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第319話 トリネッドの望み

「何か……お聞きしたいことがある、と?」

「ええ。例えば今の大樹海の外の状況とか。ここのところ、少しばかり騒がしくなっているようだから」


 トリネッドは少し小首を傾げるようにして言った。人間と同じ部分に配置されている目については目蓋もあって、口元も人間と同じ構造をしているから、感情や表情は読み取ることもできる。

 オルネヴィアも静かに静観しているあたり、トリネッドに取り立てて悪意や敵意と言った感情は嗅ぎ取れないということだろう。


 領域主達には言えないこと、というのもあるらしいが、それ自体が既に大きな情報だ。何かの命令によるものなのか。彼ら自身の誓約によるものなのかは分からないが、領域主達は行動に縛りがある。

 自身の領域を守るという性質一つ取ってみても、単純に縄張りだからではなく、その場所を受け持っているからという方がしっくりくる。永劫の都にどんな関わりを持っているのかは知っておきたい。


 オルネヴィアの反応と合わせて考えるなら、恐らくトリネッドは心情的には味方、なのだと思う。ヒントを与える必要など、そもそもないのだから。


「北方、南方に絡んでのお話ならできると思います。ただ、その前に前置きを」

「前置き?」

「はい。私達はあなた方のことがよく分かっていませんからこういう話からになるのですが……これから話をしたことに多少の矛盾があったとしても、私がする話は、王国と帝国、という集団に属する話であるからなのです。あなた方が人間の性質をどのように理解して受け取っているのか分からないからこういう話からになるのですが」


 話が通じると言っても別種だ。集団と個の意図の違いや責任の所在といったものをどの程度理解しているのか、という話になる。


 トリネッドはクレアの言葉を聞くと興味深そうに顎に手をやって笑う。


「なるほど。違う生き物である以上は確かに必要な前置きね。私だって、イルハインのしたことで文句を言われても理不尽だと思うし、領域主だって考え方はそれぞれで違うものねえ。……いいでしょう。あくまで集団の意志、方針はどうなっているのか、ということとして聞くわ。ああ、それとね。領域主の人間達の理解度だけれど――」


 トリネッドが目蓋を細める。少し、意味ありげな笑みだった。


「皆、それなりには高いと思うわよ。個人のしたことで、集団に対して大きな報復には出ない程度にはね」

「……十分です。では、私達の視点から見ての話を」


 そう言って、クレアは最近の情勢から話をしていく。筋道立てて話した方が分かりやすいだろうと、王国から見ての帝国観であるとか、遺跡の発見と墓守の話から始めた。


「遺跡……ふうん。そんなところにそんなものがあったのね」

「墓守、というのは知っているのですか? こんな姿をしているのですが」


 と、クレアは幻術で墓守の姿を映し出す。


「私達とは別のものねえ。来歴については答えられないけれど」


 トリネッドは肩を竦め、孤狼も頷く。

 答えられないと言った。

 知らない、答えを持っていない、という意味に受け取ることもできるが、先程の言葉を踏まえるのなら恐らくそうではあるまい。古代の遺産に関わる来歴を持つから、自分には話が出来ないという意味だとクレアは受け取った。そしてそれは、取りも直さず領域主達の来歴が古代文明――永劫の都に関連している、ということも意味してくる。


 あの墓守とは直接的な関係がない、というのも、悪くはない話ではあるだろう。それが理由で領域主達と敵対することもないのだから。


 それから――クレア達は帝国の斥候部隊を発見したことや、イルハインと戦う切っ掛けになった話など、帝国が絡んで起きた大樹海での事件を一つ一つ話していった。


「イルハインに関しては……私達も身を守るために戦った部分が大きいのですが。その辺はどう思われているのですか?」

「あれの自業自得ではないかしらね。遊びで無闇に殺しているのだから、それが原因で身を滅ぼしもするでしょう。さっき報復の話もしたけれど、そんなくだらないことで人間達に悪意や恐怖を向けられてしまうというのも、迷惑な話だわ」


 トリネッドはさして気にしていないというように言った。寧ろイルハインに対する印象が良くなさそうな口ぶりだ。イルハインが原因で領域主が人間達と戦いになっては迷惑、というのは先程の理不尽という話にもかかってくる部分ではあるだろう。


