第255話 山中の出会い
帝国軍は確かにいた。あまり行かない内に帝国竜騎兵が山脈の上空を飛んでいるのを目にしたからだ。山脈の麓に砦を築いたり、制圧下に置いて陣地を築ける場所を選んで、そこを前線基地にして山を上空から捜索しているらしい。
その為、クレア達は一般に飛竜が飛ぶ高さより更に高空を飛行し、地上は探知魔法と糸で作った光ファイバーによる望遠で捜索していった。
山岳地帯が広い為に地上に兵を派遣するにしても行軍には準備が必要だ。道になるような場所も辿ってみたが、空から見える位置にいくつか交戦の痕跡が見て取ることができた。
「隘路に誘い込んで落石等で攻撃を仕掛けている様子ですね。それで迂闊に山中に入れないから飛竜を斥候に出しているわけですか」
岩の下敷きになった帝国軍の痕跡が点在している。雪の中で倒れ伏した死体も転がっていた。
「地形と気候を上手く利用してるのだろう」
「帝国軍は結構な苦戦を強いられているようだな」
というのがグライフとウィリアムの見立てだ。恐らくは巨人族は正面からぶつかることを止め、ゲリラ的な戦術を駆使しているものと想定された。
「前に住んでいた場所ではあたし達も真正面から戦っていたのだけれどね。父さんも、負けて追われることになって方針を変えたのかも」
「反抗組織の支援や助言等があり、これまでとは違う戦い方をしているというのもありそうなところです」
イライザが思案しながら言った。
「あたし達は身体が大きいし、その自負心や戦士の誇りもある。だから、確かに敗走したところに助言や支援を受けるなんてことでもないと戦い方は変えなかった、かも」
アストリッドも静かに頷いた。
「それにこの場所。侵略しても得るものは少ないのに苦戦してても兵を引かないって言うのは……」
「やはり、巨人族自体が目的、なのでしょうね。大樹海を攻める兵力として、巨人族達なら数の多い魔物は寄せ付けない戦力としてあてにできる……と」
「そんなことのためにあたし達を捕らえようなんて……」
ニコラスとルシアが言うと、アストリッドは眉根を寄せる。
大したことのない魔物なら、数で攻められても蹴散らすことはできるだろう。それでも、孤狼だとか天空の王だとか、そのあたりの存在に巨人族が勝てるとは思わない。
皇帝エルンストが鍵――クレアに執着しているのは永劫の都に向かうためだろう。
永劫の都に至ってからの最終目標は定かではないが、その為に他の物を後回しにし、他の種族をも捕らえて兵力としようとしている。帝国兵や通常の戦奴兵だけでは目的達成には足りていないと考えているように見える。
「本当にそんなこと、ですよ。大国の皇帝であれば、もっとましなことがいくらでもできるでしょうに」
少女人形がかぶりを振った。クレア達はいくつかの気球群を操り山岳地帯を移動していく。
「……あの稜線。何かありますわ」
セレーナが何かを発見したのはその時だ。指差す方向に皆が視線を向けるが、そこにはなにもない、ように見える。
「隠蔽結界か」
「今展開している探知魔法に引っかからないので、結界のレベルは結構なものですね。こちらも探知される覚悟でないと見つけることができないぐらいかも知れません」
「あたし達の同族に……そこまでの魔法を使える人はいない、かも」
「そうなると、帝国側かそれとも反抗組織か、ですね」
「結界の光と揺らぎの下に何か……物理的な偽装をしているのでしょうか」
セレーナが結界の下にあるものをじっと見てから言った。
「もう少し近付いてみましょうか」
「確かに。味方のものだとはっきりすれば接触の足掛かりにもなる」
「敵側であれば目的を探って必要なら破壊や排除を考えるということで」
ユリアンが言ってクレアもそう応じると、気球は慎重にそちらに向かって近づいていく。
距離を縮めると、段々何があるのかセレーナの目にはっきりと見えてきた。
