第334話 王女の出陣
地上の迎撃班は辺境伯領の将兵と、北方で救出してきた者達の混成部隊だ。大樹海内での戦いを想定して連携する訓練を積んできたと言うこともあり、環境の分からない永劫の都よりも有効に力を使えるだろうという算段である。
ロナもいるのなら魔法方面で後れをとるということもそうそうないだろうとクレアは頷く。今回は辺境伯家の長男、ジェロームも戦場に出る。トリネッドや孤狼と白狼。それに深底の女王までも共闘するのだから、地上班では戦術面でも戦力面でも不安はないと言える。
一方で、ユリアンやアストリッド達はクレアを心配してエルンストの追撃班に名乗りを上げた。北方ではクレア達と行動を共にしていたということもあり、他の者達よりもクレア達との連携や考え方を理解しているというのもある。
「気を付けてね」
と、あちこちで地上の迎撃に向かう者とエルンストの追撃に向かう者達とで別れを惜しんでいた。決戦とも言える戦いだ。皆も戦意を込め直しているのだろう。
クレアも――おずおずと前に出てロナの手を取る。
「ロナおばあちゃん。私は絶対帰ってきます。ですから、ロナおばあちゃんもあの時みたいに無茶はしないで下さいね」
そう言われたロナは、少し驚いたような表情をした後、目を閉じて笑った。
「ああ。イルハインの時とは違うからねえ。魔女の秘術はもう使えるだろうが、あいつら如きに見せてやれるのはそこまで止まりさね」
その先である精霊化――つまりロナの命にまでは帝国軍如きでは届かないと、ロナはにやりと笑って見せた。
それから、クレアの頭を自分に引き寄せるようにしてそっと抱きしめる。少しの間、そうしていた。
「……あんたこそ何が待っていようと、諦めず、冷静にね。ま、あたしの一番弟子で、自慢の孫娘さね。軽くひねって帰ってきな」
「……はい。おばあちゃん」
そう言って。更に少しの時間抱擁し合った後で二人は離れる。
「いってらっしゃい。無事に戻って来てね」
「本陣の守りは私達が請け負おう」
シェリーの魔法で足が回復してきたルーファスが言う。二人はリチャードや辺境伯家夫人、ヘロイーズと共に前線基地の守りを請け負う。ルーファスはまだ長時間走り回れないものの、魔法の実力は十分にある。拠点防衛において後衛としての役割なら果たせると前線基地まで出てきた形だ。
「はい。お父さんも――こちらは大丈夫かと思いますがお気を付けて」
ルーファスとも抱擁を交わす。
「すまないね。こんな決戦の時に、私はクラリッサ達と共に戦えないとは」
「いいえ。お父さんはアルヴィレトの都で、私やみんなを守るために戦ってくれました。今も、私の友人を守ってくれていますから。だから今度は私が、みんなを守りに行ってきます」
クレアが微笑んで答えると、ルーファスもそんなクレアを見て微笑む。
「そう、か。――クラリッサ。私達は王であり、王女であるが――私は平和になったら、君にもっと父親らしいことをしてあげたい。だから……無事に帰って来てくれ」
「はい――。必ず」
ルーファスはそうして、シルヴィアやディアナとも抱擁を交わしていた。国王と王妃。家族の語らいだ。
クレアは仲睦まじい家族の様子に目を細めつつ、シェリーとも言葉を交わす。
「すまないわね私にまで時間を割いてくれて」
「いいえ。シェリーは、大事な友達ですから」
「危なくなったら、ここに戻って来て。私自身も含めて命は繋いで見せる」
自分自身も含めて。つまり、即座に戦線復帰とまではいかないが、命は助けて見せるとシェリーは決然とした表情を見せて言った。
「はい。負傷者はウィリアムさんの固有魔法で転送するかもしれません。ポーションはロナと沢山作っておきましたので、それで大丈夫な場合はそちらで対応してくださいね」
「ええ。分かったわ。セレーナもグライフも、クレアをよろしくね。この子は割と無茶するから」
