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第329話 誘導と射撃

「た、隊長殿!」

「前に集中しろ! 上位種が来るぞ!」


 上位種が下位種の後ろから前に出てくる。上位種の違いはクレアとエルムが込めている魔力量の違いと、糸を接続して直接の制御、強化を行うことによる戦闘能力の違いだ。

 いずれも樹を使った即席の操り人形ではあるが、その戦闘能力の差は実際に大きく違う。糸で術式を構築して木々から行使させることで、多彩な攻撃手段を持つからだ。


 だから、強い魔力を帯びたその「上位種」に、督戦部隊の意識は集中した。下位種は魔法武器があればどうにでもなると判断してのことだ。


 だが。


「ぐああっ!?」


 悲鳴が上がった。魔法武器で突き刺し、薙ぎ払って。それで止まっていたはずの下位種達の動きも止まらない。督戦部隊の帝国兵にそのままぶち当たり、防具の隙間を縫うように鋭い枝を突き刺してくる。

 そもそも、下位種が魔法武器で突き刺された程度で動きを止めるというのはクレアとエルムがそう見せかけていたからに過ぎない。

 一度殺到して乱戦になってしまえば、物理的に本陣から見通すことは難しくなるし、探知魔法による個々の戦闘状況や戦況も分かりにくくなる。


 加えて、ディアナとシルヴィアが幻術を展開している状況だ。視覚的にも魔力的にも偽りの情報を送り込んでいる。


 だから。戦奴兵にとっての最大の脅威――鐘の魔法道具持ちを排除した以上は、速やかに督戦部隊を排除するだけだ。


 ローレッタやルシア、ニコラスも木々と幻影に紛れて切り込んでいく。魔物の中に手練れの人間が紛れ込んでいるとは想像もつかないまま、督戦部隊の兵士達は次々と討ち取られていった。


 特に――こうした乱戦ではニコラスの固有魔法は無類の強さを発揮する。足元から魚の群れのように銀色の閃光が奔り、男達が悲鳴を上げて倒れ伏し、下位種達に群がられていく。


 一方で、戦奴兵達の状況は督戦部隊とはまるで違う。

 乱戦に巻き込まれていたが、問題なく戦えている。というよりもクレア達が意図的に散発的、消極的な攻撃しか仕掛けておらず、しかし撤退や他部隊の合流ができないように分断と足止めだけを行っているのだ。


 意図的な戦力、戦法の違いも、督戦部隊の壊滅的な戦況も、本陣から感知するのは難しいだろう。


 残る問題は――それより少し後方に位置する、工作部隊だ。

 この部隊は戦奴兵達にこそ脅威を与えないものの、大樹海侵攻においては重要な役割を担っている。クレア達としては、積極的に排除したい部隊であった。


 他の部隊と違うのは、本陣までの距離が前線に出ている部隊よりも近いこと。それから、戦闘能力が一段二段、他部隊よりも劣ること。結界を展開して身を守っていることだ。ここに手出しをして、その戦況が厳しいものであるならば、本陣も何らかの動きを見せると予想された。


 だから。出方を見るために敢えてここの動きは見せる。


「結界が――!」

「上位種がいる! 拙いぞ!」


 めきめきと音を立てて。本陣までの逃亡ルートを分断するような位置関係で上位種が結界に亀裂を走らせていく。無数の下位種が結界の亀裂に取りついて鋭い枝でこじ開けようとしている様は、戦闘能力に劣る部隊を心胆寒からしめるのには十分な光景と言えるだろう。


「て、撤退だ! 我らでは対抗できん!」


 結界を破るような魔力、能力を持つ上位種。それに統率された群れ。工兵部隊では対抗できない。本陣に今すぐ駆け込むべきだ。そう判断して、動こうとした瞬間に、結界に大きな穴が穿たれる。退路を断つように下位種が工兵部隊の眼前に躍り出ていく。


 そう。実のところ結界の種類まで解析していたクレアとしては、いつでも破ることができた。戦奴兵の脅威を排除したタイミングで結界を解除し、工兵部隊を排除していく様を見せることで、本陣の動きを引き出す。そういう作戦だ。


 休憩している戦奴兵達を前に出してくるのなら、それがベスト。帝国の正規部隊やエルンスト、トラヴィスが自ら前に出てきた場合は――重要な手札を相手に切らせることができた、と考えるべきだ。


