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第270話 アストリッドの力

 行軍の速度から到着までの時間を計算しつつ、クレア達は準備を進めていく。その場に設営し、帝国軍の使っていた防柵などの設備を流用して野戦陣地を強化している――ように竜騎兵には見せて、その実は陣地周辺に魔法の仕込み等を行っていくわけだ。高空を飛ぶ竜騎兵の斥候には対処する手段がないと見せ、その実は隠蔽結界を併用して周辺、或いは陣地そのものに仕掛けを施すといったような罠である。


 ヴァンデルへの足止めや遅延。攪乱を目的としたものではある。後はどのタイミングで要塞側に仕掛け、どのタイミングで戦況を動かすか、というわけだ。


「やはり、山中の行軍ですから、到着にはそれなりに時間がかかりそうですね」

「あたしの力は――もう少し接近したら加減しながら使うかな。最初からあまり派手に使ってしまっても、それで撤退されちゃったり、あたしがいるって確信させちゃったら意味がないもんね」


 アストリッドが言う。巨人族の王族としての力。その本領というものが、同族達と共にいる今ならば使うことができるのだ。


「そう……ですね。私達が動く直前で進むか退くか、判断に迷う程度の強さで使えば……半日か、一昼夜ぐらい足止めできるかも知れません」

「確かに……それならばかなり時間が稼げるな。アストリッドの帰還を確信させるようなものでもあるまい」


 少女人形が顎に手をやって、思案するように首をひねりながら言うと、ヴェールオロフも同意する。


 アストリッドの帰還についてはぎりぎりまで秘匿した方が良い。手札をわざわざ晒してやる必要など、微塵もないのだから。


 本当に撤退されてしまっては本末転倒だが、結局のところ判断には迷ってもそう簡単には撤退はしない、というのがクレア達の見立てでもある。


勿論、ヴァンデルが敵方にいるからというのがその理由だ。このまま進軍してきたとしても、当人だけは睨み合いをする前に突出して動き出すという可能性もある。行軍速度を加味しつつも激突することになれば常識より早いタイミングで戦端が開かれると目算を立てていた。




 ――帝国軍が少し遅めに野営の準備を始め、地形図と配置されたお互いの陣営図を確認し、クレアは言う。


「ここからなら戻るにしてもそれなりに時間がかかります。予想される行軍と接敵の速度。発覚してからの情報伝達までの速度。撤退を選んだ場合のヴァンデル単身の救援到着までの時間……その辺を諸々加味して、今夜遅くに要塞潜入を決行しましょう」


 その言葉に一同は頷く。潜入班と迎撃班とに分かれることになるが、クレアがいれば不在側の状況を把握して臨機応変に動けるし、ウィリアムがいれば迅速に駆けつけたり撤退を選択できるというわけだ。


 行き来はするのだろうがクレアとウィリアムが身を置くのは潜入側だ。救出が済むまで発覚させないように動くには、クレアが必要不可欠となる。


 後はヴァンデルがどこまで突出してくるのか。講じた対策がどこまで通用するのか。その辺を把握しながら臨機応変に動くだけだ。


「あたしも、クレアちゃん達が潜入したら力を使うね。加減は反抗組織の人達と相談しながらっていうことで」


 アストリッドが言う。巨人族には人間族の判断基準が分からない。そのあたりは山中の行動に慣れているであろう反抗組織の者達が加減を見ることで間違いのないものになるだろう。


