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第252話 悲しいことも喜んでいいことも

 クレアもバルタークを追って地面に降り立つ。バルタークは――地面に仰向けに倒れていた。


 竹林もあって周囲からは視線の通らない場所だ。クレアは転がっている増幅器に目を向ける。


 内側から魔力が膨れて、光を発して――。


「邪魔です」


 内側に仕込まれたものが次の動きを起こさないよう、魔封結晶の弾丸を叩き込んで結晶漬けにする。以前イルハインのところに強制的に送られた状況にならないよう、その動きをまず封じた形だ。


「トラ、ヴィス、か。それとも陛下の……意向か? 敗れれば諸共に隠滅……。身代金もいらず、か。くく……。ありえそうな、ことだな」


 その光景に驚きを見せずに冷笑を浮かべるバルターク。

 ウィリアムはトラヴィスを信じていたが、バルタークにとっては、他の異母兄弟達は信用に値する相手ではない。表面上人当たりの良さそうなトラヴィスであったが、裏で何をしているか知ったものではないと思っていたからそうした反応になった。

それからバルタークはクレアの素顔に目を向けると、僅かに驚きの色を見せる。


「思い出したぞ……。その目と……髪の、色……。そうか。貴女が、陛下の言っていた鍵、だったか」

「やはり、情報が回っていましたか」


 アルヴィレトで生まれた運命の子の容姿に関する情報は帝国に渡っていたようだと聞いている。

情報が漏れたのが確認されたのはアルヴィレト王国への侵攻当時の話だ。内通者なりが今どうしているかは不明だが、アルヴィレトの者達は魔法契約も使って、そうした内通者に気を配ることで開拓村への合流をすることを許されている。そこからの教訓でもあるだろう。


「そう、だな。鍵を発見したら、生きて確保しろと……そう言われている。結果的にだが、殺せなかった、のは……帝国にとって、正解なのだろう。だが、私はそうと知らなくて……良かったと思っている」

「それは何故です……?」

「全霊を尽くし……戦って……負けはしたが……その相手が……貴女で、良かった。……積み上げられた、技術を持つ者に敗れ、たのなら……納得も、できる」


 そこまで言って、バルタークは血を吐いて咳き込む。夥しい血だ。


「待ってください。今――」


 クレアはポーション瓶を取り出すも、バルタークは首を横に振る。


「虜囚に……なるつもりはない。それにポーション程度では、もう手遅れだろう。試作型の……増幅器の反動だろう、な。トラヴィスの奴が……仕上げて、くれていれば良かった、のだが」


 バルタークは笑って、自分の腹部に手をやった。

 最後の攻防。クレアの結界を突破するために固有魔法と増幅器の出力を上げ、無理矢理結界を破った。その結果として体内に損傷を負った。


 魔狼咬の爆発もダメージにはなっていたが、加減はされていた。反動は命に届いたという、それだけの話だ。


「そう、ですか」


 クレアは目を閉じる。


「精度において相手の方が、上だった。そのことに納得、している。……名を……何と言うのだ?」

「育ての親はクレア。両親は――クラリッサと」

「そう、か。王女殿下は――美しいな。将として……敗戦の後始末を頼むのは、心残りではあるが……後のことは、任せても良いだろうか?」

「……わかりました。固有魔法や出自等の秘密を守るための措置は必要ですが、できるだけ流す血は少なくなるようにしましょう」

「……十分だ。――殿下の恩情に、感謝する」


 そう言ってバルタークは楽しそうに笑って目を閉じる。そして……静かに数回息をして。それきりバルタークが目を開けることはなかった。

 クレアは少し俯くと落ちていた仮面を拾い、偽装魔法を再び用いる。それから仲間達のところへ向かうのであった。




 戦いの終結は、それから暫くしてからのことだ。バルタークの側近達は副官のヴィレムも斬られ、他にも少なくない人数を戦闘不能や戦死に追いやられていた。

バルタークの戦死を知らせると共に条件を飲むのなら命を助けると投降を呼びかけるとついに心が折れたのか、抵抗を止めた。


 結界の外の戦場も同様だ。地竜門からダークエルフの長老達が兵を率いて攻めてきたこともあって、ほとんど大勢は決していたし、バルタークのことやその側近達が投降したことを知らせると僅かに抵抗を続けていた者達も武器を捨てて降伏の意志を示した。


