第284話 決着の後に
鞭剣の巨大な斬撃が轟音を立ててその雷撃を炸裂させる。魔封結晶による阻害の中でもヴァンデルは持てる魔力を振り絞り、その力の全てを防御に回す。
凄まじい魔力。いつそれほどの魔力を高めていたのか。全く理解のできない攻撃だった。ヴァンデルの直感と感覚ならば、本当ならば感知できているはずのものだったからだ。だが、踊ることで溜め込んだ雷撃を解放するという機構は、ヴァンデルの知る由のないものだ。特定状況に対する寓意によって爆発的に威力を上げるという方法もまた、ヴァンデルの埒外だ。
「お、おおおおおおぁぁあッ!」
咆哮しながらヴァンデルは影を腕に纏い、魔力をぶつけることで膨大な威力の雷撃と押し合いをする。ギシギシと軋むような圧力。あちこちに固着した魔封結晶によって不均衡、不安定になる魔力の出力を必死に抑え込む。
だが。まだ抵抗していると判断したのか、クレアはヴァンデルの魔力が安定しにくいような部位を選んで、大出力の一撃を集束させていく。
ヴァンデルをして信じられない感知能力と魔力制御の精度だった。戦士と魔術師という違いはあれど、それほどの差があるものなのか。
戦士として固有魔法の特性を利用して伸ばしたヴァンデルと、魔術師、魔女として固有魔法を伸ばしたクレア。自分は研鑽の仕方を間違えていたのではないか。そんな思いがヴァンデルの脳裏に過ぎった瞬間に。
均衡が破れれば、後は一瞬のことだ。凄まじい雷撃が放出していた魔力の奔流を食い破るように突き抜け、大きな衝撃と共にヴァンデルを呑み込んだ。
クレア本体の姿は、踊り子人形の隣にあった。攻防の中で糸束の人形と入れ替わってはいたが、ヴァンデルの感覚を欺く意味と、至近で直接操作することで魔力消費を抑えるという意味で遠隔操作はしていなかった。
ヴァンデルは自身の感覚を言語化できてはいなかったようだが、クレアの視線や気配を感じ取っていたようなのだ。糸人形から本体が離れるとそうした気配の位置がズレることで身代わりが発覚してしまうと考えたためである。感知させる偽装、隠蔽と絶対に感知させない隠蔽とに分けてヴァンデルの感覚を騙し切り、最後は魔力からは感知できない踊り子人形の雷撃を更に強化して叩きつけた。
巨大な雷撃は白銀の山脈を更に眩く白光で照らし、轟音と共に地面を割り砕くほどの雷撃を放出していった。
やがて力の放出も終わる。土煙が晴れたそこに、ヴァンデルはいた。生きてはいる。が、一見しただけで分かるほどの大きなダメージを負っていた。戦闘の継続云々どころか、致命傷だろう。
魔力も――先程の攻防で放出しつくしたのか、か細いものしか感じない。
クレアが地面に降り立つと、隣にグライフが現れる。クレアの最後の守りとなるために小人化して控えていた形ではある。
「信じ……られん、魔法の腕前、だな……。これほど、までに……届かない相手がいる、とは」
「……相性の問題でしょう。準備していれば、その戦い方から有利だろうとは思っていました」
クレアは淡々と答える。そうだろうな、とグライフも思う。というよりも、準備を整えた上で近接戦闘を主体とするヴァンデルがここまで食い下がった方が驚異的だと言えた。
その点、ネストールやバルタークの方がクレアに対して相性がいいとは言えるが――それを差し引いてもクレアは成長している、と感じられた。強敵に挑み、研鑽と研究を怠らないこと。確固たる目的があることがその成長を後押ししているのだろう。
「ふ……。そう、か。お前の、言う通りだった……のかも知れんな」
ヴァンデルは目を閉じて笑う。ヴァンデルは他者のそれを、これまで一顧だにすることはなかったが、戦いの中で伝わってくるものはある。特に、魔力や魔法からは。
戦いを楽しんでいるのか。決意を以って望んでいるのか。勘が鋭いだけに、そういったものはヴァンデルには相手の心情を魔力の波長や研鑽の仕方から垣間見ることはできるのだ。