 一先ずイルハインのことでトリネッドや孤狼、天空の王といった面々から敵意を持たれるわけではない、というのは安心できる話ではある。


 そのままクレアは、古文書を解読して永劫の都に触れてはならない、という情報が得られたことをトリネッドに伝えて反応を見る。

 トリネッドは何も言わない。永劫の都という言葉が出た瞬間も静かに相槌を打つだけだったが、一瞬、少しだけ意味ありげに笑みを深くしたのは見て取れた。


「というわけで、この地を治める辺境伯家や王国……それに私達も、永劫の都に対しては古文書の警告を重視して距離を取りたいとは思っています」

「そう……。それは一先ず賢い選択でしょうね。けれどそれも、状況が許すのなら、というところでしょうけれど」

「はい。帝国はそう思っていない……というよりも、それを最大の目的として動いています。帝国国内に赴いて調査も行いました」


 クレアはそのまま、その根拠を伝えていく。帝国が大樹海近辺の軍備を増強していること、孤狼や白狼に手出しをして白狼を人質にしようとしたこと。


 クレア自身を帝国が鍵と呼び、アルヴィレトにおいて運命の子と呼ばれているということの説明は後からだ。

 大きな反応があるかも知れないそれは、出来るだけ伏せ、他の話題を振ってそれらへの反応を見たいというのがあった。


 帝国の行いを伝えて分かったこととしては――トリネッドは人の在り方を理解しているし、人の言うところの真っ当な倫理観も理解している。だが、帝国の行いに対しては、人というのはそういうものだろうと達観しているという印象を受けた。


 失望も怒りも諦観も共感もなく、淡々としている。そういう行いをする生き物だと知っているからそういう反応になるのだとクレアは受け取った。

 それは別種であるからというよりも、古代文明や永劫の都の在り方がやはり何か、後ろ暗いものだったからなのではないかと、クレアは思う。


 ただ……ローレッタ達が囚われていた研究施設の下りだけは、僅かに感情に連動した魔力が揺らいだように思う。それは怒り故なのだろうか。領域主達が同じような経緯を経たか、或いはそれとも――他に何か理由があるのか。

 領域主達の行動に何かしらの制限があることとも関連があるのだろうか。が、それらをトリネッドが話せるなら話してくれているだろうとも思う。それらもきっと、秘密に繋がるものだろうから。


 それから――順番を前後する形で、クレアは自分について話をした。


「どうやら、私は帝国から鍵と呼ばれて、行先を追われているようです。出自を話すのならば帝国に侵攻を受けたアルヴィレトという国の王族で……そこでは予言されていた運命の子という扱いなのですが――」


 これを話すことで、トリネッドの反応が大きく違ってくる可能性がある。最悪、敵対される可能性とてあるのだ。だから、順番を入れ替えて話した。


 果たしてトリネッドは、どちらの言葉にも大きな反応は示さなかった。少し笑みを深めただけだ。それはやはり、クレアが焦点になると予想していた、というように見える。


「運命の子――そう。やはり、会いに来て正解だったわ」

「何かご存じなのですか?」

「話せないことは色々あるのだけれど……そうね。あなたの固有魔法は……糸、だったりするのかしら?」

「それは――」


 クレアが返答に詰まると、トリネッドは更に笑みを深める。


「糸というものが、そういう寓意を含むものがあるものね。私も糸を使うから、親近感が湧くわ」


 トリネッドは両手の指先を合わせるようにして嬉しそうに言う。固有魔法を言い当てたことで他の面々にも多少の緊張が走るが、トリネッドは敵意はないというように掌を見せながら言葉を続ける。


「あなたは警戒しているようだけれど……あなた達が領域主と呼ぶ者達は基本的には中立で外に干渉せず、人の勢力のどこかに肩入れすることもない。あなた達から見れば中立的な立場だわ。だから――あなたが、最終的には私達(・・)の味方になってくれることを、私達の方が望んでいるのよ。それは覚えておいて」


 基本的には中立、というのは例えば報復行動もそうだ。利害が一致すればどこかの勢力と共闘するだとか、基本以外の行動をすることもあるということ。


 孤狼は領地の外に普段から出歩いている特殊な事例ではあるが、トリネッドがここに来たのはその理屈に照らして言うなら、クレアと話しておくことが領域主にとっての利益なりに繋がると判断してのことのようだ。


 私達にとっての味方、というのはどういう意味か。トリネッドは私達を妙に強調したが、普通に考えればそれは領域主のことを差す。……そのはずだ。狭義で孤狼や天空の王など、一部の領域主に限定してのものかも知れないが。

 では、味方に対する敵は? とクレアは思考を巡らせる。一体それは誰になるのか。帝国か。人そのものか。

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― 新着の感想 ―
イルハインはまあ置いとくとして領域主が望む存在でもあるみたいですねえクレア あちこちからモテモテだねえ
 もしや、『永劫の都』には封印された領域主級のナニかがいるのかな? 力と永遠を求めた古代王朝の王族的な元人間とか…。
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