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第251話 屈辱と矜持

「開け……!」


 無数の小さなゲートが竹林の様々な場所に開き、そこから魔力の弾丸がクレアに向かって殺到する。バルタークは魔力を広範囲に拡散させ、どこからでも攻防の起点や、高速移動するためのゲートを開閉できるようにしている。


 対するクレアも周囲に糸を張り巡らせて対抗する。糸矢が放たれて魔力の弾丸を撃ち落とし、そこかしこで弾けた。


 互いに探知魔法を放ち、敵の攻撃に照準を合わせて弾幕を撃ち落としながらも飛び回って攻防を交える。

 糸を使って飛び回るクレア。バルタークも空中を渡り、足場として結界を展開して身体を支えて渡り合う。


 互いに飛ぶ方向、位置を探り、先読みして攻撃を叩き込んだかと思えば、フェイントを入れて相手の予想を裏切るように位置取りを変える。バルタークならゲートを展開する座標の魔力の増大でそう見せかけ、クレアならば一度動きを見せてから違う糸で引き寄せるように軌道を変えるといった具合だ。


が――やはりフィールドとしてはエルムが作り変えた場所。クレアの方が優位に立てる。例えば竹に糸を突き刺すようにして潜らせ、爆裂結晶を節の内側に仕込むといったような。


 バルタークがゲートを通して移動した先で、即席の爆弾が炸裂する。


 先読みではなく、あちこちに仕込んでいたものだ。出現する場所に応じて範囲攻撃を仕掛ける。

 爆圧、爆風、結晶の破片といったものはゲートを開いて逃すことができるために大きなダメージに繋がっていないが、細かな破片によるダメージや爆圧の衝撃までも完璧に防げているわけではない。


 ゲートによる防壁を作りながらも、爆風の中から姿を現す。


「木の内部に仕込んでいるか。面倒なことだな」


 バルタークは結晶の欠片で頬に付けられた傷から流れた血を拭い、ゲートの中に手を突っ込む。


「……使うことになるとは思わなかったが、致し方ないな。負けるよりはいい」


 バルタークが固有魔法の空間から取り出したのは、何か球体の嵌った物体だった。その物体に、クレアは見覚えがあった。


「……増幅器」


 小さく呟く。そう。第三皇子トラヴィスの作った固有魔法の増幅器だ。ウィリアム――転位の固有魔法用に皇帝の命で開発されたとクレアは聞いている。

 試作品や後継品があっても、おかしくはない。バルタークの固有魔法はウィリアムと同系統の空間操作系の術でもあるから。


 クレアのその推測は正しい。バルタークの持つ増幅器は安全性を確立するために作られた試作品だ。

 クレアの見ている前で増幅器を握ったバルタークがその手をクレアのいる方向に向けてくる。


 魔力が動く。攻撃を判別するよりも早く、クレアは糸で飛んだ。

 最初に起こったのはゲートを作り出す工程と同じ。魔力を拡散させた空間の座標を指定し、その一点を基点に現象を起こす。


 が――今までの固有魔法は平面に現象を起こしていた。今度は基点となる座標から三次元的に歪ませる。


 空間内の物体も魔力糸も内側に捻じ曲がるように歪んで――。


「爆ぜろ!」


 バルタークの声と共に歪んだ空間が一気に元に戻る。その反動で巻き込まれた空間にあったものが衝撃波と共に砕け散った。

 現象の発生から攻撃までのタイミングが今までのものよりも数段早い。ゲートを開いて発射。或いは一度ゲートに呑み込み、閉じることによる切断。そういった工程を一切挟まず、異常を起こした空間に巻き込んで炸裂させる。殺傷力は言わずもがなだ。物理的な強度を問わず破壊するだろう。結界や防殻による抵抗も当てにしない方が良い。


 クレアは右に左に飛んで、的を絞らせないように動く。クレアのいる位置。動こうとしている先を狙って、空間が次々歪む。歪んで、炸裂する。


 飛び回りながらクレアも糸を操り、反撃を見舞う。

 糸矢を叩き込むも、バルタークは空間歪曲だけでなく、これまで通りのゲート操作を以って防御、或いは空間を渡っての回避を見せる。

クレアの向かおうとする先にゲートを展開。銃座を作って弾幕を張り、逃げようとする空間を弾幕で埋めながらの爆破と歪曲爆破の波状攻撃を見舞う。


 凄まじい攻撃密度。回避自体が難しく、防御不能な歪曲爆破。空間を埋め尽くすような弾幕の中に飛び込み、ファランクス人形の盾や糸盾によって防いで突破。


 歪曲爆破は、林立させた竹やその間に張り巡らされた糸。内部に仕込んだ爆裂結晶といったものが諸共に粉砕されてしまう。大きくかわさないといけないし、糸をもう一度張り巡らす必要があった。エルムも地形の維持に力を注がねばならない。


