第333話 都への翼
「クレールというのは、どういう人物なのですか?」
気になることが多い。エルンスト達を追う以上は情報を整理していく必要がある。出発してしまえば情報共有して作戦を修正する時間もないからだ。
クレアが尋ねると、シルヴィアとディアナは眉根を寄せて応じる。
「星見の塔の――高位の術師だった人物よ。古文書の解読や予言の研究が専門で、運命の子に関わる地下祭壇の管理も預かる立場だったのだけれど……」
「森に薬草の採取に行くと言って、行方不明になったわ。崖崩れに巻き込まれたのだと思われてきたけれど……帝国に流れて、エルンストの側近に収まっていただなんて……」
それを聞いたグライフは静かに目を閉じる。
「状況から見るに運命の子の出現をどこかで先んじて確信し、帝国に情報を売った裏切り者……なのだろうな。隠されていたはずのアルヴィレトへの侵攻ができたのも、クレールの手引きがあったからだとすれば説明がつく」
「裏切り者がいるかも知れないというのは予測していたことではあるけれど――」
特殊な結界の構築などからして、クレールが相当な魔法の実力者であるのは間違いなく、元の立場から考えても他にも様々な情報を握っているというのは予想された。アルヴィレトの出身でありながら重用されているのを見るに、エルンストに相当重要な情報を流したのだろう。
魔法の実力は高いのだろうが不明だ。クレールが展開していた結界はアルヴィレトにはなかったもので、独自の研究や研鑽を続けていたのだろうと予想された。
「永劫の都や運命の子絡みの情報に後れを取っているとは思っていましたが……。何にせよ、しっかりと対処しなければいけませんね」
「能力の程は分かりませんが、油断できない強敵が1人増えた、ということですわね」
セレーナの言葉に少女人形が頷く。
能力が分からないというのならエルンストとトラヴィスもだが――今回、エルンストは少しだけその力の片鱗を見せている。金色の粒子のようなものがそれだ。ルーファスやローレッタがエルンスト相手に敗北した時の話を合わせて考えると、攻撃力、範囲、攻撃速度に優れた固有魔法を有しているようだ。
トラヴィスは――能力こそ見せなかったが、固有魔法の再現という切り札を見せてきた。あの人数を一気に移動させたことを見るに、増幅器の力も使えると見るべきなのだろう。
「力を行使した子供を残したのは、人質として使っただけでなく、連れている他の人達も私に助けさせようとする狙いがあるのでしょうね。助けたければ追ってこいと」
クレアは淡々と言ったが、少女人形はかぶりを振る。
追うべき場所――永劫の都について、クレアはトリネッドに尋ねる。
「永劫の都に関してですが。私達に向かって欲しいということは、エルンストを自由にさせるのは拙い、と判断しているということですね?」
クレアはトリネッドに尋ねる。自分が行くこと、行かないことで何が変わるのかはクレアには分からない。エルンストが態々あの場に姿を見せたというのは罠を仕掛けるか利用するか、或いは永劫の都にクレアが来ていることが彼らの目的に沿うものではあるのだろう。
それでも、トリネッドがクレアには向かって欲しいというからには、そちらにもそれなりの理由があるはずだ。
『ええ。彼らの手に渡って拙いことになるものがあるわ。だから、その前に止めるか阻止するか……貴女が先に到達することを祈っているわ』
「……到達、ですか。私達もまた、ウィリアムさんの協力がありますから裏をかいたり、罠を仕掛けるのに準備させる時間的猶予を与えないということは出来ると思いますが……」
優位に立ち回れる手札はある。罠を仕掛けようとしているのなら尚のことだ。
『ゴルトヴァール――都は広いから、きっと出し抜く方法もあるわ』
永劫の都はゴルトヴァール、というのが正式な名称であるらしい。
「危険はあるのですかな?」
『一般的に言って、都市部の重要施設に近付いた場合には警備がくるものよ。宝探しは慎重になさいな』
リチャードが尋ねるとトリネッドが答えた。そのまま、少しだけ沈んだ声が聞こえる。
『情報を……あまり渡せなくてすまないわね。……行けばわかることも多いわ。あなた達はきっとすぐに都の異名の由来も知ることでしょう』
自分が言わなくとも情報を得る手段があり、説明しなくてもそれを見つけられるとトリネッドは考えているようだ。ゴルトヴァールが本当の名だというのなら、永劫の都というのはその異名なのだろう。
得られた情報を整理しながらも、並行してリチャードと追跡と迎撃班の内訳を決め、領域主達とどこで迎撃するかも決めていく。帝国の侵攻ルートは戦奴兵を失っても変更していないようだ。ウィリアムは迎撃班を引き連れて、一旦そちらに人員を連れていき、戻ってくるということになった。
場所は孤狼の領地よりやや離れた位置だ。孤狼と白狼もいつでも動けるように準備を整えて待っているらしい。
「私がいなくてもトリネッドさんの糸で連絡が取り合えるというのは有難い話ではありますが」
『あなたの糸の術を参考にしたところはあるわね。それと――永劫の都までの移動に関しては魔力を節約できそうよ。協力者がそちらに行くわ』
「協力者――」
それは誰か、と問う前に、司令部として使っている建物の周囲が騒がしくなった。
「大変です! 空に!」
そう言いながら駆け込んでくる反抗組織のメンバー。
クレア達が外に出ると、その光景を見たロナが愉快げに言う。
「ふむ。いつぞやのことを思い出すじゃないか。場所も同じだ」
天空の王がゆっくりとした速度でこちらに向かって飛翔してくるところだった。そう。イルハインを倒した後だ。敵意がないというのを示すように、分かりやすい方角からの接近。思えばあの時から天空の王はクレアのことを見定めていたのだろう。
「大丈夫だと思います。敵ではありません」
クレアが言うそれから、確認するようにトリネッドに尋ねる。
「協力者というのは、あの方ですか」
『そうね。鳥が中心部まで乗せていってくれるそうよ。あの者達とは違うのだから、堂々と正門から入りなさいな。行先を選べるから、不意打ちの問題も少ないでしょう』
堂々と正門から。それは魔法的、寓意的な意味合いがあるように思えた。不意打ちも食らわないというのなら、特に大きな問題もない。
クレアの見ている前で、ゆっくりと天空の王が降りてくる。大きな翼がはためき、風が吹きつける中で、天空の王と視線が合うとそれは確かににやりと嘴の端を上げるようにして笑って見せた。
天空の王が地上に降り立ったところで、クレアは話しかける。
「ええと……。お久しぶりです。出発まではもう少し待ってください。同行する仲間には、まだするべきことがあるのです」
ウィリアムの仕事がまだ終わっていない。そう伝えると、天空の王は問題ないというように静かに見つめ返してくる。あの時と、どれほど変わったのかを観察しているかのようだとクレアには感じられた。
天空の王の瞳は、深く美しい蒼穹の色だ。その奥に、天空の王の理知深さが垣間見える、ような気がした。
「ま、地上の方は任せときな。戦奴兵がまだ残っていても、こっちで何とかしてやるさ」
ロナが言う。クレアのようにその場で従属の輪を外せなくとも、虜囚の術で無力化した上で行動の制御が出来るロナならばそちらを安心して任せられる。
「はい。ロナもお気をつけて。帝国が戦力を結集させていることを考えると、他にも強敵や厄介な魔法の備えがあると思います」
「ふふん。ま、地脈の繋がる大樹海で戦う以上はそれなりのものを見せてやるさ」
そう言ってクレアの不安を払拭するようにロナはにやりと笑って見せた。