「はい。お任せ下さいまし」
「近くで支えになると誓おう」
セレーナやグライフも、シェリーの言葉に穏やかに笑って応じた。
そうやって、親しい者達と言葉を交わした後で、出陣前の訓示を行う。クレアはリチャードやルーファスを差し置いて自分がやっていいのものかと尋ねるが、二人は問題ないと笑って応じる。
「寧ろ、クラリッサ王女以外に適任はいますまい」
「そうだね。胸を張って皆に声を掛けてあげて欲しい」
「わかりました。では――」
皆、戦いの準備は整っているという様子だ。クレアは簡易の壇上に立ち、偽装を解く。共に戦う者達に、本当の姿で声を掛けたいという想いもあった。
「おお……」
「あれがクラリッサ王女……」
神秘的な美貌と広がる魔力に、居並ぶ将兵から感嘆の声が漏れる。
クレアは居並ぶ者達を見回し、改めてクラリッサ王女としての意識付けをしてから口を開く。
「改めまして。アルヴィレトの王女、クラリッサ=アルヴィレトと申します。これより、私達は各々の戦場へと向かうことになります。あなた方は大樹海へ。私達は空に浮かぶ、あの都へ。帝国の大部隊や皇帝との決戦を前に、きっと不安に感じている者も多いでしょう」
今は落ち着いているが、永劫の都が出現した時は前線基地でも大騒ぎになっていたということだ。だが、彼らも戦士として覚悟を決めてきているのだ。とっくに気持ちを立て直している。帝国に今こそ借りを返すと気合の入っている者も多いのだ。皆クレアを見て、決然とした表情を浮かべていた。
「敵は確かに大国。卑劣な手段をも厭わない者達。あんなものまで空に現れて、確かに先行きの分からない部分も多い状況です。しかし――私達は生まれた場所や育った環境、文化こそ違えども、大切な人達との平穏を望み、侵略者に立ち向かうという同じ願いの元に集った仲間なのです」
クレアもまた、戦意を表情に見せる。居並ぶ者達の顔を1人1人覚えておくかのように、視線を巡らせてから言葉を続ける。
「だから――私は信じています。同じ願いのために集まった私達だからこそ、その力を合わせれば必ずやあの者達の野望を打ち砕き、侵略を跳ねのけることができる、と。戦いましょう。あのような人達に、もう何も奪わせないために。生き残りましょう。また明日、大切な人達と笑い合うために……!」
そう言って。空に手を掲げる。何かを掴むようにして告げる。
「勝利とその後に来る平穏を我らの手に!」
「勝利と平穏を!」
居並ぶ者達も拳や武器を掲げ、クレアの言葉を唱和して気炎を上げる。
そうして十分に戦意を向上させたところで出陣となった。彼らはウィリアムの固有魔法によって、大樹海の奥――孤狼の領地の近くに作っていたポイントへと飛ぶ。
移動の間際、ロナがにやりと笑って拳を突き出して見せていた。クレアも微笑んで拳を突き出すようにして、それに応じる。光に包まれて、迎撃班の面々が所定の場所へと飛んでいった。
程無くして、ウィリアムも戻ってくる。
「お待たせしました」
クレアが天空の王に言うと、天空の王は待っていた、というように首をもたげて一声を上げる。同行する者達を糸繭に包み、乗り込む前に残った者達が声を掛けてきた。
「ご武運を。王女殿下」
「帰りを待っている」
「行ってらっしゃい、クレア」
『地上のことは任せておいて。空に上がったら、流石に私との会話もできないけれど、私達とあなたの仲間達との連携はさせてもらうわ』
「ありがとう。後のことは頼みます」
クレアは天空の王の背に乗り込む前に彼らに一礼し、それから天空の王の背に乗った。天空の王は後ろのクレアに振り返ってから、しっかり摑まっていることを確認すると翼を大きく広げる。
そうして一声響かせると風を纏い、上空に向かって垂直に飛翔した。一気に高度を上げて風を切り、大樹海の中心部を目指して飛翔していくのであった。