 連続する爆発の衝撃。轟音の振動と飛来する欠片を、防殻で受け止める。今の爆発は近かった。


「もっと……! もっと速く!」


 糸の移動に羽根の呪い、森歩きの術も併せることで更に速度を上げる。


「おおおおぉぉおッ!」


 バルタークの咆哮。爆ぜる。歪んで、爆ぜて、ゲートから放たれる光芒が飛び回るクレアを追う。

すり抜け、掠めて。体術と速度。糸と防殻を以ってそれらを突き抜ける。


 突き抜けて、応射。即座に反撃に重ねる。迫る糸矢と結晶弾。糸矢はゲートの防壁をそのものを回避しようとするし、魔力の動きそのものを阻害する魔封結晶の弾丸もそこに混じっている。身体に突き刺さった欠片の中に、魔力の動きを阻害するものがあることにバルタークは気付いていた。

ゲートによる移動に移動を重ねて、瞬く間に近く、遠くに現れて。


 その濃密な攻防の中で、増幅器を握るバルタークの指。爪の間から血がしぶき、鈍い痛みが伝わってくる。

増幅器を作った第三皇子トラヴィスやそれを下賜した皇帝エルンストとのやり取りは今もはっきり思い出せる。


「――最低限の安全性を確保はしたつもりだけど、まだ試作品だからね」

「では、完成に至った暁には」

「いいや。お前には不服であろうが、それは異母弟に与えられることになる。武人としての優劣ではなく、求めている術の性質の違いではある。試作品にある程度の完成度が見られるなら、そのまま貴様に下賜するが故、使いこなして見せろ」


トラヴィスとエルンストはそう言っていた。

異母弟。そんなものはバルタークには一人しかいない。第六皇子グレアム。文字通りの瞬間移動。離れた場所への転移を行う。ゲートとはまた違う、空間を渡る固有魔法持ち。


 皇帝は性質の違い故といったが、それでも屈辱だった。帝国外の血筋の子に劣ると言われたようで。グレアム用の増幅器が完成に至った後も、バルタークの試作型増幅器はそのままだった。エルンストが必要以上に皇子に力を持たせるのを嫌ったか。開発の時間を惜しんだか。その理由をバルタークは知らない。


 トラヴィスとエルンストの記憶が過ぎったのは一瞬のことだ。

無茶な使い方をすれば反動がある。分かっていたことだ。


「それが――どうしたというのだ!」


 三つ、四つ。座標を歪ませて一斉爆破する。クレアは2体のファランクス人形を盾に、爆風、爆圧や破片を防いでいた。人形達が大きく破損して落ちていく。


 負けるよりはいい。ここで負けて屍を晒すよりは。屈辱を与えたグレアムは、任務中に命を落としたと聞いた。いつまでもつまらない過去に拘りなどしない。自分は他の皇子共を下し、次期皇帝を目指す。そう。それだけの力と技がある。あの屈辱の日より、研鑽を積んできたのだから。


「はあ……っ」


 ファランクス人形を犠牲に、爆風から抜けるように、クレアは大きく後ろに下がって息を吐いた。息を吐きながらも動く。足を止めれば死ぬ。読み切られても死ぬ。

 クレアもそうだったがバルターク側も、相手の特異な移動手段や回避の仕方に慣れてきたのか、攻撃の精度が段々と上がってきている。全て回避し切るのは難しく、このままではいずれ被弾するだろう。


 そう。精度。精度だ。バルタークの固有魔法がどれでも当たれば必殺になり得る恐るべきものであることは分かっている。だから――。


 クレアは、攻防の中でバルタークが瞬間移動する先を見切り、間合いを詰める。歪曲爆破は、範囲を無差別で破壊する攻撃方法だ。間合いを詰めてしまえば逆に使いにくいか、攻撃半径を小さくせざるを得ない。


「この娘……!」


 ゲートを通り、出現した瞬間に懐に飛び込んできたクレアに、バルタークは目を見開く。瞬間移動。その移動先を見切っていた。瞬間移動にしても、フェイントは入れている。同時に出現する先となるゲートを複数用意することで、的を絞らせないといったような。


 では、どうして自分の移動先を察知することができたのか。偶然か。それとも。


 思考はクレアが腕を振るうように放った糸の斬撃で遮られた。指一本一本から伸びた光り輝く糸は、軌道上の竹を輪切りにしてバルタークに迫る。ゲートを展開して受け止め、クレアの背後に糸を出現させるも、それをどうやってか察知して出現したその瞬間には軌道を変えて突き刺すような軌道で光る糸の先端が迫る。


