第275話 ヴァンデルの動き
小人化により視界から消えたままで、ウィリアムの固有魔法によって現れた者達は要塞内部へと降り立った。
そこは竜騎兵が戻ってくるための広場であり、兵士達の訓練場にも使われている場所だ。要塞のほぼほぼ中心部に位置する。要塞内のどの場所に対してもアクセスしやすい場所であるが、言い換えれば包囲もされやすい場所とも言えた。
但し、包囲しやすいというのは襲撃に気付いて適切に動ければの話だ。攻城の末に外門を突破し、内部へと押し入っていた敵を迎撃するというなら包囲もできようが、結界を内側から壊し、いきなり出現した敵に適切な対応をというのは無理な話だ。ましてや――敵は巨人族を中心に据えた強力な編成である。
開けた場所に降ろしたのはもう一つ理由がある。どうやって敵兵が要塞内部に侵入したのかを帝国兵に対して明確にするためだ。ウィリアムの固有魔法が複製された増幅器と共に使われたからではなく、強力な隠蔽結界で姿を隠し、空から降ろした、と思わせるためだ。
それも敵兵を取り逃し、情報が漏れてしまった場合の備えににしか過ぎないが。
そうやって巨人族を無事に地上に降ろし、元の大きさに戻す前に。
クレアは糸を使って、パラライズバタフライの鱗粉から作った痺れ薬を飛竜達の顔に浴びせる。突然のことに飛竜は驚き、飛び立とうとするも魔女謹製の痺れ薬だ。効果は大きなもので、飛竜の行動の自由をあっという間に奪った。
魔法的な処理の施された薬だ。少なくとも作戦行動中は動けないだろうし、生命活動にも支障はない。
飛竜を抑えたところで、クレアは巨人族の小人化と羽根の呪いを解除。かくして巨人族の一団を中心に据えた部隊が要塞内部に出現することとなった。
彼らを導くのは瞬く糸だ。要所要所でどちらに進んでいけば効果的な攻撃目標があるのかを指し示す。糸の導きに従って、巨人族は攻撃を開始した。要塞は敢えて要所を狭くし、巨人族が攻め入って来た時に足止めできるようにしている。しているのだが、問題にならない。
結界が壊されている上に、敵兵に地の精霊の力を借りられるダークエルフが混ざっていたからだ。
大事になっているが封鎖結界と消音により情報伝達は寸断される。寸断されたまま、比較的帝国兵の多い区画から制圧されていく形だ。
「叩き潰せ! 従属の輪を付けていない者には容赦する必要はない!」
「おおおおっ!」
巨人族が咆哮する。重量の武器を手に漲る戦意を見せる巨人族の集団は、敵兵の士気や抵抗する意思を折らせるのに十分な迫力だ。が――戦奴兵はともかく、帝国兵に対しては、巨人族は降伏云々を唱えるよりも早く迫り、叩き伏せていく。
「な、何で巨人共が――!」
「ここには簡単に入れないはずだろうが!?」
狼狽して叫ぶも、それは何の意味もない。徒党を組んだ巨人族の圧倒的な膂力によって蹂躙されていく。
そうやってウィリアムによって送られてきた巨人族の部隊が蹂躙し続ける中、地下牢を制圧したクレア達も動き出していた。
「中枢部を制圧し、従属の輪を外せる権限を持つ人物を確保します。ここに一人もいなければ、そうした人物はヴァンデルの側近にいるのでしょうし」
立場のある人物に命令を下し従属の輪を外させて回らせる、というわけだ。クレアの負担を減らすためではあるが、もう一つ理由もある。
空中から降りたように偽装している点もそうだが、従属の輪を外している、というのはどこかで帝国にも伝わる。その際、手口の偽装をしておけば間違った対策を取らせるなど、帝国の対応を見誤らせることができるからだ。
そうすれば更に何手かは対抗策を遅らせることができる。帝国が対応する前に、より多くの者を解放できるようになるだろう。
