第277話 制圧と迎撃
要塞の司令部――作戦会議室の扉を巨人族が蹴り倒し、クレア達が踏み込む。
「何故だ……。こいつら一体、どこから、どうやって……」
ヴァンデルの留守を任された――というよりもヴァンデルの前任者として巨人族の捕獲任務に当たっていた男は呆然としながら目の前の光景を見る。
巨人族がどこからか要塞内部に侵入し、奇襲を仕掛けてきたという報告は上がってきていた。苦戦している。人質も既に解放されているのか、武器を手に暴れ回っているという話だ。ヴァンデルへの報告ができず、分断されているとも。
状況は悪い。最悪と言っていい。だが、それを差し引いても速度が異常過ぎる。分断するにしてもあまりにも的確で同時多発的。要塞内部の構造や帝国兵の配置を熟知していたとしか思えない。
内通者がいる。状況から見るに、それはあるのだろう。時間をかけて要塞に仕込みを行っていったとすれば、今のような状況に陥れるのは可能だ。
しかし、あのヴァンデルがいる要塞に? そんなことができるのか?
男は混乱する頭で思考を回すも、答えが出ない。
が、そんな男の事情はクレア達にとっては関係がなかった。
「降伏するのなら命までは取らないと約束しよう」
グライフが剣の切っ先を要塞の参謀らに突きつけるように降伏勧告を行う。
「ふざけるな! 誇り高き帝国騎士が降伏などと……!」
「……そうか。では始めよう」
グライフと共に、巨人族の捕虜であった者達、ウィリアムと共に加勢に来た戦士達が武器を構える。応じるように参謀らと帝国騎士、魔術師達が構え――。
睨み合いは一瞬だ。大きなテーブルの上を飛び越えるようにグライフが迫り、僅かに遅れて巨人族が続く。
疾風のような速度で踏み込んでくるグライフに迎え撃とうと騎士が剣を抜き放って切り結ぼうとする。剣を打ち合わせようとするその瞬間。
高速で踏み込んできたと思われたグライフの動きが変化した。急減速と同時に姿勢を蜘蛛のように低く。騎士の剣はあまりの動きの変化に対応できずに虚しく空を切り、再度の急加速。
すれ違いざまの斬撃が騎士の腕の腱を正確に切り裂いていた。
「ぐあっ!?」
剣を保持していられずに取り落とした騎士には目もくれず、グライフは次の相手へと向かう。魔術師が焦って魔法を放とうとするも、参謀を射線上に置くように位置取ることでそれを躊躇させる。そこに雄叫びを上げながら巨人族が殺到した。
「ひっ!」
巨人族に対応しようと杖をそちらに向けるが、グライフが参謀の剣をあしらうようにいなしながらもスナップドロウで結晶弾を投げナイフのように放つ。杖を握る掌を串刺しにして、悲鳴を上げる魔術師。
そこに飛び込んだ巨人族が文字通りに腕を振り抜いて薙ぎ倒す。殺さずに戦闘不能にするのが目的の戦い方ではあるが、それ故末端の部位に手傷を与えたりすることは厭わない。
従属の輪の解除や戦奴兵への命令に必要な部分――要は言葉を話せる口があればそれでいいのだから。
正面からぶつかったのにも関わらず、戦いは早期に集結した。
戦闘不能になったものから、クレアの術によって一時的に意識を奪われて床に転がる。その間に悠々と従属の輪を首にかけていく。
「準備完了ですね」
その場で制圧した者達全員が従属の輪をつけたのを見届けてクレアは男達に意識を戻す。
「……な、なんだこれは――!」
意識が途切れ、戻った時には従属の輪が付けられていたことに男達は驚愕と共に慄然とした表情を浮かべる。
それは意にも留めず、クレアは淡々と命を下す。
「命令です。許可のない動きを禁じます。自決や抵抗などはしないように」
「わ、我らを辱めるつもりか!?」
「征服した土地の方々に同じようなことをしてきて、そんなことを言うとは思いませんでしたが――今はそんなことを話している時間もありません。聞かれたこと以外は静かにしていて下さい」
クレアが言うと、男は不満げな表情のままに押し黙る。従属の輪が与えてくるであろう苦痛を避けた形だ。帝国軍に身を置いているだけに、命令に逆らった戦奴兵がどう苦しむのかを知っている様子であった。
