第250話 光刃一閃
ヴィレムは槍使いにして炎の魔法を得意とする。固有魔法こそ持たないものの。その腕と見識でバルタークの副官として取り立てられた男だ。
帝国貴族家の出であり、他の種族や民族に対する考え方もバルタークに似ている。帝国の優位性を誇る魔法剣士である。
「休ませず、攻め続けろ! 数ではこちらが勝っているのだ!」
バルタークは少女との戦いに集中していて、自分達に加勢できる状態ではない。というよりも人数で勝っているという状態で自分達こそが加勢に入れなければ、見限られかねない。
グライフとセレーナ。2人を仕留め、すぐにバルタークや他の者の加勢、封鎖結界の破壊に向かわなければならない。
だが――。
グライフとセレーナに騎士達が斬りかかるも、捉え切れない。
切り結ぶのではなくグライフは独特の体術ですり抜けるように動きながらの斬撃を見舞う。すれ違いざまの一閃は、ただ手傷を与えて相手を弱らせ、行動を阻害するためのものだ。後衛の死角側に入り、敵の前衛を飛び道具からの盾とする。
セレーナもだ。狙撃しようとしても発動の瞬間を見て前衛を盾にするように動くので、後衛が攻めあぐねる。
数で攻め立てられているから隙を晒さないためのものでもあるし、自分達を無視してクレアの方に向かおうとした相手を確実に仕留めるための余裕を残した動きでもある。
事実、焦って動こうとした者から斬り伏せられ、戦力を削られていく。
側近達の目標は包囲を破って撤退することだ。だから、その時に備えて余力を残したいという思惑もあり、思い切って攻めることができない。そうした心理面も逆手にとって、帝国の側近達を翻弄する。その攻防の中で痺れを切らしたのは指揮をしていたヴィレムだった。これ以上は許容できない。責任を問われるのは指揮をしていた自分だ。
「もういい! 娘の方は貴様らが仕留めろ!」
そう言って槍に炎を纏わせ、前に出る。
見るに、双剣使いの男は動きも洗練されていて最小限。魔力による身体強化の使い方も卓越している。戦い方において体力、魔力の消費が激しいのは細剣使いの少女の方だと判断した。
だから自分がグライフを抑え、セレーナを数で攻め立てる。そういう構え。
相性自体は悪いものではないはずだ。槍使いにして炎使いの自分ならばリーチと高熱で双剣使いの男に対し、優位に立てる。そういう目算があった。
「こちらは問題ありませんわ。ご武運を」
「分かった」
グライフとセレーナは短く言葉を交わす。
「小娘が……!」
1人で自分達を相手取り、問題ないと言い切った。そんなセレーナに騎士達は激昂する。
その時だ。離れたところで戦っていたクレアとバルタークの周囲に無数の植物が林立した。
「な、なんだ!?」
「植物が――」
帝国の将兵達は驚きを見せるが、グライフ達はエルムがクレアの支援のためにそうした術を使えると知っていた。
そして、糸を縦横に張るためのフィールドが形成されたということは、状況が変わったと言うことを意味する。
クレアは元より、自分の得意としたフィールドに入り込んできた魔物集団を殲滅することを得意とする。
帝国兵達が竹林の方に向かっても無駄だ。木々の間を糸で飛び回る機動力に追いつくのは難しいし、範囲ごと埋め尽くすような糸矢の雨に対抗するのは難しい。
故に――グライフもセレーナも、意識を切り替える。守りや妨害から、攻撃や撃破に。
セレーナが構えを変える。細剣の先に魔力の光を宿し、ゆらゆらと動かす。
その動きはどうしても注意を惹く。雰囲気が変わったことを悟ったのだろう。一人で自分と渡り合う少女がどんな技を繰り出そうというのか。様子を見ようとした。してしまった。
剣を大きく引いて、顔の横に刀身を近づけるように構える。セレーナの頭部付近に視線が集まった、その瞬間だ。
セレーナが目を閉じて、開いたその時に。赤い光を瞬かせた。
即席の魔眼だ。金縛りの術を付与し、目を合わせた相手を一時的な行動不能に陥れる。防ぐならば結界や防殻を始めとした、魔法的な対処が必要となる。
が、バルタークの側近達は精鋭であれど、防殻を常時展開するほどの魔法の専門家ではない。
「な――」
「かっ」
驚愕の表情のままで。向かい合った者達の身体の自由が奪われる。そこにセレーナが疾風のように切り込んでくる。4人、5人。剣を合わせることもできず、瞬く間に斬り伏せられた。
「魔眼だ! 目を合わせるな!」
警戒を促す声。セレーナは二度使うつもりはない。一度見せれば十分な抑止力を発揮する技だ。使うには溜めが必要だし、固有魔法に乗せるとはいえ、肉体を改造して作ったものではない即席魔眼は魔力の消費量も大きい。
迫るセレーナが顔を向けると、その視線から目を背けようとして、結果として斬撃や刺突に対応できなくなる。2人、3人と突き倒し、斬って落とした。
槍に炎を纏わせ、ヴィレムがグライフに向かって疾走しながら槍を大きく振りかぶる。
「薙げ!」
