係がない。それぞれの理由で皆浮かれている。幸福の中にいる。


 彼らは、大樹海のことなど知らない。領域主や遺跡のことを聞いても心当たりなどない。都の外はどうなっているのか聞けば、平原が続いているというが、実際は白い靄で霞んでいて都の外を見通すことはできないし、空は素晴らしい青空が広がっていて、いい天気、なのだとか。


 どういう事なのかと、クレアは暫く考えていたが、推測を口にする。


「何と言うか――彼らは彼らの幸福の中にいて、認識がそれぞれで違う、のかも知れません」

「というと……?」

「トリネッドさんに言われたことと結びついたと言いますか。都の異名の由来も知るだろうと言っていましたよね。その由来……都の性質が、こういう住民の反応の原因なのだとしたら。もし、彼らがゴルトヴァールの当時の住民達で、永遠にこの状態で、今までずっと彼らにとっての幸福な時間を繰り返してきたのだとしたら――」


 クレアが言うと、皆も慄然とした表情で周囲を見回す。周囲を何気なく闊歩する幸福そうな人々。それがそのまま都の異常性の発露ということになる。

 言葉通りなら、大昔の人々が不老不死――というよりも不変のままでそれと自覚せずに闊歩している、ということだ。


 都の外や空、外部環境への認識がおかしいこと。それぞれでずれている開国祭の時期。皆が幸福の中にいること。ゴルトヴァールの異名。おかしな魔力の波長。それらに対しての解答にはなるだろう。


「理想郷や、楽園というものがあるのだとして――無理にでも実現させるとこうなる、ということなのかも知れませんね」


 クレアはそう言って、少女人形が首を横に振った。


「幸せなのだとしても……私は嫌ですわね。これでは何のために生きているのかも分かりませんわ」

「俺もだ。こんな形の幸福は、御免被る」

「そうですね……。私もそう思います」


 セレーナやグライフの言葉に、皆も同意する。


「永遠に幸福なままの楽園。だから永劫の都、か」


 ウィリアムが眉根を寄せる。


「……為政者は、誰なのかしら。開国祭は1年ごとだから繰り返しているそれぞれの認識に合わせてずれているのはそうだとしても。為政者はそこまで短期間には変わらないでしょう?」

「永劫の都の住民が同じ時代の人達なら、代替わりはあったとしても、そう大きくは認識もずれなさそうね」


 シルヴィアが言うと、ディアナも顎に手をやって頷きながら応じた。

 そこがばらばらなら、住民達は違う年代の人々が集められた、ということになる。都を統治する者がいるのか、いないのかは不明だが、情報収集しておいて悪いことはなさそうだ。


 ただ、情報収集だけをしているというわけにもいかない。エルンストが目指すとしたら結界塔や城の方向だろう。そちらに向かって索敵を怠らずに警戒しながら移動。道々で為政者についても尋ねていくということとなった。

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― 新着の感想 ―
 RPGやSLGを現実化したらこうなる、という…死ぬのは確かに怖いけどこれは違うよな。  思うに何度目かの『開国祭』とやらの日に、ゴルトヴァールはこうなったんだろうか。こんな状態を『素晴らしい』とか言…
探索の進捗はどちらも大差なさそうですねえ にしても、発展の末に辿り着いたのがこんな幸福の形で良かったのだろうか……?
 「永久に幸福を感じながら暮らせる都を作ろう!」で、こうなっちゃったか…… 攻撃しても復活しちゃうあたり、企画・仕様の詰めが甘いゲームの NPC のようですな。
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