第325話 戦奴兵達の背後に
トリネッドとのやり取りをしながら探知魔法で帝国兵や戦奴兵の位置をクレアは探っていく。
大きな規模での行動をしている以上、隠蔽結界を使っていてもクレアの探知魔法を誤魔化しきれるようなものでもない。まして、今回はトリネッドから大体の位置情報を貰っているし魔物達との戦闘中だ。すぐに戦奴兵や帝国兵達を捕捉することができた。
「……見つけました。距離を保ちつつ糸を伸ばし、そこから視覚情報を送ります」
『私もその情報は受け取れるのかしら?』
「接続している糸の制御を私に委ねてもらえるのでしたら」
『良いわ』
トリネッドが術を受け入れてくれたということで、制御を預かったクレアが糸の性質を変化させる。
「これで見えていますか?」
『ええ。見えているわ。人形が手を振っているわね』
クレアの肩で手を振る少女人形に、トリネッドがどこか楽しそうな声色で答える。
「では、もう少し距離を詰めていきます。こっちが干渉したい場面だった場合に駆けつけられないというのももどかしいものですし」
戦奴兵達が危機的状況なら気付かれないように支援するということもできた方が良い。だが、トリネッドからの情報では今のところはまだ苦戦という感じではないそうだ。まだ大樹海でも比較的浅いエリアで、危険度の高い魔物の生息域を一応避けるように迂回しながらルートを選んではいるようだ。
「完全な力押しというわけではないのは、継続的な往来を可能にすることを最終的な目的にしているからか」
「だと思います。大樹海の中心部を目指すのであれ、大樹海を打通して王国への進軍路を作るのであれ、危険な最短距離を選んでいては継続的に使える道になんてできないでしょうし」
『まあ、仮に往来ができるような状態になっても、私が健在ならルートを潰してしまうのだけれどね』
トリネッドが言う。魔物の誘導によって分布や勢力図を塗り替える、ということだろう。往来ができない状態になってしまえば、折角開いた道もすぐに大樹海の草木に埋め尽くされる。大樹海と定義されている範囲内での植物の生育は通常よりもかなり旺盛なのだ。
「なるほど……。大樹海を切り拓いたりできないわけです」
過去そうやって切り拓いたルートが潰されたという事例もある。種が割れてみればトリネッドの仕掛けだったという事なのかも知れない。
『中心部を目指していないのならお目こぼしぐらいはするのだけれどね』
トリネッドが言う。許容するケースもある。冒険者が外縁部で素材を得る程度の小道、獣道と変わらないような粗末な道、外縁部で遺跡などが発見されて危険が予想される場合に必要があるならトリネッドは放置するだろう。
開拓計画だとか、国や領主が主導で切り開いて中心部を目指すだとか、許容できない場合には排除に移るが。
「私の庵などは許容範囲ですか」
『あなた達は開拓するつもりも中心部を目指すつもりもないでしょう?』
「まあ、そうですね」
「なら別に良いわ。徒に領地を広げるつもりもないのでしょうし」
森歩きの術を使いながら進んでいけば――やがて遠くから微かに喧噪が聞こえてくる。剣戟の音。怒号。
「この辺から状況を見ていきましょう」
周辺の安全を確認しながらもクレアは糸を伸ばし、離れた場所の視覚情報を得ていく。樹上を這うように進み、木々と茂みを抜けて。
「あれは――」
そこに戦奴兵達がいた。猿の魔物の群れと戦闘中であるらしく、隊列を組んで武器を振るっている。
戦奴兵が握る剣は雷を纏っていた。――いつぞや、ウィリアムの部下達が使っていた魔法道具と同じだ。斬撃と共に肉体の自由を奪う。対策ができない相手ならば、剣の打ち合いや掠った程度でスタンさせることができる。肉弾戦を主体とする魔物相手ならば、十分な制圧力を有するだろう。
部隊編成はあちこちの他民族、他種族から大樹海方面の国境線に取られた者達で構成される。巨人族もいればダークエルフやドワーフもいる。帝国の南方に送られた者達もいるという、反抗組織の掴んでいた情報の通りではある。クラインヴェールに送られた者達の所在が追えなくなっていたからこそ、別途調査と救出が必要だったのだ。
帝国南方の国境線に送られた者達は――こうやって大樹海や王国への侵攻の際に出てくるだろうというのは予想がついていた。
ともあれ、巨人族を活用しようという構成であるのは伺える。巨人族に鎧を纏わせ、大盾を持たせてタンクとし、魔物の注意を惹きつけつつ他の者達で小回りという弱点を補うという構成。
それよりも問題は――。
「督戦部隊か……」
ウィリアムが不快げに眉根を寄せる。
戦奴兵達が前衛中衛となり、森歩きの術やゴーレムを従える魔術師部隊が後衛として配置されているが、それ以外に――戦闘に加わらずに魔術師部隊の後方で待機している者達がいる。
帝国兵のみで構成された部隊。だが、他の帝国兵部隊ともまた違う、特徴的な赤色の腕章をしていた。
「督戦――。味方を監視する部隊ですか」
「従属の輪が活用され始める前の時代にはあったと習った。逃亡や裏切りの防止、離反者の処罰までを行う。そんなものを今復活させてくるというのは……」
「戦奴兵対策への対策、ですか」
例えば、命令権や解除権を持つ者はもっと後方に配置することで即席の離反対策をさせない。解除対策がそれとは違うものだったとしても、後方から狙われているのだから、命が惜しければ戦えという、シンプルな脅迫として機能する。勿論、そのためには督戦部隊がそれを実行できるというのが前提になる。
督戦部隊の実力は――所作はそこそこの実力といった感じだが、隊長らしき人物は大きな鐘が先端につけられた錫杖のような装備を肩に担ぐようにして持ち、油断なく戦奴兵達の戦いを見回している様子だ。
鐘錫杖から強い魔力の反応。何か強力な魔法道具で、波長からすると恐らく武器や兵器の類だ。督戦部隊が持っているということはその力は魔物ではなく、戦奴兵が離反した場合に向けられるものなのだろうが。
「編成を確認しておいて正解でした」
従属の輪の解除はできる。だが、そうすれば督戦部隊が離脱した戦奴兵に攻撃を仕掛けることになる。先に督戦部隊をどうにかしなければならない。
手順としては別にそれでもいい。しかし、帝国の――というよりもエルンストのやり方に嫌悪感があった。従属の輪が無効化されるのだとしたら、帝国兵を前に出せばいいだろうに。巨人族がいなかったとしても戦奴兵に貸与している程度の魔法道具、結界や隠蔽を施している魔術師隊がこれだけいれば、進軍自体はできるはずだ。だというのに、コストや人員を余分に割いて強力な兵器を大樹海攻略には使わない。
そこまでして帝国兵を戦わせたくないのに、国民を大切にしているというわけでもない。戦奴兵達を苦しませたいのか、それとも他に何か理由があるのか。クレアには、エルンストの考えが理解できなかった。
クレアの与り知ることではないが、帝国としてはクレアの覚醒を促す手でもある。戦奴兵が苦境に陥れば。その救出が困難であれば、力を大きく引き出さねばならず、更なる状況の前進になるだろうという策であった。
「後詰めの部隊の様子も見て、全体像を把握しておいた方が良さそうだな」
「そうですね……戦奴兵もここにいる人達が全員というわけではないのだと思いますし、戦奴兵の扱いには非合理を感じますが、大樹海を攻略する方法に関してはしっかりと準備されてきているように感じますから」
グライフの言葉にクレアは頷き、大樹海の奥を見据えるように視線を巡らせるのであった。