「やはり物理的な偽装ですわね。布か何か……被せるものの表面に、地面や岩場のような質感を再現して乗せているような感じでしょうか。その下に2名ほど。体格的には巨人族。もう1人は私達と同じ大きさですわ」
「……見張りかな? 見晴らしのいい稜線から監視するっていうわけだ」
首を傾げるベルザリオ。
「問題はどちらの見張りか、ということだな」
ミラベルが顎に手をやって眉根を寄せる。
組み合わせ的にはどちらの陣営でもあり得る話だ。従属の輪を付けられている巨人族に帝国兵の斥候という組み合わせを想定して動く必要があった。
巨人族側だとするならば、一緒にいる者は反抗組織の人間、という可能性が高いだろう。
「あたしが姿を見せてみようと思うんだけど」
「では、周囲に潜んでいないかを確認した後、外側を隠蔽結界で遮断して、横槍が入らないようにしつつ接触してみましょう。敵だと判明した場合。或いは早とちりで襲ってきた場合、傷つけないように制圧するという方向で」
「うん。その時は支援してもらえると助かる」
周囲の安全を確認した後、アストリッドは小人化の呪いを発動した状態で、少し離れたところにゆっくりと糸で降ろされる。
外側に隠蔽結界を展開し、周囲から見えない状態にして小人化を解き、アストリッドは立ち上がる。
「そこにいるんだよね? 助けてもらって帰って来たんだけど、姿を見せてもらっても良いかな?」
アストリッドは姿を見せると、監視役と思われる者が潜んでいるあたりに視線を向けながら言った。
やや、間があった。アストリッドから見ると、何も無い空間から声が返って来る。
「姫様……本当に姫様なのか……?」
「うん。あたしだよ。この通り、従属の輪もついてない」
自身の首や手首、足首等をよく見えるようにアストリッドは身体を動かす。
「その声は、トルスティだよね?」
「ああ。姫様を信じたいが……その前にいくつか話を聞かせてくれ。姿を隠していたのだが、どうやって俺を見つけた?」
「あたしを監獄島から助けてくれた仲間が探知したんだよ。その人達も帝国と戦う味方なんだ」
トルスティと呼ばれた男が尋ねてくる。従属の輪が見えないところに付けられている可能性はないか。帝国に利用されていないかを警戒しているようだ。
「その仲間というのはどこに?」
「トルスティ達と同じだよ。姿を隠して後方にいる。あたし達も、見つけた人達が帝国側じゃないかって警戒しなきゃいけないから。あたし一人なら、いきなり攻撃されることもないかなって」
「トルスティ達と同じ――。つまり俺がいるのも分かっていて、だから帝国側かもと疑っているのだな」
もう一人。若い男の声がする。
「反抗組織の人かな?」
「ああ。姿を見せようと思うが……結界の内側に入ってもらえるだろうか。稜線近くに立っていたら人目につくからな。結界の内側なら、多少落ち着いて話もできるだろう」
アストリッドはもう一人の声の指示に頷き、前に出る。
アストリッドが結界の内側に入ると――身体に被せるようにしていた偽装物を取り払い、普通の人間と巨人族の2人組がそれぞれ姿を現した。偽装物は岩の質感を幻術で再現した布を骨組みで傘のようにして身体に被せていた、というものだ。これによって監視をしていたのだろう。
巨人族のトリスティと、もう一人。若い男の魔術師だ。ローブを纏い、杖を手にしている。
巨人族にない魔法技術。高レベルな隠蔽結界と幻術を操る男だ。クレアの糸で結界の内部を見たセレーナが、言う。
「……従属の輪を付けているような魔力は……見受けられませんわね」
だからと言って帝国側ではないと断言できないが、巨人族側の斥候であるという可能性は高まった。空からも見えないように偽装物を被って隠蔽効果を強化していたのだろうが、それは飛竜の偵察を警戒してのものだろうから。
セレーナの言葉に、クレア達は顔を見合わせると頷き合うのであった。




