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第287話 状況の推移

 狼達を迎えて、クレアは家の裏手の庭で少し寛ぎながら話をする。辺境伯家のところに連絡が行って迎えが来るまでは時間があるからだ。戦いの後ということもあって、心と身体を休めたいというのもある。


「何と言いますか――とても調子が良くなりましたわ」


 シェリーの治療を受けたセレーナの言葉は、ヴァンデルの一撃を受けた脇腹に限定した話ではないらしく、肩を回したり軽く跳躍したり遠くを見て目を瞬かせたりしていた。固有魔法の調子もいいのだろう。


「殴打された箇所は確かに、防具と魔法道具がしっかりと守ってくれたようだわ。私が診た時の印象は軽傷だったものね。念のために打たれた部位に治療を施して、それから回復力が高まるように全体を活性化させたわ」

「それは――心強い話ですね」


 楽しそうに話すシェリーの言葉に、少女人形がうんうんと頷く。


「こういう使い方も……ルーファス様の治療で回数を重ねられたからでもあるわ」

「そうなんですか?」

「ええ。魔力を通すだけで悪くしているところやその程度も段々分かるようになってきてね。加減も上手くなってきている……と思う」


 シェリーが腕組みをして顎に手をやって思案しながら言う。


「表に出ない部分が分かるというのはすごいですね。どんどん成長している気がします」

「あら。成長というのなら、クレアの方こそよね」


 シェリーが同意を求めるように横に視線を向ける。シェリーから尋ねられたセレーナはクレアを見てから頷いた。


「そうですわね。何と言いますか……クレア様の魔力は強敵との戦いを経る度に研ぎ澄まされていっているように感じますわ」

「あまり自覚はないのですが……見てわかるほどなんですか?」


 少女人形が首を傾げると、シェリーは手を翳し、セレーナは眩しいものを見るように目を細めてからそれぞれ頷く。


「ま、強敵との実戦てのはそういうもんさね。クレアの場合は――それが顕著な気もするがね」


 ロナが言う。先程の隠蔽結界への同調の仕方一つとってみても、スムーズになっていた。独り立ちした時から見てみても、しっかりと実力をつけていると思えるものだ。


 そうした技量だけでなく、魔力量や質といった部分にも向上が見られる。固有魔法を持つ故だろうか、とも思うが、実例が少ないだけに何とも言えない。同じ固有魔法持ちであるセレーナもシェリーも、優秀で成長速度が速い。ロナがその技量を間近で見ることはあまりない者達――ニコラスやウィリアム、イライザも恐らくはそうなのだろう。

 クレアは頭一つ抜きんでているように思うが、固有魔法を持つ者というのはそういうものなのだろうとロナは理解していた。


 そうやって話をしていると、やがて辺境伯家から迎えの馬車がやってくる。

皇子を倒したということもあり、伝言で終わらせられるような話でもない。ヴェールオロフやアストリッドと共に辺境伯家へ向かうこととなっていた。




「どうなっているのだ!」


 ヴルガルク帝国の帝都――宮殿に、怒号が響く。円卓に居並ぶのは金獅子帝エルンストの側近達だ。上がって来た報告に驚きを禁じ得ない様子だった。


 驚く、で済めばいい。事態は深刻だ。魔将として名高い武人、ネストールが死亡。監獄島の看守と人質達が行方知れずとなったかと思えば、然程日を置かずにバルタークが討ち取られたという報が入ってきた。


 誰がどのようにそれらを成したか。それらも不明と来ている。一度捕虜となった者達は従属の輪を付けられ、情報の伝達は勿論、以後の軍属や後方支援を禁じられた。

 兵卒や敗戦そのものよりも、ヴェルガ監獄島がその機能を止めたことが拙い。ネストールやバルタークといった固有魔法持ちが命を落としたことも、帝国の戦力を大幅に削ぐものと言えるだろう。