槍を横薙ぎに振り抜けば、穂先の炎が地を這うように迫る。
見て取った瞬間、グライフの双剣が光の刃を展開する。アルヴィレトの破邪の宝剣だ。グライフが真正面に振るうと迫る横薙ぎの炎が掻き消える。
ヴィレムの槍の穂先を伸びた光の刃が逸らした。すぐさまに切り返し、槍が続けざまに突き込まれる。
互いの武器を受け、払い、身を躱し、掬い上げるように切り上げて弾いて剣戟の音が響き渡る。すり抜けるように踏み込んでくるグライフに、ヴィレムは足下に火球を放ちながらも後ろに跳び退った。
広がる爆炎を光の刃で切り裂いて突破。魔法による炎熱故に、破邪の刃で切り裂けば高熱も消える。
「ちっ!」
ヴィレムの想定していた戦いの形にはならない。魔力を消費しながらの技量対技量という形になった。
ヴィレムはグライフが受けた瞬間に、手元で槍を動かし、巻き上げるように弾く。
グライフは弾こうとする力には逆らわない。弾かれながらももう一方の宝剣が閃いて、ヴィレムに向かって斬撃の刃を飛ばし、柄に纏わせた炎の魔法で宝剣の斬撃波と相殺する。
技量で相手を上回ろうと攻防を応酬。体力と集中力、魔力を削り合うような消耗戦だ。攻防の、その動きの中に紛れ込ませるように結晶弾が投擲される。
グライフの振るうそれは、本来ならば称賛すべき技量と研鑽ではあるのだろう。
「大した技量だが――名誉ある剣士の戦い方ではないな! 貴様の戦い方も! 貴様らが作り上げたこの戦場もだ!」
ヴィレムは自身の中に湧き上がる侮蔑にも似た感情と共に槍の一撃を叩きつける。横薙ぎの一閃を交差させた刃で受け止め切り返す。
奇策を用い、顔を隠し、名乗りもしない。剣を交えればよりはっきりとわかる。グライフのそれは騎士や戦士というよりも暗殺者の戦い方だ。栄光ある帝国騎士として、そんな相手を斬ったとて武勲にはならないとヴィレムは断じた。
「戦奴兵を矢面に立たせて誇りある戦いとは笑わせる」
「利用価値を見出してもらえるだけ有難いと思うのだな! 劣った者共は、ただ家畜として導かれていれば良い!」
風車のように槍を回転させ、炎熱と爆炎を撒き散らし、槍を叩きつけながら嘲る。
荒れ狂うような炎と槍の連撃。逸らし、弾き、払い、反撃を繰り出す中で、グライフは静かに言った。
「お前達は――昔から変わらないな」
帝国を至上のものとする理屈は、グライフにとって初めて目の当たりにするものではない。かつてアルヴィレトに攻めてきた騎士達も、同じようなことを口にしていたからだ。
「殿下と戦っているあの娘も! 固有魔法なのだとしても、あの程度の矮小なものがなんだというのだ! 貴様もあの娘も矮小さを小細工で補っているようだが、殿下の神の如き固有魔法を見るがいい! あれが! あれこそが帝国の高貴なる血! その優位性の証明なのだ!」
「……度し難いな」
グライフはヴィレムの言葉に眉根を寄せた。グライフは大きく後ろに跳ぶと、光の刃を構える。クレアが糸の精度を上げようと工夫を凝らし、研鑽を積んできたことを知っている。確かに自分は、裏の仕事を担う役割を持つが、それでも騎士は騎士だ。クレアに仕える騎士として主君への侮辱を見過ごすわけにはいかない。
グライフの身体から魔力が溢れ、その手にする刃が輝く。
ヴィレムが猛炎を纏い、迫ってくる。光の刃が炎を相殺するというのならそれを遥かに上回る、物量で押し切れば良いと。魔法剣士であるヴィレムと、魔力による身体強化を補助的に使う軽剣士、暗殺者であるグライフとでは魔力の絶対量の違いは明白だ。
消耗戦とて、ヴィレムが優位ではあるのだろう。その見立ては正しい。だから、グライフはクレアが提唱した技で迎え撃った。
横薙ぎの一閃。ヴィレムは槍で受け止め、そのまま焼き尽くそうという構え。
だが。
音もなく。グライフの一撃は振り抜かれていた。切り返して槍の一撃を見舞おうとしたヴィレムの槍が、途中から折れる。
「は――?」
折れたのではなく、衝撃もなくグライフの魔力刃が切り裂いていったのだと、ヴィレムが気付いたかどうか。魔法銀の鎧。胸部の装甲版に横一文字の亀裂が走る。やや間の抜けた声を漏らし、遅れて鎧の亀裂から血がしぶく。そのまま、ヴィレムは足を縺れされて地面に倒れ伏した。
相殺して尚。薄く薄く、魔力の刃を研ぎ澄ませた一撃。
以前、鍛錬の中でクレアが言っていたことがある。糸で斬るためには、性質もだが構造そのものを細く細く、これ以上ないほどに研ぎ澄まさせるのだと。
確か、目指すは単分子ワイヤーとか、そんなことを言っていた気がする。その単分子ワイヤーというものは知らないが、その発想と理屈に、グライフも倣った。常時可能というわけではないが、それでも技として形にはなったのだ。
ただただ細く、薄く、鋭く。
魔力の刃を己の技量と集中によって研ぎ澄ませさせた一閃。それは当然のように炎も防御も、鎧もその下の肉も、諸共に切り裂いたのであった。