 ゲートを盾に別の場所に飛ばすのは意味がない。触れる前に折り曲げられればいくらでもバルタークを狙える。


 だから、バルタークは自身の背後にゲートを展開。離れた位置に飛ぶ。飛んだ瞬間にはクレアは間合いを潰すように高速移動で突っ込んでくる。


間違いない。ゲートで受け止めた時の反応速度もだが、察知しているのだとバルタークは確信を得た。


 探知魔法の波長――種類が変わっていることに気付く。恐らくバルタークが使える探知系の魔法より、数段上のものなのだろう。それによってバルタークの固有魔法の使い方そのものの微細な変化を感じ取っている。凄まじい精度の探知魔法。


 迫るクレアの糸の斬撃を固有魔法ではなく魔力を帯びた剣で止める。これも研鑽してきたものの一つ。


 止めながら弾幕を張ろうとし――その瞬間。凄まじい魔力が離れた位置に突然現れたことにバルタークは気付く。


 それは迫る少女と同種の魔力だった。少女本体の魔力が、糸を通してそちらに流れ込んでいることに気付く。木々の暗がりの向こうに、バルタークはそれを見る。全身に雷を纏いながら踊る人形。いつからそこにいたのか。

クレアは隠蔽結界で小さくした踊り子人形を覆い、その中で踊らせることで雷の威力を高めさせていたのだ。


 溜め込んだ必殺の雷撃を踊り子人形が連接剣に乗せて繰り出す。凄まじい力を宿した巨大な斬撃が下から上へ、薙ぎ払うようにバルタークに迫る。


 回避? 違う。あの剣は鞭のように動く。ならば少女が糸の固有魔法で軌道を変えて出現先へと誘導するだろう。そして、剣が纏っている雷撃は近くのものに誘導されるように流れる性質がある。魔法故に制御を受けているから少女本体に返すのも難しいだろう。だとすれば至近で掠ることすら拙い。


クレア本体も糸を伸ばしてバルタークに向かって放っているが、練り上げた魔力の大部分は人形側に注いでいて、放たれている糸自体には大した魔力が込められていない。手傷は負っても致命傷にはならないし、或いは糸に魔力を込め直すにしても対応できるだけの間がある。

本命は雷撃の誘導。そう判断してバルタークは足を止めた。


 迫る斬撃に合わせ、広くゲートを展開する。雷撃ごと飲み込み、近くの木々の先端に誘導させる。そういう算段だ。


 計算違いがあるとするならば。


クレアの放った糸は防御用に展開したゲートの隙間を縫うように、内側に入り込んでいて、それらが折れ曲がり、曲がった箇所に複数の光点を宿していたことだ。

もっと戦域全体を広く見れば、クレアが張り巡らせた糸の全てに光の点が瞬いていることに気付けただろう。


 そう。光点は寓意。夜空に瞬く、星々の寓意だ。


「六星――魔狼咬」


 道理に沿わない、凄まじい密度の魔力が至近で膨れ上がる。それは狼の姿に似ていて。


 バルタークは反応した。避けられない。飛んでも留まっても攻撃を食らう。ならば反撃に転じろ。クレアの周囲を歪ませて。歪ませようとして。阻害されていることに気付く。基点となる空間を、その周囲に展開した結界で覆って妨害している。


「はああああああああっ!」

「お、おおおおッ!」


 ぎしぎしと軋むような圧力の中で、互いの術に裂帛の気合を込める。

 全ての魔力を振り絞る。クレアの結界ごと吹き飛ばすように力を込めて。魔狼は剣で受け止めた。

クレアの偽装も解けて髪と瞳の色が元の色に戻り――均衡が破れれば、後は一瞬のこと。剣が砕け、結界に罅が入り――。

 そして、魔狼が白光を放ち、爆発が起こる。爆圧は周囲に展開されていたゲートを通り、雷撃を誘導しようとしていた中空より直下に吹き付けた。


 同時に。ゲートが消失し、爆風の中から落ちていく。バルタークが落ちていく。クレアもまた歪曲爆破による余波には巻き込まれてはいるが、干渉可能だった空間そのものが限定的な範囲だったために大きな爆発にはなっていない。髪の間を伝うように血が流れ、仮面が脱落するもクレア自身は健在だ。


 爆風の向こうにクレアの素顔を垣間見ながらも、力を失ったバルタークは地面に落ちた。

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― 新着の感想 ―
[一言] グライフさーん、出番です。
[一言] ギリギリの攻防でしたが見事に征しましたね! 与えられていた増幅器が試作でなかったならどちらが立っていたことやら
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