第263話 親子の時間を
「パーサ……。久しぶりね」
シルヴィアは少し笑ってフードの隙間から顔を覗かせる。偽装は解いているが、屋外なのでパーサ以外の者に顔を見せないようにしているという形だ。
シルヴィアはパーサの手を取って微笑む。パーサは少しの間、予期していなかった再会の驚きと喜びに言葉を失っているという様子だった。
「それから――あなたが、クレアを育てて下さった、ロナ様ですね」
「まあ、そうだね。お陰でここ10数年は楽しく過ごさせてもらってるよ」
ロナは自分に気を遣わずとも良い、というように手をひらひらと振って応じる。シルヴィアはクレアから聞いていた通りの人物だと好印象を抱いて微笑む。
「まあ、あたしのことは後回しでいいんじゃないかね。身内を差し置いてってのも野暮だ」
「そ、そうですね。ルーファス様が……奥にいらっしゃるのです」
パーサはロナの言葉に我に返ったというように、目に涙を溜めつつもシルヴィアにルーファスのことを伝える。
「ありがとう、パーサ」
「勿体ないお言葉です、王妃殿下……」
パーサの肩をそっと抱擁して、肩や背中に軽く触れてから離れる。
「ロナ様も、また改めてお礼を」
「あいよ」
ロナの返答に頷いて、パーサに案内されてシルヴィアは家の奥に向かった。それを見ていたセレーナが言う。
「クレア様の家の裏手は結構広くなっていますし、綺麗な場所ですわ。そちらで日向ぼっこしながらお茶でもしましょう」
「そうだな。クレアも……行って来ると良い」
「裏口から茶の用意ぐらいはさせてもらうかも知れないがねえ」
グライフとロナもそう言うと、チェルシーと共に巨人族も笑顔でうんうんと頷き、親子の時間を過ごすようにと促してきた。
「ん……。ありがとうございます。皆さんのこと、よろしくお願いしますね」
クレアが言うと、セレーナ達は揃って頷いた。
クレアも後を追うとパーサに案内されたシルヴィアは、部屋の前で少し呼吸を整えて、ノックをするところだった。控えめに扉をノックすると中から返答がある。
「鍵は開いているよ」
「入る、わね」
シルヴィアがフードを脱ぎながら扉を開ける。
入室してきた人物を見て、一瞬ルーファスの表情が固まる。シルヴィアも息を呑んで――2人が硬直していたのは僅かな間だけのことだ。ルーファスは力を込めて立ち上がると、シルヴィアのところまで歩こうとして、少し姿勢を崩す。その時にはシルヴィアも前に出ていて、ルーファスが倒れる前にその身体を抱きとめていた。
「シルヴィア……君なんだな」
「ええ……。ルーファス。あなたが生きていてくれて嬉しい。会えて……、嬉しいわ」
「私もだ。無事に……こうして、生きていてくれた」
抱擁し合って言葉を交わす。その姿は離れていた時間を感じさせないほどで。2人の間にある、確かな絆を感じられるものだった。その姿にパーサが嗚咽を漏らし、クレアも眩しいものを見るように目を細める。両親が今までもずっと、お互いの事を想いあっていたというのが、とても嬉しくて。
「クレア――クラリッサも」
「ふふ。そうね。そんなところにいないで、こっちへ来て」
戸口からクレアが見ていることに気付いて、2人は娘を呼ぶ。クレアは――偽装を解除し、2人のところへクラリッサとして向かった。おずおずと前に出ると涙を目に溜めた二人は、微笑ましいものを見るようにふっと笑って、迎え入れるように娘を……クラリッサを抱き寄せる。クラリッサもまた、2人の温もりや香りに包まれて――そのまま2人を抱擁し、目を閉じる。
温かな空間。懐かしさを覚える優しい魔力。抱きしめ返してくる2人の腕の力も心地良くて、クラリッサは静かに目を閉じて親子の時間をしばらくの間過ごした。
やがて再会の喜びも落ち着いてきた頃合いで何故ここに来たのか、という話になる。シルヴィアがそのことについて話をしていくと、クラリッサも言った。
「ああ。巨人族の皆さんも待たせてしまっていますので……。名残惜しいですが行ってきますね」
「クラリッサの作業風景か……。気になるわ」
シルヴィアが言うと、ルーファスも穏やかな笑みを見せた。
「気になるね。見に行ってもいいかな?」
「勿論です」
2人で過ごす時間は作れるから、親子で一緒にいる時間を、と言うことなのだろう。クラリッサは小さく、花が咲くような笑みを見せてから再び偽装魔法を施して裏手へと向かう。
パーサは自分がといったが、シルヴィアが車椅子を押す形だ。ルーファスが礼を言うと、シルヴィアはにこにことしながら応じる。
「もう少ししたら歩けるかも知れない」
「治療をしている、といっていたけれど、良くなってきているのね」
「最初はああやって、立ち上がることもできなかったからね」
「数歩ならもう歩ける、という感じですね」
少女人形がうんうんと首を縦に振る。
「そうだね。ちょっとした日常の動作なら、手間もかけない。パーサやチェルシーにも楽をさせてあげられているよ」
「ふふ……私のことは良いのですよ、陛下」
パーサが嬉しそうに応じる。そんな話をしながらも裏庭へと出ると、そこでは皆が子供達と共にお茶を飲みながら話をしているところだった。
「お待たせしました」
「もう良いのかい?」
「はい。居住地作りや氷晶樹植樹の作業も見たいと言って下さいましたので」
「なら良いがね」
ロナに応じる。巨人族の者達もいつでも大丈夫ということで、クレアは早速開拓村近くの森へと移動した。あまり資源が取れない森の浅いところということで、開拓を予定しているところではある。
まずは土地ごと巨人族のものという意味付けを行い、その上で結界を構築する。温度等の環境変化。外に影響を広げないための防護の結界等々で囲うことで、居住地兼、氷晶樹園として土地を用いるというわけだ。
「そう……ですね。アストリッドさんを中心に、ここからここまでは自分達の居住地であるという意味合いを持たせてもらうために、目印を作ってもらうことにしましょう。簡単に作れる柵で大丈夫ですよ」
「柵でいいの?」
「外と内とを分ける目印のようなものがあれば、それだけで結界としての意味付けがなされるわけです。後から補強や立派なものに作り替えるようなこともできますし」
アストリッドが首を傾げるも、クレアは大丈夫、というように応じた。柵を作るための木材や道具などがクレアの鞄から次々と出てきた。
後は地面に立てて打ち込んで、横木とロープで補強したりといった形で良い、とクレアは説明する。大事なのは巨人族が中心となって行うことだ。特にアストリッドは巨人族の王族であるため、この土地の主であるという魔法的な意味付けを大きくできる。
そう説明されると、アストリッドは嬉しそうな表情を見せた。
「そういうことなら任せて。みんなの代表として頑張っちゃうから」
「姫様のお手伝いする!」
「あたしも!」
「ふふ。私達と一緒に、怪我をしないようにね」
子供達やその母親達も張り切っている様子で、最初にクレアが方法を伝えると、必要となりそうな広さの土地を柵で囲っていった。必要に応じて小人化を解除したりもしていて、子供達でも十分に力仕事が可能というのは巨人族ならではだろう。そんなこともあって、急ピッチで作業は進んでいった。
それが終わったら木々をエルムの力で除けて広場を作る。それから土を均すなど、結界を張る前に内部を少し整備していったのであった。