 その場合は応じて戦奴兵達の安全を確保しつつ、エルンストとトラヴィスを討ち取ることを目指す。自分達がその場で姿を見せるかどうかは状況によるだろう。


 帝国の対応は――戦奴兵と督戦部隊、正規兵の一部を混成させるような形での出撃だった。クレア達がこの機に乗じる。或いは襲撃自体をクレア達が仕組んでいるもの、というのを想定しての対応と言える。

 これならば部隊ごとの分断はされないし、乱戦の中でも必要に応じて戦奴兵を人質に取ることができる。


「なるほど。私達への警戒度が非常に高いようですね」


 クレアが呟くように言う。だが、それならそれで別に構わない。

結局のところ、戦奴兵の安全確保が最優先事項で、督戦部隊や工兵部隊、正規兵への攻撃はそのついでだ。


 安全を期すために、まずは木々の群れを差し向けてその技量を見る。警戒すべき対象が混ざっているかどうかで対応を変えるだけの話だ。


 本陣の外に出た増援に混ざっている正規兵達は基本的には手練れではあるのだろう。殺到する木々の群れに、混成部隊で即席の隊列を組んで工兵部隊との合流を目指すべく、突き進んでくる。本陣に精鋭を配置しているのは、戦奴兵に戦力を温存させるような形で大樹海奥地、或いは永劫の都を目指しているからと推測された。


 装備品も上等だ。正規兵は全員が魔法絡みの武器防具で身を固めている。青白い魔力を纏う刀身を振るい、次々と下位種を切り裂いて工兵部隊の元へと向かって突き進んでいく。


『不自然な魔力の反応だとか、意図して魔力を抑えている感じはないと思いますわ』

『オルネヴィアは警戒や緊張が強いというようだと言っています』


 セレーナやローレッタの言葉が糸を介してクレアに届く。魔力反応を見たり感情の臭いを感じ取ったり。結界から外に出てしまえばそうした情報を、探知魔法を向けずに知ることができる。


 警戒や緊張、というのはこういう場面でのエルンストやトラヴィスは抱かない感情であるようにクレアは思う。話に聞く両者の像に重ならないのだ。セレーナの見立てからも――その二人は出撃してきた者達の中には紛れていないのだろうとクレアは判断した。


「工作部隊と接触したタイミングで退路を断って、そこからは一気に仕掛けます」


 一気に仕掛ける。つまりはクレア自身が動くということだ。


『幻影と隠蔽の展開は任せておいて』

『事が済むまでは隠し切って見せるわ』


 シルヴィアとディアナが糸繭の中でそう宣言する。クレアは「ありがとうございます」と、礼の言葉を口にしながら、糸繭の外に出て、羽根の呪い、小人化の呪いを解除してその時を待つ。


 そうして出撃した部隊が工兵部隊のところに到達する瞬間、上位種の木が腕を振り、下位種の木々が呼応して、退路を遮断するように動いた。遮断しながら猛烈な勢いで迫り、文字通りに飛び掛かってくる。


「魔物如きが小賢しい……!」


 統率された魔物の群れともなれば意識はどうしてもそちらに向く。対応しようとした、その瞬間。


「今」


 クレアは伸ばした両手の指を、握り込むように動かした。呼応して、木々の隙間から糸矢の雨が低い軌道で放たれる。


 頭上から飛び掛かってくる木々に対してその意識は向けられていた。加えて、混成部隊であればクレア達が監視していたとしても、範囲攻撃のようなものはこないだろうという見積もあっただろうか。


 だから。乱戦、混戦であろうとも精密な軌道を通す弾幕を撃てる相手、などというのを想定していなかったのだ。人形繰りとしての前世で培った視線誘導、意識誘導の技術も動員しての不意打ち。


 狙いは、帝国正規兵達の足元。迎え撃とうとしていた彼らは、突然脚部を貫く鋭い痛みに目を見開く。体勢を崩した状態のまま、上から木々に飛び掛かられた。ある者は何とか木の一撃を受け止め、ある者は受けることが出来ずに鋭い枝を鎧の隙間から突き込まれた。


 しかしクレアの糸矢で撃たれたのは、帝国兵だけだ。戦奴兵には一発足りとて当たってはいない。


 戦奴兵達への帝国兵の対応ができなくなった瞬間を見逃さず、クレアはそのまま一気に動きを見せた。

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― 新着の感想 ―
相手が魔物だけでは無いとは想定できていないでしょうからねー 戦奴兵になんか気を配ってる余裕はもう無さそうですね
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