そう。クレアの研鑽の仕方は、何か強い目的意識を持つ者のそれだと思う。享楽のために戦うことを否定し、自分の生き方そのものを否定し、その上で上回って来た。
ヴァンデルにとって、強者は敬意を払う対象。自分を否定し、打ち倒したクレアとて例外ではない。だから――ふと真剣な表情になって尋ねる。
「名前を、教えてもらえるか?」
「クラリッサ。育ての親はクレアと」
そう言って仮面を外し、偽装を解く。
「……ああ。鍵の娘――」
帝国が追っている娘。その容貌と一致する稀有な容姿。それに気付いたヴァンデルが声を漏らす。
何を目的に戦っているのか。何を目的に研鑽を積んできたのか。それらはヴァンデルが軽んじてきたものではあるが、そういうことであれば、そういう相手であれば。自分を否定したことにも、打ち負かしていったことにも納得ができるように感じられた。
「止めはいりますか?」
クレアの問いに目を閉じて静かに笑う。
「ああ……。そうしてくれると助かる。致命傷なんだろうが……固有魔法の特性で無駄にしぶといんでな」
ヴァンデルの返答にクレアは静かに頷くと、ヴァンデルに眠りの魔法をかける。
「感謝する」
ヴァンデルは静かに笑ってクレアの魔法を受け入れたのであった。
「――クレア様!」
戦いが終わると、セレーナ達が駆けつけてくる。
「大丈夫でしたか?」
「私は大丈夫です。それよりも、セレーナさん達は、大丈夫でしたか?」
「寸前で後ろに跳んだのと、竜素材の防具や防殻の魔法道具で何とか――というところですわね。ポーションは飲みましたし、一先ず行動に支障はありませんわ」
セレーナはヴァンデルに一撃食らった部分に触れながら言う。ヴェールオロフやルシア、ニコラスも問題ないというように頷いていた。
「それは――良かったです。とはいえ、後方はどこもかなり優勢に事を進めているようですし、私達は今のところ駆け付けたりする必要もなさそうですよ」
クレアは上空に糸を伸ばし、後方の戦場の状態を確認しながらそう言った。
クレアとヴァンデルの戦いの裏で、後続部隊や山岳地帯で結集しようと動いていた帝国の部隊もまた大きな被害を受けていた。巨人族の戦士達が襲撃を仕掛けたためだ。
竜騎兵達は途中でクレアの糸矢によって撃ち落とされて捕獲されてしまっていた。情報伝達が寸断されてしまえば、迫る危機を本隊に伝えることもできない。
待ち伏せている場所にヴァンデルが向かってきた以上は、他のところで巨人族に対抗できる者はいない。ならば後は結界で閉じ込め、そこに巨人族の戦士を送り込めばいい。反抗組織が姿を隠させた上で別動隊を動かす。或いはウィリアムの固有魔法でいきなり送り込み、結界で閉じ込めた上で叩き潰す。そういう作戦だ。
特に――ヴァンデルの後始末をするはずの後続部隊に関しては、戦奴兵がいないために手加減も遠慮もする必要がないし、逃がす必要も捕虜にする必要もない。アストリッドが結界内に全力でその力を使い、極寒の猛吹雪の中を巨人族の集団に襲撃されるという形になった。
「ヴァ、ヴァンデル様はどこに……! 竜騎兵は――う、うおおおぁ!」
「がああっ!?」
「こいつら一体どこから……!」
武器を持つ手指が凍り付き、流した血があっという間に冷え切っていくような戦場。そんな極寒の地獄にあっても、巨人族は何ら影響を受けない。ただでさえ地力に差のある戦士達からの極寒の中での襲撃に、後続部隊は一人、また一人と倒れていった。
他の――結集しようとしていた部隊についてはもう少しマシではあっただろうか。戦奴兵達に対し、連れて来られた要塞の上官から自分の身と周囲の戦奴兵を守る場合以外に戦う必要はない、という命令が下ったからだ。加えて、巨人族は戦奴兵には攻撃を仕掛けないと明言してから攻撃を開始した。
帝国兵が戦奴兵に命令を下そうとしてもより上位の命令が下っているし、無理矢理に言うことを聞かそうとしても戦奴兵に抵抗される。そうして、まともな抵抗もできないままに各部隊の帝国兵は巨人族に叩き潰されていったのであった。