 伝令の報告は要領を得ないものばかりで、あまりに情報が不足しているために側近の怒号が飛んだというわけだ。激昂によって場が静まり返り、居並ぶ者達はそこで初めてはっと何かに気付いたように……恐る恐るといった様子で円卓のエルンストを見る。


 笑っていた。

 側近達の予想に反してエルンストは薄っすらと笑っていた。あまり見たことのない皇帝の反応に、側近達は言葉を発することができない。どういう心境なのか、推し量れなかったからだ。


「どうやってそれをやったかはともかく、誰がそれをやったのかについての予想はついている」


 エルンストは笑みを深めながらも言葉を続ける。


「別口で報告があがっていてな。監視させている例の水晶柱の炎が、何度か勢いを増しているというのだな」

「陛下は……『鍵』がそれをやった、とお考えなのですな」

「その者達が殺されたと推測される頃合いと、炎の勢いが増した時刻とを照らし合わせれば符合するのではないかな。第一、あの国の王の処刑を臭わせた途端だ。『鍵』は優秀かつ果断で結構なことだな」


 そんなエルンストの言葉に、側近達は顔を見合わせ、すぐに伝令に時間だけでも分からないか。推測がつけられないかと命令を下す。


「恐らく、あれは力を増している。我が目的に沿うというのであれば、過程はどうでもいい。永劫の都に至るために生贄が必要というのであればいくらでもくれてやる」

「し、しかし……ネストール殿にバルターク皇子、とは」


 実子すら生贄、と言い切るエルンストに側近達は慄然として声を漏らす。それに、目的に沿うという部分を差し引いても、現実問題帝国が大きな痛手を被っているのも事実なのだ。


「くく……。そうだな。帝国としては頭の痛い話だ。しかも潜伏先が王国だとするなら、動きが随分と速い。近隣諸国の地域から軍を引き揚げさせるにしても、後一人か二人ぐらいは、こちらが対応するよりも早く動かれる……いや、もう動かれた後かも知れんな?」

「それは――」

「トラヴィスの研究は既に運用可能だ。であれば何も問題はない。そうだな?」

「はい。現状でも運用はできます。残る問題は……」

「些末なことだ。結果に影響を及ぼすぐらいならば捨て置け。それに……現状の問題がなくなったとして、それはそれで別の懸念が生じるだけだ。力というのは、持つべき者だけが持っていればいいのだからな」

「そういうことであれば」


 エルンストの言葉にトラヴィスは畏まったように頭を下げ、誰にも見えないところで口元に暗い笑みを見せた。


 エルンストの思惑は理解できる。

 現状の欠点――問題が解決して利用しやすくなることで他の者に利用されるリスクが出てくるのならば、多少の不便さは許容するというのだろう。

力は持つべき者が持っていればいい。トラヴィスとしてもその意見に大いに賛成だ。


「では、陛下。周辺諸国への兵は――」

「一律にというわけにもいくまいから個別に指示するが……基本は国境線まで戻り、守備のために必要な兵力を置いて現状維持とする。こちらも当然そうするであろうという動きをせねば警戒するであろうからな。『鍵』が自ら動いて状況が推移するというのなら、それに合わせて動けば良い。恐らくは……性分なのだろうな。逃げ隠れに徹するわけでもなく戦いを選ぶとは、随分とまあ果敢なことではないか」


 エルンストは牙を剝くような、獰猛な笑みを浮かべて言った。

難航している王国の諜報網の再編成も無理に行う必要はない。『鍵』の所在はロシュタッド王国――そしてヴルガルクの国内にも出てくるはずだ。


 アルヴィレトの王を奪還した上で尚、周辺地域で大きな動きを見せたのは『鍵』の考え方や性格、そしてその行動指針を指し示すものに他ならない。以前のように無理矢理にでも『鍵』の確保に動こうとせずとも、事態は動いていくだろう。

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― 新着の感想 ―
最終的な目的の前にはどれだけ犠牲が出ても些事とでも思ってそうですねえ……
ストーカー水晶!?
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