ともあれ、クレア達は要塞の中心と地下牢から別々の経路を描きつつ、中枢へ向かって要塞を突き進んでいった。
「罠ならそろそろとは思っていたがな」
山岳地帯で先頭を進んでいたヴァンデルであったが、ぴくりと反応して足を止めた。
「何か見つけたのですか?」
「魔術師の癖に鈍いな」
側近が尋ねるとヴァンデルは薄く笑って手近にあった岩を軽く割り砕き、子供の頭程の岩を手の中に持つと、無造作に投擲して見せた。凄まじい風切り音。砲弾のような勢いで岩が飛んでいき、高所の岩肌に吸い込まれる。
砕ける音。何か、人の上半身を模した岩のようなものが斜面を転がり落ちてくる。
「ゴーレム……!」
「というわけだ。ゴーレムを配置して斜面の罠を発動させる程度の仕掛けだろう。術者不在なのだから、お前らで見つけてみせろ」
「はっ……!」
「……ゴーレムを潜ませていたのなら、あのあたりに罠を仕掛けているでしょうな。おい。調べてこい」
側近達はヴァンデルの言葉に畏まった様子で応じた後、帝国兵に指示を飛ばす。
様子を見に行く兵士達を傍目に捉えたヴァンデルであったが、後のことは興味がないというように少し深くなっている雪をかき分けながらも先に進む。その足取りは平野を行くのと変わりない。難所であるはずが、雪の下の地形を把握しているかのようで、踏み出す位置にも迷いがなかった。
ゴーレムを見つけたこともそうだが、感覚が鋭敏というだけでは説明のつかない光景。感知能力が高いという事前情報はあったが、少なくとも術者不在の隠蔽や偽装程度では見破ってくるということだ。
実際ゴーレムのいる場所に仕掛けていた落石の備えも、兵士達が発見して対応している。
そうしたヴァンデルの感知能力の鋭さを側近や帝国兵達も理解しているのか、雪山を進む際はヴァンデルの進んだ足跡を足掛かりに魔法で雪を除けて進んでいく。雪庇を踏み抜くことも不安定な足場で体勢を崩すこともなく、彼らは脱落者や怪我人を出すことなく難所を突破した。
ヴァンデルはまだ他の者達と足並みを揃えてはいるが、少し先行する形だ。雪の処理や足場に気を遣う必要がある帝国兵達とは違う。当人だけなら険しい雪山だろうが跳躍するように岩場を飛び越えて進むこともできるが、それでは誰もついていくことができない。
多少は兵士達の同行を意識しているのは、巨人族に対して結果を出して戦う場所を移したいからという望みがあるからに他ならなかった。
「……仕掛けたゴーレムが破壊されたようですな」
「やはり無人で正解でしたね。あの男が出てくるとなれば、身を隠すには術者自身がその場にいて、高度な隠蔽結界に集中しておく必要がある。それで姿を隠せたとしても、落石の罠を仕掛けて勝機があるわけではありませんし」
迎撃班にいる反抗組織の魔術師達はそんな風に話し合う。罠を発動させて後続の帝国兵に多少の被害を与えたとて、肝心のヴァンデルに対抗できないのでは割に合わないのだ。反抗組織の魔術師達と引き換えで釣り合いの取れる戦果とはとても言えない。
まだ最初の罠が破られた程度のものではあったが、油断はできない。
自分達が陣を構築して待っている場所もまた、ヴァンデルはある程度把握している。いつヴァンデルが痺れを切らして先行してくるかは分からないという状況でもあるのだ。或いは、ヴァンデルに土地勘があればそうするのかも知れないが。
そうしないのは何故か。未知の罠を警戒している? 任務だからと一応他の者達に気を遣っている? 或いは強者故に余裕を持っているのか? その理由は分からないが、その出方には常に細心の注意を払う必要があった。




