第315話 最上階の人物は
治療等を改めて施すにしても糸繭が解けるまでは様子を見るしかない。クレア達は目を覚ました者達の体調を確認したり、食事や着替え、仮住まいとなる住居の手配をするなどしていった。
「目を覚ました魔物達は……見たところ、戦闘能力の高い種が多いようですな」
「帝国の目的が魔導強化兵だとか何とか。最初から兵や戦奴とすることを想定していたようですから。こちらに好意を持っていてくれていますが、領地の方々の心情を考えるとそのまま解放というのも、問題がありそうですね」
「確かに……。これだけ強力な魔物達だと不安に思う者も出て来るやも知れません」
リチャードとクレアは分離された魔物達を見ながら話をする。
「軋轢は望むところではありません。許可を頂けるのなら魔物の子達も面倒を見たいと思うのですが」
「ふむ」
リチャードが顎に手をやって思案しながら魔物達を見やると、居並ぶ魔物達は期待を込めた目でリチャードを見返し、ふんふんと首を縦に動かすものもいた。
「――記憶等の情報を共有したことで、人の言葉を理解しているようですな。問題もなさそうですし、従魔契約と食料支援の手配をしておきましょう」
その様子にリチャードは苦笑する。どうやらクレア達と共にいることを望んでいるらしい。帝国への意趣返しを期待している部分もあるのかも知れないが。
「ありがとうございます」
「私達からもお願いしたき儀があるのですが」
ローレッタが言う。
「なんでしょうか?」
「先程彼らとも少し話をしたのですが、組み込まれていた者達は文字通りに苦楽を共にした仲です。従魔とするのなら、お互い共にいた者達同士でというわけには参りませんか?」
「問題はありませんな。他の誰かに任せるより気心が知れているというのは良いことかも知れませんし」
問われたリチャードがそう答えてクレアを見ると、クレアも頷く。
「お互いに一緒にいて、あの場所での記憶を思い出して辛い、と言うことがないのでしたら。今後そういうことがあっても、相談して頂ければ対応します」
クレアが言うと、元の姿に戻った者達は魔物達と顔を見合わせ、お互いに頷き合っていた。許可を貰える事が嬉しいようで、笑顔で魔物達と抱擁し合っている者もいる。
自分の心配は杞憂のようだと、少女人形がクレアの肩でその光景にうんうんと頷いた。
救出した者達の今後について話し合っていると、糸の視界で繭の様子を見ていたグライフが言った。
「あの人物の繭が解けるようだ」
クレア達が頷いて、安置されている部屋に向かう。毛布は既にかけられており、クレア達の見ている前で、その人物の糸繭が段々と薄れて消えていくところだった。
長い金色の髪の――線の細い人物だ。顔色が青白く、確かに健康そうには見えない。シェリーが手を翳し、固有魔法で体力の増強と回復を促していく。
「……何だと……どうして。彼がここに」
信じられない、というような言葉を漏らしたのはウィリアムだった。視線がそちらに向くと、イライザも目を見開いてやや呆然としたような表情を浮かべている。
「知っている方ですか?」
クレアが尋ねると、ウィリアムはもう一度まじまじと男の顔を見てからイライザにも視線を送る。間違いない、というように目配せすると、ようやく口を開いた。
「知っている……。皇太子ルードヴォルグだ」
「少なくとも、私達にはルードヴォルグ当人であるように見えます。よく似た――影武者かも知れないと言われれば、否定はできませんが……」
ウィリアムとイライザの言葉に、その場にいた者達に衝撃が走る。
「帝国の……皇太子だと……?」
「少なくとも、私達が作戦行動でこちらに来た時には、まだ帝都にいたはずです」
「私達も、そんな情報は掴んではいないわ。ホレス達にも確認を取ってみましょう」
イライザの言葉を受けて、シルヴィアもそう言って外に出ていった。シェリーの固有魔法もあるために、主だった顔触れしか同席していないためだ。
男を寝台の上に移動させてシェリーの固有魔法による治療を続けていると、シルヴィアはすぐに反抗組織の者達に確認を取って戻って来た。やはり、そんな情報は反抗組織の面々も掴んでいないということである。
「であれば、この人物が目を覚ましてから聞くか、あの捕虜とした男に尋問を行うかだが……」
「尋問、ですか」
「従属の輪を付けているとはいえ、そうした輩と接するのは気分がいいものではありますまい。諸々の情報を引き出すのは私に任せて頂きましょう。クレア殿が戦いの場に立っている以上は、それぐらいはさせていただきたい」
リチャードが笑って言う。
「ありがとうございます。では――それはお願いします」
クレアはリチャードに頭を下げる。研究施設で行われていたことはクレア達が現状把握している以外にもあるだろう。
それらの情報を残らず引き出さなければならない。研究資料の類の精査にしても、量が多いから精査と全容把握にはまだしばらくの時間が必要になると予想された。
「いずれにせよ、問題はルードヴォルグですな。影武者であれ本人であれ、帝国の裏事情に繋がる情報を持っていそうではあります。ただ――」
「ただ……?」
「元の状態の話を聞く限り、目を覚ました後にまともな話ができるかどうか、という心配はあります」
分離されたのは呪いの結晶のようなものだけだ。それが原因であんな状態になっていた。治療されていたのか見せしめなのか、それとも何かの実験や事故の結果なのか。それは分からないが他の者達とは事情が違うし、過酷な状況に置かれていたというのは間違いない。目を覚ました時に、正気を保っているのかどうかという心配はある。
「それは――大丈夫、だと思います。多分、ですが」
クレアは少し表情を曇らせる。
「糸繭で包んだ時に、少しだけ周囲の状況の変化に困惑しているのと、どうなっても同じというような、諦観が伝わってきましたから。あの状態で尚、理性的だったということです」
「ふむ。精神は正常に保つだとか、そういう呪い、なのかも知れないねぇ。その場合は、より残酷な呪いと呼べるだろうが」
クレアの話を聞いたロナがかぶりを振る。
境遇には同情するがあの施設に捕らわれていたからと、即味方であるとは言えないというのもある。
例えば皇太子本人が帝国のために動いた結果の名誉の負傷であんなことになっていたと仮定した場合。
クラインヴェールの研究施設は秘密裡に治療を受けさせるのにはかなり都合がいい場所だったと言える。ルードヴォルグが目を覚ました時に非協力的であるばかりか、敵対してしまう可能性はあるのだ。
「どういう事情かは分からないが、ルードヴォルグの身体が元々弱かったというのは話に聞いている」
ウィリアムが言う。
「身体の状態は――一先ず回復したわ。いつ目を覚ましてもおかしくはない、と思うけれど」
治療を続けていたシェリーが手を放して言う。
シェリーのそうした身体の状態の見立てには信頼がおける。クレア達は消音結界で情報を遮断しつつ、ルードヴォルグらしき人物についてあれこれと推測し、一つ一つのケースに対応策を考えながらも目覚めを待っていると、そんなクレア達の目の前で、ルードヴォルグが身じろぎするのが見えた。
「……う、あ……。こ、ここ、は。わ、私は……何故」
声を漏らした男は、まずそのことに驚いたようだ。そして、自身の手を見て更にその驚きの色を深くする。まともな声を出せる。自身の手を見ることができる。それだけでも男にとっては驚愕の事態なのだろう。
そして、これで理性が残っていると言うことが分かった。クレア達は顔を見合わせると頷き、男に話しかけるのであった。