 治療のためのポーションや包帯等は作戦開始前に既に配ってあるし、帝国の物資もそのまま接収できている。

 戦奴兵達の対応は治療の後となった。

 クレアの固有魔法を目にしていない外側の戦場の将兵を一人連れてきて、その者に投降を呼びかけさせると戦奴兵達はその命に応じてダークエルフ達の指示に従うようになった。


 帝国の捕虜になっていた者達は従属の輪も外れていたということもあり、ダークエルフの兵達と合流して共に戦っていたが、彼らは無事であったようだ。


 味方側の戦死者は――ゼロではない。戦いである以上双方に死者は出るし、怪我人はもっとだ。

包囲していた軍の規模からすれば完全な大勝利と言っていい戦果だ。喜び沸き立つ中に仲間の死を悼む者も確かにいて。クレアは朝日が昇った景色の中で、それを見る。


 勝利したことは喜ぶべきなのだろう。それでも自分の立てた作戦の結果として犠牲が出たことは事実だ。


「大丈夫か?」

「私は……そうですね。大丈夫です。帝国と戦うのなら、これが最後というわけではないのでしょうし。ただ、慣れては……いけないんだと思います。勝ったことに喜ぶというのも、少し違う気がしますし」


 それを見ていることにグライフ達も気付いたのだろう。声をかけられてクレアは静かに答える。


「私が……誰かの下で戦うのであれば。そういうことに心を砕いてくれる人の下で戦えることは、嬉しいと思いますわ。彼らが……そうであったかは分かりませんが」

「そうだな。あくまで自分の尺度や考え方でしか語れないことではあるが。勝ちを目指し、できるだけ犠牲を減らそうと考えてくれるのであれば。それは兵としては歓迎したい将だと、俺は思う」


 そんな、セレーナやグライフの言葉に、ディアナやウィリアム達も頷く。


「――私達は耳がいいから、話が聞こえてしまったのだけれど」


クレアがそちらに目を向けると、リュディアを先頭に長老達が近付いてくるところであった。


「貴女が作戦を考えなかったとしても、私達は、彼らと戦ったわ。多分、その時は苦戦したと思うし、こんなには上手く戦えなかったと思うの」

「故に私達の戦いに協力をして下さった貴女方が、心を痛めておられるというのは……申し訳なく思う。皆を代表し、感謝を伝えたく思う」

「貴女方は協力を惜しまず、矢面で戦い、勝利を齎して下さった。この後のこともです。帝国兵を誰一人帰すことなく打ち破り、虜囚としたというのは、きっと少なくない衝撃を彼らに与えるでしょう」

「そうですな。次は簡単には手を出せないと、躊躇わせる程度には」


 感謝の言葉と共に敬礼を見せる長老達を、クレアはじっと見てから答える。


「ありがとうございます。今日のことは、忘れません。悲しいこと、喜んでいいこと。全部」

「私達も、忘れはしない。命尽きるまで記憶に留めるだろう」


 ミラベルが言うと長老達は笑う。


「儂らは長命じゃからの。遠い未来まで語り継いでみせるぞ」

「捕虜の処理などは色々あるが、そちらはクレア殿の方針通りにすると約束しよう」

「帝国軍の上の方には戦奴兵の従属の輪を外せる権限を持つ者もいるだろう。従属の輪を外すのは、そいつらにこそ従属の輪を嵌めてやらせた方が良さそうだな」

「それは――確かに」


 全ての戦奴兵の輪をクレアが外して回るというのは、些か現実的な話ではない。クレアは長老達の提案に同意するのであった。

いつもお読みいただき、ありがとうございます!


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また、サーガフォレスト様の公式Xアカウントにおけるポストもありましたのでそちらでも情報を得ることができます。


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― 新着の感想 ―
 帝国の将はやってることは非道そのものだけど、死に瀕した際や敗北の際は潔いですね。まあ、謀でのしあがってくるような輩ではなく、研鑽を積んだ武人としての矜持ゆえでしょうけど。
[一言] 行ってきた事は許せるものでは無いですが将として、王子としては実に潔い最後でしたねえ ただなー、敗北の一端が帝国内の潜在的な不和ってのがなんともやるせないなあ
[一言] 孤狼) GJ!!!!
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