第323話 迎撃作戦に向けて
トリネッドと連絡し合い、分かったことを集会所にて皆と共有していく。
「多分、好戦的であれ比較的温厚なタイプであれ、基本的には大樹海の中心部に行かせないように動くようです。共闘を望めない領域主のテリトリーには踏み込まず、十分に安全な距離を取って戦うのが良いでしょう」
「戦闘中に誤って踏み込んでしまう可能性がありますわね」
「そこは――私の糸を使うなり魔法道具を使うなりして、安全な距離を教えるということで。帝国兵は気にせずに踏み込むのかも知れませんが、その程度の人数で領域主をどうにかできるとは思えませんし」
クレアが言う。
「それと……もう一つ。ロナ。イルハインが最期に言ったことを――皆に共有しておこうと思うのですが」
「そうかい。まあ、あんたのことだし、関連性についちゃあ感じてる奴も多かっただろうし、好きにすると良い」
クレアに視線を向けられたロナが答える。クレアは頷くと、ロナが聞いたというイルハインの最期の言葉を皆に伝えていく。
「王家の血が未だに我らを縛るのかと。そう言ったのだそうです」
「ま……クレアの固有魔法が起こした現象が現象だったし、帝国に追われていることは分かっていたし、ロシュタッド王国上層部の考え方も分からなかったしで、流石に状況を考えると伏せといた方がいいだろうって、他人には言わなかったがね」
血筋がどうだとか、古い因縁など本来どうでもいいことだとロナは思っている。知らずに平和に暮らせればそれはそれで良いのだから。
だが現状、アルヴィレト王家の運命の子であるとか帝国が鍵と見なしていること。複数の領域主達がクレアに一目置いていることなど、何かしらの関係性が見え隠れしているのは分かっている。
ロシュタッドの首脳陣――リヴェイラ王やシェリル王女、それにリチャードもクレアに対しては好意的で、同盟関係を構築しているという状況になっては、明かしたところで関連性については今更だと言える。
「アルヴィレト王国と永劫の都を築いた古代文明……それに領域主との関連があるのは間違いないようだけれど、関係性については色んな方向が考えられるわね」
「確かに、領域主が最終的に味方になって欲しいと言ってくるあたりはな。永劫の都の文明にとって……後継者だったか、或いは袂を分かったか。それとも最初から敵対者で封印などを施しただとか色々な可能性が考えられるが……」
シェリーの言葉にウィリアムが思案を巡らせながら言う。
それ次第で彼らとアルヴィレト王家の先人達の立ち位置は少し変わる。領域主が守っているのが永劫の都そのものなのか、それとも封印を守っているのか。
「過去の関係は然程の問題じゃあないさ。当事者じゃあない遠い先祖のしたことや考えたことなんざに、不条理に縛られる意味なんざない。結局のところ、今生きている者達がどういう選択をするかだろうさ」
ロナが肩を竦める。
「そう、ですね。私は……帝国から鍵扱いされてはいますが封印を解こうとは思っていません。帝国の今後の動きで仮にそうなったとしても危険な過去の遺産なんて、差し迫った危険がないのなら再度封印をする方向で動くと思います」
「古文書の警告に賛同する方向ということよね」
ルシアがうんうんと頷きながら言うとクレアも頷く。
その一点を見失わずに行動すれば、一先ずは問題ないとクレアはそう思う。
永劫の都にある何かなど、忘れ去られたままで人々は平穏に暮らしてきたのだから。何が眠っているかも不明な場所から余計なものを掘り起こす必要などないのだ。
「永劫の都か……」
「やはり大樹海の地下あたりに埋もれてしまっているのだろうか。領域主達のいる範囲から推測するに、それほど大きな規模の都ではないのかも知れないが」
地図を見ながらそう言ったのはルードヴォルグだ。
「普通ならもう大樹海の木々や地面に埋まってしまっているだろうけれど」
そうニコラスも応じた。大樹海中心部には領域主達が集まっているが、それぞれの領域の位置から推定される中心部の範囲に都市があると見た場合、それほど大きくはない規模だと推測するのはルードヴォルグやニコラスの見立て通りではあるだろう。
「ま、そりゃ常識的に考えればの話だがね。地下に埋まってる状態なら発掘の手間もかかるだろうが」
「そもそもが常識外の可能性もありますし、まずは辿り着かれないことを考えなければいけませんね。特に――エルンスト帝やトラヴィスには」
今の帝国の中枢にいる二人だ。
「トラヴィスに関しては他の皇位継承者達が軒並み倒れたために次期皇帝の立場にいる。野心を抱えているのだとすると、尚のこと注意が必要だな」
ウィリアムが言う。裏の顔を知らない内は人当たりの良い人物に感じていた、というのはウィリアムやイライザ、ルードヴォルグらの共通の意見だ。そのため、帝国内でもトラヴィスは表向き人格者のように言われている。
逆に――裏の顔を知っている者は帝国の暗部を関わっている者達ということになる。自分自身も後ろ暗いところがある以上は、トラヴィスの告発などは望めないどころか、結託して自身の保身を図るのではないだろうか、というのがウィリアム達の意見だ。
どちらにせよエルンストが後継者を選ぶとするならもうトラヴィスしか残っていない。表裏どちらからも支持が厚いとなれば、権力が移譲されたとて、その地盤は盤石だと言えるだろう。中枢にいる者達が共犯者なのだから、それはトラヴィスを支えようとするに決まっている。
仮にウィリアム達が名乗り出て人体実験の証拠付きで告発したところで引っくり返すことはできないと予想された。帝国は秘密主義で独裁的。中枢部への権力の集中が強すぎるし、他民族の扱いも悪い。皇位継承をご破算にするような効力はあるまい。
「油断もできませんが、政治的にもエルンスト同様に捨て置けない人物ということですね」
「そうだな。トラヴィスが健在ではエルンストを打倒しても帝国は変わるまい」
倒すならば二人ともということになる。帝国の体制、性質を変えるのなら、それが最低条件で、その後ならルードヴォルグであれウィリアムであれ新しい体制を構築できるのではないだろうか。
「まあ、それも迎撃を成功させてからの話ですね。永劫の都に拘っている以上、エルンストやトラヴィスが前に出てくる可能性もかなりありますから。その時に対峙できるかも知れません」
永劫の都の遺産の正体は不明だが、エルンストはきっとそれを人任せにはしない。自ら前に出てくるし、その時に高い魔法技術を有するトラヴィスも必要とされて駆り出される公算が高い。
戦奴兵達の解放も重要な部分だが、エルンストとトラヴィスの討伐も焦点になってくるだろう。
「エルンスト帝達が前に出てきた時は、一応その位置を教えてもらえるようにトリネッドさんには頼んでいます。といっても、殊更身分の高そうな人物がいたり、2人の名を呼ばれているようなところを見つけたら教えてもらう、という感じにはなりますが」
「二人の容姿については伝えているが、トリネッドはクレアのように糸で見ているわけではないようだからな」
音を感じ取っているわけだから、トリネッドの糸があるところで2人の名を呼んだり判別できるようなやり取りをしていれば位置が分かるということになる。上手くすれば奇襲を仕掛けられる、かも知れない。
「トラヴィスの戦闘能力はどうなのかしら?」
「そこは秘匿されていて情報がないな。魔法技術の高さを見るに、魔法の実力もあるとは思うが」
シルヴィアが尋ねるとウィリアムが答える。
「情報の秘匿は意図的なものかと。固有魔法も持っているという前提で考えておくべきでしょう」
イライザの言葉に、一同も頷き合うのであった。