「あなた方の中に要塞にいる戦奴兵に命令を下せる者、戦奴兵の従属の輪を外す権限のある者はいますか?」
クレアがそう尋ねると、何をさせようとしているのかを察したのだろう。男達の顔色が更に悪くなる。
「……偽りなく答えて下さい。知っているのなら誰なのかを指差す形でもいい。これは命令です」
クレアが言っても男達は正直に答えることを躊躇った様子であったが、従属の輪が力を発揮すると、想像以上の苦痛に苦悶の声を上げて身体を曲げ、ある者は床を転げ回り、やがて悲鳴を上げながらもそれぞれが何人か男を指差し、或いはその名を叫ぶ。権限がある者は複数人いるらしい。
「十分です」
クレアが言うと痛みも治まったのだろう。男達の苦悶の声も落ち着く。
「私達が何をさせたいのかもう理解したかと思いますが……命令する権限を持つ者は戦いの停止を宣言し、輪を外す権限を持つ者は戦奴兵達の隷属の輪を外して回って下さい」
「そ、そんなことをすれば私達が解放した者達に殺されてしまう……!」
そう言いつつも、輪による苦痛を味わうのは嫌なのか、男達は不承不承といった様子で動き出す。
「命令の撤回はありません。要塞の戦奴兵全員が解放されるまで危害を加えられても困りますから、安全の保障はする、と言っておきましょう」
「我らが身の安全を守ろう。余計な手出しはさせん」
巨人族の戦士が言うが、男は懐疑的な目を向けて嘲るように笑った。
「それが終わったら殺すつもりか……?」
「貴様らと一緒にするな」
「それに……そういった約束事に意味があると思うのか? せめてもの善意に期待するしかないというのは、貴様らに捕らわれた者達全てが思うことだ」
「余計なことを言わずに命令を遂行するのだな」
「一時的に命令権を貸与します。言った通り、命は取らないように」
クレアはそう言って、従属の輪の命令権を巨人族に預ける。そうやって問題が起こらないようにしながら要塞内の戦奴兵達を集め、従属の輪の解除を進めていった。
障害になるであろう帝国兵の討ち漏らしも個別に潰していく形だが、解放に従って戦奴兵達が戦力として加わっていくという状況にあって抵抗を試みる者は少なく、降伏すればクレアの術によって意識を奪われ、巨人族と解放された元戦奴達によって地下牢に放り込まれていた。
「くくっ!」
ヴァンデルが笑う。雪の下から現れたゴーレム達が尖った石の弾丸を射出してくるが、避けもせずに正面から突破し、ゴーレム達の中心部に踏み込んだかと思うと身体から渦巻く魔力を噴出させる。腕を払えばそれが衝撃波のように放射状に破壊を撒き散らす。
踏み込むことで発動する封鎖結界。雪の下で待ち構えるゴーレム。炸裂する氷の魔法の罠。そういったものを真正面から粉砕し、地形と雪ごと罠を削り取りながらヴァンデルは雪の山を疾走する。
破壊の痕跡をこれ見よがしに残すのはそうしたルートが安全であると後続に示すためでもあるだろう。
もう少しでヴァンデルが巨人族達の陣を形成している場所に辿り着こうかというその時だ。
「また結界か」
ヴァンデルが罠の範囲に踏み込んだ瞬間。周囲を覆うように封鎖結界が展開された。意に介さず進みながら結界を破壊しようとヴァンデルが身構えた、その瞬間。
横合いから一条の光弾が走った。それまで攻撃を意にも介していなかったヴァンデルだが、凄まじい反応速度で後方に跳ぶことでそれを避ける。
「ほう……」
ヴァンデルはその一撃に、喜びに満ちた笑みを見せる。
「なるほど。この攻撃は避けるというわけですわね」
離れた位置に、隠蔽結界から姿を見せた者達がいた。セレーナやルシア、ニコラス。ヴェールオロフといった面々だ。ヴァンデルに回避を選択させた一撃は――セレーナの細剣から放たれたものだ。手に握られたそれはヴァンデルを迎え撃つために持ち替えたセレーナの切り札――竜牙の細剣であった。