 状況を確認し、休息や仮眠をとりながらも時間が過ぎていき――やがてクレア達が動く時間がやってくる。


 潜入するのはクレアとグライフ、ウィリアム、それにシルヴィアとジュディスもだ。

セレーナは、遠方から敵軍の動きを見る目となるために迎撃側に残る形となる。ディアナも大規模な幻影を用いるならヴァンデル達に使った方が良いということで迎撃班だ。


「クレア様。お気をつけて」

「妹をよろしくね」

「セレーナさんとディアナさんも」


 移動をする前に、クレア達はセレーナ達や巨人族、ユリアン達、反抗組織の面々といった迎撃班と声を掛け合い、互いの無事と武運を祈り合う。


「捕らわれている仲間達のこと、よろしく頼む」

「はい。私達の仲間のことも」

「王族の誇りにかけて」


 そう言って。クレアとヴェールオロフは大きさの違う手で、そっと握手を交わす。


「それじゃあ、いきましょう」

「ああ。いつでも」


 そう言って。クレア達はウィリアムの固有魔法によって光を残し、要塞近隣の上空へと飛んでいった。

 光が収まると、その場にいた者達がいなくなっていた。名残を惜しむかのような少しの沈黙の後でアストリッドが声を上げる。


「それじゃ、あたしも力を使うね」


 そう言うとヴェールオロフと反抗組織の者達が頷く。アストリッドは目を閉じて手を空に掲げる。

 アストリッドの力――それは巨人族の王族としての力であり、ヴェールオロフも持ち合わせていないものだ。王族の中にたまに現れ、巨人族達からは「先祖返り」と呼ばれているものであった。


 単身では氷を操る力。しかし同族達が共にいると、その力は一段上のものに引き上げられる。

 即ち――氷雪を呼び、一帯の天候を操る力だ。周囲の魔力が揺らぎ、すぐに変化は現れた。冷たい風が吹き始め、雲が立ち込めて、ちらほらと雪が舞い始めたのだ。


 アストリッドは目を閉じて空に手を掲げたまま動かない。力を使っているためでもあるが、それが強いものになりすぎないように制御しているためでもある。全力で使えば相当な吹雪を起こすこともできるが、それでは帝国軍は撤退を選ぶだろう。朝までに軽く雪が積もる程度がアストリッドの目指すところだ。季節的にも場所柄的にも、それぐらいの雪が降って何の不思議もない。その程度で良い。それだけである程度は行軍の邪魔にはなるし、小康状態と思わせる程度の曇り空でも士気は下がる。撤退中の部隊も行動を阻害されるから結集や撤退は遅れるし、大きく体力も消耗するだろう。


 気温の低下は敵味方問わずではあるが、巨人族には関係がなく、クレア達は防寒用の装備を持ってきているし、反抗組織の者達も対策はしている。防寒対策があるのは帝国軍も同じだが、山中を行軍しなければならない。そのつもりで迎撃準備を進めておいたアストリッド達は、体力を温存しながら待つ形なので、そこでの差は開くと見積もっていた。


「一先ずは――こんなところでしょうか」


 アストリッドは暫く力を操っていたが、反抗組織の人間の言葉に腕を降ろし、息を吐く。


「……ふう」

「後は天気を見ながら必要に応じて、ですね」

「うん。加減しながら使って行くね。足りなかったりやり過ぎているって思ったら、遠慮なく言って」


 アストリッドは反抗組織の人間とそう言葉を交わしてから――要塞のある方角を静かに見つめるのであった。




 クレア達が出現したのは要塞から少し離れたところにある上空だ。探知魔法に引っかからない場所に出現してから行動を始めるというのはいつも通りで、空中に留まりながらも糸を伸ばしてまずヴァンデルや要塞の様子を見ることから始めた。


 ヴァンデルのいる帝国軍の野営地は――動きは見えない。要塞の様子もとりあえずは落ち着いているようだった。


「要塞内部には、こちら側の密偵がいるという話でしたが――」

「ええ。情報を流してもらって、いざという時、要塞に対して工作を仕掛けられるようにね。潜入したらまずその人に接触してみましょう」


 シルヴィアが答える。クレアにシルヴィアが同行したのは、娘と一緒に戦いたかったというのもあるが、その密偵からの信用が手早く得られるからというのも理由としてはあった。

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― 新着の感想 ―
天候操作かー、これは確かに単独じゃ力を発揮しきれないし仲間がいたとしても同族じゃなきゃ最大限に効果を発揮できませんねえ
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